第13話 あーあ、絶対告ったのになぁ?


 凛ちゃんに最初に話を聞いた時は、思わず耳を疑ってしまった。

 まさか、元の世界に帰るために、この世界を壊さないといけないなんて。

 でも、一生懸命に話してくれる凛ちゃんの目を見れば、冗談で言っているわけではないことくらい、私にもわかる。


 私は、凛ちゃんが思うほどいい子じゃない。凛ちゃんは、私が世界を壊すことを怖がると思っていたみたいだけど、実際はそんなことなかった。

 私があのとき泣きそうになっていたのは、震えていたのは――凛ちゃんをひとりで悩ませた、不甲斐ない自分が許せなかったから。


(それにしても、世界を壊すってことは、やっぱりこの世界の人達には迷惑かけちゃうってことだよね?聖女様やシスターさんは優しくて好きだけど、私にとって一番大切なのは凛ちゃんだし……)

 目の前に提示された秤には、世界と凛ちゃん(を含む私達)。なら、答えは決まってる。


(――別に、いいよね?)


(だって、それがふたりの為だし)

「うんうん、いいよね。ちゃ~ら~へっちゃら~」

(元の世界に戻るためなら、『あの』凛ちゃんがそう決めたんなら――この世界、どうなったって構わなくない?)


「ふんふんふ~ん♪」


 私は鼻歌交じりに、凛ちゃんが帰った後の部屋を掃除する。

 そこかしこに、凛ちゃんの匂いがまだ残ってる。おひさまみたいな、いい匂い。


 久しぶりに会った凛ちゃんは、前より凛々しくなってて、相変わらずカッコよかった。

 しかもやさしい。世界で一番。そんな、やさしさで包み込んでくれるところは、夜空にかがやくお星さまみたい。

(なーんて、おおげさかな?でも、凛ちゃんが強くてやさしいのは、ほんと)


 別れた後も、凛ちゃんの冒険者としての実力はこの聖教都で評判になっていた。

 凄まじい身体能力の『ギフテッド』を持った勇者だって。

 凛ちゃんはそういうのにあんまり興味ないから知らないかもしれないけど、この街に住む人は、どんなこわい魔物も平気で片づけちゃう凛ちゃんを、そう呼んでた。


 そんな凛ちゃんの噂を聞くたびに会いたくなったし、私達の為にどんな依頼もこなす凛ちゃんのこと、私はどんどん好きになっていった。


(あー、凛ちゃんが男の子なら絶対告ったのに。いや、この際女の子でもよくない?)

 私は今朝まで凛ちゃんが寝ていたベッドに顔をうずめて、しばし悶々としていた。


 ――リリリリリ!

 不意に部屋の電話が鳴る。この世界に電気は無いから、正確には魔法の道具らしいけど、仕組みはよくわからない。使えるならなんだっていいけど。


「はーい……」


 お楽しみの時間を邪魔されて、ちょっと不機嫌なまま電話に出る。


『アン、おはようござます』


(やばっ!聖女様だ!)


『そろそろ出発しようと思うのですが、支度はできましたか?』


 今日から、聖女様の遠征に同行する予定になっている。

 なんでも、外道魔術師を討伐に行くんだとか。

 魔族に自分を捧げる契約をする、悪い魔術師らしい。詳しいことは知らないけど、外道魔術師は人間よりも魔族に加担する傾向が強くて、私たち聖教都の人の生活を脅かすって、聖女様が言っていた。

 私は聖女様のお付き兼衛生兵だから、前線に出ることはないけど……

(荷物の準備が全然できてない!)


『アン?聞いていますか?どこか具合でも……』

「だ、大丈夫です!すぐに支度して行きます!!」


 私は電話を切ると急いで身支度をして部屋を出た。この世界に来てからメイクとか全然できてない。楽だからいいけど、お洒落ができないのは、なんだかつまらないなぁ。


      ◇


 私が集合場所に着くと、聖女様をはじめとする『外道魔術師討伐部隊』が顔を揃えていた。みんな強そうなお兄さんやおじさんばかり。中にはこないだ私が治療してあげた人もいる。


(こないだ怪我したばっかりなのに、また戦いに行くの?)

 私はなんだか釈然としないまま、部隊の先頭で指揮をとる聖女様の後ろに控えた。

 腰まで届く長い金髪があいかわらず綺麗。今日は、いつもの白いワンピースの上から、銀の甲冑をつけている。私の着ている普通の修道服とは、装いの豪華さがまるで違う。


「アン、貴女は私と馬車に乗ってもらいます。馬に乗るのは慣れていないでしょう?」

「助かります。お心遣い、ありがとうございます」


 言われるままに、荷物を持って馬車に乗り込む。聖女様の荷物を積み込むのも私の仕事だ。

 聖女様と私が遠征部隊の列に加わったのを確認し、行進が開始された。軍隊ってほどの規模じゃないと思うけど、ひとクラス分くらいの人数がいる。


 私は普段、教会本部で聖女様のお世話と怪我人の治療くらいしかしていない。ただ、私はどんなにひどい怪我も一瞬で治せたから、割と重宝されていたし、騎士団の人達にもすぐに覚えて貰えた。

 騎士団は男の人ばっかりだから私は可愛がられてたし、そのせいか戦いの場に行くのは今日が初めて。なんだか緊張する。


 そんなことを考えていると、不意に聖女様に肩を揺すられた。


「アン、着きましたよ。あの村です」

「えっ!もう着いたんですか?」

「ええ。二時間くらいでしょうか」

「そ、そんなに経ちました?」

「昨日は夜更かしだったのですか?気持ちよさそうに眠っていたので起こすのは気が引けて」


 聖女様は可笑しそうにクスクスと笑っている。視線を感じて確認すると、口元からよだれが垂れかけていた。

(あああああ!やっちゃった!はずかしっ!)


 真っ赤になる私を気にすることなく、聖女様は私の手を引いて馬車を降りる。

 見渡すと、そこには荒野が広がっていて、目で確認できるギリギリくらいの所に、村のようなものがある。


「魔王の支配する大陸東に近い、辺境の村です。私達聖教都の管理下にない村なので、どうなっているかはわかりませんが、外道魔術師が今日訪れるという情報がありました」

「その外道魔術師を、捕まえるんですか?」

「アン、今日の任務は討伐です。意味はわかりますか?」

「え、それって殺……」

「外道魔術師は非常に強力な魔族と契約しているようですから、捕まえるつもりでは私達が危険です。だからこうして、私が直接やってきたのですよ」


 聖女様は相変わらず穏やかな口調だけど、目が笑っていない。


「伝令!先遣隊が外道魔術師の一行を確認!」


 慌ただしく帰ってきたお兄さんの一言に、その場の空気が張りつめる。


「状況は?」

「村の倉庫に次々と火をつけており、火薬庫にも点火しようとしたため、先遣隊隊長が接敵しています!」

「火薬庫に?村ごと吹き飛ばすつもりですか。村の住人は?退避は完了しているのですか?」

「それが、村はもぬけの殻でして、猫一匹いませんでした……」

「無人の村の倉庫を何故……?」

「隊長殿は、証拠隠滅か、倉庫内のものを破棄しようとしているように見えるとおっしゃっておりました」

「わかりました。考えるのは後にしましょう。接敵している隊長が心配です」


 そういって聖女様は、部隊の全員に聞こえるよう、大きな声で号令をかけた。


「これより外道魔術師の討伐を行います!全員、私の後ろに続いてください!」


 空気がびりびりとして頬が痛い。

――怖い。

戦いってこんなに怖いものなのか。


 私は部隊の先頭を行く聖女様の隣に付いていくだけで精一杯だった。


「聖女様、何故聖女様が先頭なのですか?危険では?」

「私には大天使様の加護があります。アン、魔力の澄んだ貴女になら見えるかもしれません」


 聖女様が手で示すあたりに目を凝らすと、そこには光でできた膜のようなものがあり、聖女様を中心に円を描くように広がっていた。まるでバリアだ。本物は初めて見た。


「――ですから、私の傍を離れないでくださいね?」

「は、はい!」

「私に何かあったときは、治療をお願いします」

「任せてください!」


 私は勢いよく返事する。戦うのはよくないと思うけど、怪我人が出るなら治療はしたい。

 だってそれは、私がこの世界で唯一できることだから。


 この世界の人と凛ちゃんを秤にかけたら、それは凛ちゃんの方が大事に決まってるけど、別にこの世界の人がキライなわけじゃない。純粋に、人の役に立てることは嬉しいし。


 柄にもなく燃えていると、不意に聖女様が私の目を後ろから塞いだ。


「――痛っ!聖女様、何を……」

「アン、見てはいけません!」


 聖女様の声が鋭くなる。


(一体何が起きてるの?よくわからないまま目隠しされる方がこわい!!)

 私は聖女様の指の隙間からあたりの様子を伺う。


「~~~~っ!」


 絶句した。


 目を凝らした先に見えたものは、先遣隊隊長の帽子を被った赤黒い塊だった。

 すでに人の形をしていないのが、遠くからでもすぐにわかる。


 そして、私はその先に、ありえないものを見てしまった。


(な、なんで?どうして!?……ありえない!!)


 私が視線の先に見つけたのは、返り血を浴びた長身の男。

 

 ――と、その隣に立っている親友。マホの姿だった。

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