第11話 キモイ魔王とは気が合わない。なのに、どうして……

      ◇


 地下牢の外にでると、魔王城は四割がた焼き尽くされていた。


(ムーちゃん、派手にやったなあ……)

 防火仕様になっている外套の裾で口元を覆いながら、空に手を振る。

 私に気付いたムーちゃんは、火のついた瓦礫の上にズシンと着地した。ジュっと鈍い音を立てて火が押しつぶされる。ムーちゃんにとって、この程度の火はどうということはないようだ。自分で吐いた火だし。


「怪我がなくてよかった。魔王っぽいのいた?」


 私の雑な問いかけに、ムーちゃんは一瞬小首を傾げてから飛び立つ。

(まぁ、わかりやすい場所にいるような魔王がいるとしたらよっぽどバカか自信家だよなぁ……)

 などと思いつつ、一番高い建物の外周を飛行していると、一際(ひときわ)大きく美しいステンドグラスの窓があった。

(――まさか)


 覗いてみると、大きな鏡か、モニターのようなものを見ている数人の人影が目に入る。

(何アレ。モニター……なんてここにはないよね?魔術で鏡に何かを映してるのかな?)

 城の中には、モニターの前の大きな椅子に腰かけているのが一名。後はお付きの者だろうか。姿や表情はここからではわからない。

(あれっぽいな……)

 私の勘は当たる方だ。もし違っていても、全員斬り伏せればいい。


 ここに来るまで、ムーちゃんや私を傷つけようとする者はことごとく斬った。

 エクスカリバーの切れ味は想像以上で、どんなに頑丈そうな鎧や盾も紙切れのように軽々と斬れる。

 魔物といえど、人型の生き物を斬ることに少しは罪の意識があるかとおもったが、地下の捕虜の状態を見て頭に血が上っていたせいか、今は色々とどうでもよくなっていた。


 私は――私と親友の為に魔王を斃(たお)す。


 今の私にはそれくらいの思考能力しか残っていなかった。

 考えても仕方がないし面倒なので、ステンドグラスを叩き割り、一気に急降下して部屋に押し入る。すると、モニターを見ていた全員が一斉に振り返った。

 よく見ると、椅子の周りに立っている人影はまだ十代と思われる少年少女達だった。

 ほとんど紐のような、ところどころヒラヒラしたセクシーな衣装を身にまとい、各々、扇やワインボトル、グラスの乗ったお盆などを手に持っている。


(ちょ――服を着て!服を!)

 私が目のやり場に困っていると、彼らを侍らせている主が振り向き、椅子から顔を覗かせた。

 真紅の双眸(そうぼう)がこちらを舐めまわすように見つめている。ぞくぞくと背筋に嫌な感じが走った。

 間違いない。【貪欲】の魔王アワリティウスだ。


(こいつ、まともじゃ、ない……)

 私は本能的にそいつのヤバさを感じ取る。何がヤバイかって、威圧感はもちろんそうだが、自分の城の大半が燃え、部下が何人も焼け死に、火の手が迫っているというのに――ヤツは逃げるどころか、その様子をモニターで眺めているのだ。

 まるで喜劇でも見るみたいに、せせら笑いを浮かべながら。

(ひとの命を、なんとも思ってない……)

 その狂気に恐怖する。こんなヤツ、漫画の悪役でしか見たことない。

(こいつは、ホンモノの、狂人だ……)

 エクスカリバーを握る手が、汗で冷たくなっていく。


 私が動かないのを見かねて、魔王は椅子からのっそりと立ち上がった。

 腰まである黒髪を耳にかけ、舌舐めずりしながらこちらに向き直る。動きの一挙一動がいやらしく、不快だ。耳の後ろ辺りからはうねうねとした黒い角が生えている。


「どんな害獣がやって来たのかと思えば。なんとも凛々しくて美しい勇者サマのおでましとは。城を建て直すのは面倒だが、こんな日も、まぁ悪くない」


(――面倒。この惨状を面倒の一言で片づけるのか……)

 魔王は話している最中(さいちゅう)も、その生白い腕で近くにいる少女の腰や頭を撫で回している。その様子がまた私の怒りに火をつけ、思考を奪う。正直、こいつと一秒でも長く会話したくない。


「御託(ごたく)はいい。私と親友の為に――死んでもらう」


 私は一気に距離を詰め、エクスカリバーを振りかぶる。

 瞬間。

 私の目の前に先ほど撫でられていた少女が引き摺(ず)り出された。


「しまっ……!」


 急いで身体を急停止させるが間に合わず、少女の腕にうっすらと血が滲む。

 盾にされた少女は恐怖と痛みで震えながら涙を浮かべていた。

 私は人質を傷つけてしまったことに動揺し、態勢を崩す。


「ちっ……」


 身を翻(ひるがえ)し、すかさず距離をとった。その一連の動きには大きな隙があったはずなのに、その間、魔王は何もしてこなかった。


(こいつ、戦う気が無い?まさか――ね)


 そんなことより人質の解放が先だ。これではまともに戦えない。私は魔王に向き直る。


「人質を解放しろ」

「そう言われてするとでも?要求があるのはこちらだ、勇者サマ。武具を捨てて貰おうか」


(まぁ、そうなるよね……)

 当然の切り替えしだろう。そう易々と解放されたら、逆に罠かと思うところだ。

 私はおとなしく指示に従う。魔王から目を逸(そ)らすことなく、背負っていた弓を足元に置き、エクスカリバーも手放した。


「――さぁ、人質の解放を」


 何を疑問に思ったのか、要求に従ったにも関わらず、魔王は不思議そうに小首を傾(かし)げている。


「我(われ)は武具を外せ、と言ったのだよ勇者サマ。武器、ではない。防具も全て外して貰おう」

(ちっ。周到な奴……)


 こんな見た目でも私は女だ。防御力にはいささか不安があったが、魔王に隙が無い以上、指示に従うより他の選択肢がない。おとなしく銀の胸当てと腰当てを外す。

 完全に丸腰になってしまった。外套を羽織ってはいるが、白いシャツに細身のパンツというスタイル。さらに、両手を上にあげる。『参りました』のポーズだ。

 誰から見ても、これ以上武装解除できないのがわかるだろう。


「これで満足か」


 私がそう言うと、魔王は人質を引き摺(ず)りながらこちらに近づき、私を品定めするようにじっくりと眺めはじめた。

 息がかかりそうなくらい近いのに、人質の首を掴んでいる為、隙がない。私が掴みかかる一瞬で、人質の娘(こ)の首は容易く折られてしまうだろう。

 なんとも歯痒(はがゆ)い時間が過ぎる。


(――なんかキモいな……)

 私は魔王に隙が生まれないかとじっと耐えていたが、至近距離の舐め回すような視線が、なんとも言えず気持ち悪く、思わず目を背けてしまう。

 ――次の瞬間。魔王はありえない行動に出た。


 私に頬ずりをしてきたのだ。すりすりと。


「はああああ!素晴らしい!遥々やってきた勇者が斯様(かよう)な美しい少年とは!」

「――っ!?」


 ――全身に鳥肌が立つ。


 触れてくる頬や、添えらえれている手が白くて冷たいとか、そんなことではない。


 ――興奮しきった様子の魔王がひたすらに気持ち悪い!


 近くで見ると見た目は案外若く、私とそんなに変わらない年に見える。

 ――が、その一挙手一投足が、老獪というか、ぶっちゃけおっさん染みていて、気色悪いうえに息遣いも荒い。

 少年に間違えられるのには慣れているが、その少年に頬ずりしながら興奮するじじい、という構図が心底気持ち悪かった。


「あああ……華奢な体躯!艶のある黒髪!恥じらう心まで持ち合わせていようとは!!素晴らしい……欲しい……」


(ああああ……何なのこいつ!ガチでキモいんですけど!!)

 あまりの気持ち悪さに相手を直視できない。私が固まっている間にも、魔王はひとりで盛り上がっている。すりすりと、頬を摩(さす)る手の動きが一層激しくなる。


「はああ……冷たい視線――良い。すばらしい。欲しい……欲しいぃぃ……」


 まるで子供の駄々のように『欲しい』を繰り返している。流石【貪欲】の魔王。欲しいものを目の前にすると周りが見えなくなるようだ。

 おかげで、今の魔王は隙だらけ。

 正直、こんな形で隙が生まれるとは思いもしなかった。

 魔王は人質の首を掴んでいた手で、私の腰に手を回そうとしてくる。

(……っ……)

 もう少しの、辛抱だ。


 今まさに人質から魔王の手が、離れ――


(――今だ!)


「キモい……んだよっ!!」


 私は拳を振りかぶり、魔王を思い切り殴り飛ばした。

 全体重と、怒りと憎しみを乗せた右ストレートが綺麗に決まる。


「う、がぁ……」


 魔王は物凄い勢いで玉座まで吹き飛び、大理石の玉座にヒビが入る。

 玉座周辺にいた少年少女達は、蜘蛛の子を散らした様に逃げていった。


(結局は、この怪力(ちから)が一番頼りになるんだよなぁ)

 右手を労わるようにさすりながら、逃げ遅れた人質の娘(こ)に手を差し伸べる。

 先程まで人質になっていた娘だ。


「大丈夫?――立てる?」


 少女は私が切りつけてしまったせいで、腕に傷を負っている。そのうえ、魔王に引き摺られた際に足も挫(くじ)いてしまったようで、他の少女達に比べて動きが遅かった。

 私はその娘に自分の外套を羽織らせ、精一杯の笑顔で励ます。


「こんなことになってごめんね。他の子と一緒に、聖教都まで逃げるんだ」

「あ、ありがと……ございます……」

「私は速水凛。私の名前を告げれば、ギルドと教会の方にきっと保護して貰えるから。だからどうか、がんばって」


 私の言葉に、少女は涙を拭って大きく頷く。

 そして、いつの間に拾っていたのか、エクスカリバーを手渡してきた。


「わたし、クラリス。魔王様、たおしてくれるの?」

「うん。約束」


 頭を撫でてあげると、少女は足を引き摺りながらも懸命に駆けていった。


「我の、天使たちが、逃げていく……」


 呻(うめ)き声の方へ顔を向けると魔王がうわごとの様になにか呟いている。

(ほんとあいつ、碌でもないな。さっさと片付けよう)


「クク……まぁいい。玩具(おもちゃ)というのは、手に入ると途端に冷めてしまってなぁ。それに、今日からはお前が、玩具(おもちゃ)になってくれるのだろう?勇者サマ?」


 魔王が舌舐めずりしながら、ゆらりと身を起こす。

(さっきから勇者、勇者って……ハインリヒもそう言ってたけど……)


 ――私は、そんなんじゃない。

 私は、親友の為なら、なんだって――ひとの命を奪うことだって、する。


 気まぐれでギフテッドなんてチート能力を授かって、たまたま仕事の筋が良くて、たまたま竜の試練に合格できて……

 それが勇者として噂される要因になっただけのこと。

 元を辿れば、全てはアンとマホのため。そんな自己中心的な人間が、勇者なわけがない。


「もう一度言う。私と親友の為に、死んでもらう」


(もう人質はいない。思い切りやっても、大丈夫)

 一気に魔王との距離を詰める。

 私は魔王が身を起こし終わる前に、その胸に深くエクスカリバーを突き立てた。


「がっ……はぁ……っ」

「魔王サマは――玉座に座ってなよ」


 魔王の胸を貫通し、玉座に刺さっているエクスカリバーをぐりぐりと動かす。魔王の口から大量の血が零れた。

 しかし、その口元には笑みが浮かんでいる。


(……?)

「……クク」


 笑い声を聴いて、身体から冷や汗が一気に噴き出した。


(こいつ……まだ生きてる!!――まさか、急所を外した?それとも異常な回復能力?)


 身の危険を感じ、急いでエクスカリバーを引き抜こうとする。


「――遅い」


 魔王はエクスカリバーの刀身を握ると私を引き寄せ、その手で私の顔を鷲掴みにする。無理矢理に瞳(め)を合わせられたかと思うと、視界が一気に揺らぎ、激しい眩暈に襲われる。


「催眠……術か……?その傷で、どうして動ける……!?」

「我はお前と違って、魔術に長けた魔王故。おまけに、欲しいものを目の前にすると他のことがどうでもよくなる性格(たち)でなぁ?これしきの痛み、欲するモノが手に入らぬ痛みに比べれば、どうということもない」


 【貪欲】の魔王の名は伊達じゃないらしい。ハインリヒに聞いた通り、魔術に長けているのも本当なようだ。

 眩暈で平衡感覚を失いそうになりながらも、エクスカリバーを力任せに引き抜き、魔王の喉元に当てる。一気に切断しようと力を込めるが、魔王は魔力を込めて強化した手で刀身を握り返し、抵抗してきた。


「ハッ……ここまでの馬鹿力は初めてだ。純粋な力の塊。さては『ギフテッド』だな?誰に言われて討伐(ここ)に来た?」

「北の賢竜ハインリヒ」

「――あの老骨か。我も、いよいよもって魔界から見放されたか」

「魔王のくせに統治もせずに、侵略と蛮行ばかりだとか」

「あながち間違いではないな」


 魔王は自嘲的に笑う。また術を掛けられないよう目を逸らしていたから表情はわからなかったが、その声は、少し寂しそうに聞こえた。


「何故そんなことを?」


 私の問いに魔王は躊躇(ためら)わずに答える。


「――欲しかったからだ」

「……?」

「地位も、領土も、財産も、若く美しい者達も、それらの人々の痛みも、嘆きも、悲しみも。その全てを手にしたかった。他のことなど……どうでもよかったのだ」


(他のことはどうでもいい……か)

 私も似たようなものだ。アンとマホのこと以外は、もはやどうでもいい。

 けど、こいつと私は、決定的なところが異なっている。


「あんたとは、気が合わないな」

「――ほう?」

「嬉しいこととか、楽しいことを……欲(ほっ)すればよかったのに」


 ――「そんなもの……我は知らぬ」


 エクスカリバーに込める力が思わず緩む。

(そんなの……寂しい)

 魔王はその隙に気付いたのか気付かなかったのか、呼吸を置いて問いかけてきた。


「お前こそ、我を斃(たお)して何を欲(ほっ)する?」


(えっ……)


「何って、御首級(みしるし)を……」 


 魔王を斃せと言われて来たが、それは元の世界に帰る必要な情報を得る為であって、魔王(こいつ)個人に恨みがあったわけじゃなかった。

 確かにこいつのしてきたことは酷いことだし、いずれ誰かが斃していたかもしれないが、それは魔王に恨みのある人がするべきであって、私でよかったのだろうか。

 今まで何度も魔物を倒してきたが、敵意を向けられて、身を護るために戦うことがほとんどだった。

 けど今は――率先して魔王を殺しに来ている。私の意思で。


 今更ながらに、目の前の命を奪うことへの抵抗が生まれる。

 でも、私と親友アンとマホが元の世界に帰る為には、魔王(こいつ)の命が必要だ。それが、今の私達の、唯一無二の手掛かりである以上、無視もできない。


(私は――何をいまさら迷って……)

 これは、話術で私を惑わそうという魔王の策かもしれない。

 それでも、どう答えたらいいかわからなくなって、素直に――思ったことを口にする。


「元の世界に、帰りたい……大切な、ともだちと一緒に……」


 思わずこぼれた言葉は、これまで『ギフテッド』の使い手として称えられてきた自分のものとはおよそ掛け離れた、弱々しいものだった。

 魔王は少し驚いたように目を丸くする。


「賢竜に我の首を差し出せば、その願いは果たされるのか?」

「そう、だよ」

「その願いは、心の底から欲しくて堪らないものなのだな?」

「元の世界に帰りたい。いや、私はどうなってもいい。ふたりには、安心できる世界で、前みたいに笑って欲しい。それは――心の底から、そう思う」


 私が返事をすると、魔王は観念したように深くため息をつき、刀身を握り返す力と魔力を弱めた。


「我が欲される側になる日が来るとはな……」


 魔王は不意に、刀身を逆手に握りなおす。


「この刀(つるぎ)に断たれるのは二度目か……前の使い手も、美しかった」


 そう呟くと、刀身を自分の首へと一気に引き寄せた。


(えっ?何を……)


「お前のような美しい者に欲されるなら、こういう最期も――まぁ悪くない」


 次の瞬間――魔王の首は、ぼたり、と落ちた。


 さっきまで話をしていたその首が、あまりに呆気なく目の前に転がる。

 いまだに脈打っているのか、切り口から血がどろどろと溢れ出して、まるで絨毯を敷くように床を真紅に染めあげていった。


 私はその赤色を見て、なんとなくおじいちゃん家の庭にある椿の花を思い出していた。

 椿の花が落ちるように、こいつの命も今、散った。

 ――私の手によって。


 必要だったとはいえ、敵意の失せたひとを殺めてしまったことに対し、しばらく呆然とする。

 城の炎は、遂にこの部屋にまで到達してきていた。

 炎に包まれていると、次第にその想いは薄れ、自分の目的を思い出す。


(ふたりの為に、首を持ち帰らないと。御首級(みしるし)って、心臓もかな?復活されると面倒だなぁ。身体はバラバラにしておこう……)


 ゆらゆら揺れる炎の中、ぼんやりとした頭に鞭を打つ。

 私は、重たい身体を起こし、魔王の身体を解体していった。

 さっきまであんなに苦戦したはずなのに。

 息絶え、魔力で強化されていない身体は、マグロの切り身ぐらいにサクサクと切れていく。


(思ったより、呆気なかったな――)

 誰に偲(しの)ばれることもなく、たったひとりで、こんな風に……


(これが、魔王と呼ばれた者の、最期だなんて……)


 魔王の首と心臓を手に入れ、私は、主のいなくなった城を後にした。


      ◇


 魔王を斃したその足で、再びハインリヒの元に向かう。

 荒涼とした東の大地には、朝日が登りかけている。

 正直、疲労は限界に達していたが、マホの居場所をとにかく早く知りたかった。


「ハインリヒ!戻りましたよ」


 北の山に着くやいなや、ムーちゃんから飛び降り、大声で呼びかける。


『来たか』

「はい、コレ」


 私はバッグの口を大きく開けて、中身を見せる。

 ――ついさっきまで動いていた心臓と、私と会話していた頭が、顔を覗かせる。


『ふむ……世話をかけたな』

「報酬を。早く」

『ひとつ、お主に謝らねばならぬことがある』

「なんです……?」

『マホという少女の居場所だが、何者かによって隠されていてな、詳細が掴めんのだ』

「隠されている?」


(どういうこと?マホの存在を隠してる人がいるってこと?)


「マホは……何者かに掴まっている、もしくは、利用されているということでしょうか」

『わからぬ。だが、生きていることは確かだ』


(そんなんじゃ――安心できない……)


『居場所を掴もうとすると、黒い靄がかかったように、見えないのだ』

「そんな……」

『おそらくだが、高位の魔族か魔術師による妨害だろう。術を解くのに時間はかかるが、必ずや突き止めてみせよう。【全てを知る者】の名に懸けて』

「頼みます。私には、あなたしかいない」

『居場所がわかったら、使いを送る。しばし時間をくれ』

「あと、元の世界に帰る方法は……」

『そのことだが……うむ。私の認めた勇者よ。お前なら、大丈夫だと信じている』


(随分もったいぶるな……まさか、また魔王を斃す必要があるとか、言わないよね?)


『心して聞きなさい。お前達のいた、この世界と異なる世界に帰る方法は――』


――――『この世界を、壊すことだ』――――

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