第10話 勇者っぽいおシゴト

      ◇


 ハインリヒのいた山から東の方を目指し、渡り鳥の群れをいくつも追い越しながら魔王城へ向かう。一時間くらい経っただろうか、そろそろお尻が痛くなってきた。

(ハインリヒに頼んで鞍をつけてもらえばよかった……)

 そんなことを考えていると、ムーちゃんが何かを見つけたようで、高度を下げていく。

 地上に、火の手が上がる村が見えた。ほとんどの家から激しく炎が燃え上がっている。村中に黒い煙が充満しているところをみると、生存者はほぼいないと思われた。


「ひどい……」

「グルゥ」


 これが魔王の仕業か。煙に近づきすぎないように注意しながら付近を観察すると、村の出口と思しき場所から、次の村がある方へ十数メートルおきに点々と何かが伸びている。


「十字の杭……と、あの黒い水たまりは……血?」


 上からではよく見えないが、人が磔になっているのが想像できた。それが数メートルおきにポツポツと並んでいる。進軍の証のつもりだろうか。それとも隣村へ、次はお前らだと言っているのか。悪趣味にも程がある。

 よく見ると、村の入り口からもソレは伸びていた。先を辿ると、黒焦げになった村々の先に鬱蒼とした森がある。その先に聳(そび)え立つ黒い城。いかにも、といった佇まいだ。


「――あれか」

「ぐるる」

「上から行こう。雲に入っていいから、慎重にお願い。ムーちゃんが撃たれるのは、ダメだ」


 私の指示に従い、ムーちゃんは雲に隠れながら器用に屋上部分へ着陸する。屋上部分にいた見張りは上から弓で仕留めておいた。

 屋上から下を見渡すと、城門に荷車が運び込まれている。ほとんどが布袋に包まれているが、じゃらじゃらと音が鳴っているものから、血がこべりついているもの、時折動くものまである。金銀財宝、人間、といった所謂(いわゆる)戦利品だ。


「帰ってきたところって感じだね。さて、どうしようか」


 作戦を立てるべく、しばらく観察していると、魔王の手下と思われる黒い獣人兵士の出入りが激しい建物が三つつあった。

 ひとつは屋根の高い建物。入り口の扉が厚く、ジャラジャラとうるさい荷の出入りが多いことから、宝物庫だろう。

 ふたつめは屋根の低い建物で、血の付いた、動く荷の出入りが多いことから地下牢か何かと思われた。

 そして最後に、私のいる一番高い建物。正門からは左右の塔に守られるようにして奥に位置しているにも関わらず、魔族の出入りが多い。しかもなんだか豪華な鎧を着た偉そうなやつの。

 歴史もののドラマや映画を見たことのある人なら誰でもわかるだろう。この建物に、魔王が居るのだ。


「人質とか捕虜の人は、助けたいよね」


 他の見張りに見つからないよう、私の傍で大型犬のように縮こまっているムーちゃんに問いかける。『ぐる!』と正義感のある返事が返ってきた。

 私がハインリヒに頼まれたのは魔王の討伐で、魔王城の解放ではない。魔王城の戦力もわからない上、私は単騎。ムーちゃんがいるとはいえ、地下牢の解放までできる気がしなかった。

 しかし、今捕まっている人々がさっき見たような磔(はりつけ)にされるのかと思うと、胸の中がもやもやして、魔王討伐どころではないのも確かだ。


「よし。とりあえず夜まで待とう」


 ――決めた。地下牢で捕虜を解放して魔王を斃(たお)す。私が単騎である以上、相手の規模や戦力は考えても仕方ない。目の前に立ちはだかるなら倒す。それでいこう。


 元から、私は何か計画的にやることが苦手だ。テスト前に勉強する計画をたててもその通りにできたことなんてない。

(私みたいな脳筋にできることは、身体を動かすこと!)

 そのためには、もやもやした気持ちは邪魔になる。『いつもどおりの実力を発揮するためには、精神を集中させ、余計なことは考えないことが重要』だって、お兄ちゃんも言ってたし。


 私は日が暮れ、月が出るまで屋上で弓と刀の手入れをすることにした。

 ハインリヒのところでムーちゃんと火の球遊び(ストラックアウト)をしたときに、バットの代わりにした刀。ハインリヒは、遊び(ストラックアウト)が面白かったと言って、刀を譲ってくれた。

 あのときは咄嗟に手に取ったのだが、今では結構気に入っている。

 ハインリヒ曰く、それは昔の勇者が置いていった、何かの聖剣らしい。聖剣といっても見た目はまるっきり和風な日本刀だ。鞘から抜いてみると、黒い刀身が妖しく光ってカッコイイ。

 夕陽を反射して、刃先が薄紫にも見える。なんとも厨二心をくすぐる代物だ。試しに素振りしてみると、羽のように軽かった。いかにも業物(わざもの)って感じ。


「どう?かっこいいでしょ?」


 上機嫌になってムーちゃんに見せびらかす。するとムーちゃんは『ぐる!ぐる!』と何かを訴えかけてきた。小さな前足で自分の事を指さし、刀を指さし、ぐるぐる唸っている。


「ひょっとして、あだ名をつけろ、って言ってるの?」


 私の問いかけに、『ぐる!』と笑顔が返ってきた。

 もうだいぶ意思疎通がはかれるようになってきた。ちょっと嬉しい。


「んーと、じゃあ……村正はどう?」

「ぐぅる」


 首を横に振られた。気に入らないのか。


「菊一文字」

「ぐぅる」

「政宗」

「ぐぅる」

「天羽々斬」

「ぐぅる」

「むむむ」


 名は体を表すというし、思いつくかぎりの強そうな名前をつけたかったが、ことごとく拒否される。

(和名がダメなの?ムーちゃんはひょっとして西洋系出身?だったら……)

 私は思いつく限り強い西洋の剣の名前を口にする。


「エクスカリバー?」

「ぐるっ!」


 ……気に入ったようだ。


(エクスカリバーねぇ……)

 それっぽくないなぁと思いながら私は黒い刀身の日本刀をしげしげと眺める。横でムーちゃんが嬉しそうに尻尾をびたびたさせている。

(ムーちゃんが気に入ってるなら、いいか……)


「よろしくね、エクスカリバー」


 天にかざした刀が月光を反射して妖しく輝く。気が付けば、いつの間にか月が出ていた。

 吸い込まれそうな夜空が、私達を包んでいる。

 昔、お兄ちゃんに連れられて天体観測に行ったのを思い出す。

(あの頃は私もちっちゃくて、お兄ちゃんの後ろに隠れてばかりだったな……)


 そんな私が、今では魔王の討伐だ。

(お兄ちゃんが知ったら、驚くだろうな。いや、心配するかな?)

 懐かしい思い出に思わず頬が緩む。


 夜空には満天の星が瞬いていた。その輝きは眩しいくらいで、今にも落っこちてきそうだ。

(綺麗……空が澄んでるのかな?手が届きそう……)

 思わずうっとりと手を伸ばすと、ムーちゃんに尻尾で叩かれた。


「ああ、ごめんごめん」


 そろそろ、頃合いだ。


「行こうか」


 私はムーちゃんの頭をぽんぽんしてから飛び乗った。



 まずは警備が手薄になった地下牢前で降ろしてもらい、ムーちゃんには捕虜を逃がす退路の確保と増援防止のため、各所にある連絡通路の破壊をお願いする。

 退路の確保といっても、ムーちゃんは建物内に入れない。この建物の外側と、城壁に風穴を開けて、魔王の手下が来たら炎を吐き散らすだけの簡単なお仕事をしてもらう。

 ムーちゃんは賢いから、敵と味方の区別くらいはつくだろう。


「ムーちゃん!あっちとこっちの通路!こことあそこの壁!全部壊して!!敵が来たら、安全な場所から火を吐いてね!ケガには気を付けて!!」


 簡潔に指示をだしたら、後は私が中を掃除するだけだ。見張りを一掃して鍵を奪い、地下牢への階段を駆け下りる。

 ――そこには、目を覆いたくなる様な光景が広がっていた。


 一番手前からいくつかの牢には成人男性が、満員電車のようにぎゅうぎゅうに立たされている。次の牢には母親と思しき女性達と乳飲み子、成人女性達が数名。全員手枷足枷をされ、鎖で最低限に動きを制限されている。

 捕虜が捕まっている地下牢だから、ある程度は覚悟していたが、怪我人の中には碌(ろく)に手当てされていない者も多く、匂いはひどいし衛生状態は最悪だ。


 奥の方の牢には彼らと区別されるようにして、少年、青年達が入った牢、少女達が入った牢、二十代くらいの若い女性達が入った広めの牢があった。

 奥の牢の者たちはひどい怪我はしていなかったが、ところどころ爪が剥がれていたり、歯形や深い噛み傷が体中にあった。考えたくはないが愛玩用(おもちゃ)か何かだろう。全身に虫唾が走り、胃酸が逆流してくるような怒りを覚える。

 ムーちゃんが風穴を開けてくれる予定の、奥側から牢の鍵を開けていく。奥の牢の解放が完了した時点で壁が崩壊し、ムーちゃんが顔を覗かせた。


「ナイスタイミングだよ、ムーちゃん」


 捕虜たちは、助けが来たことを信じられず、はじめは『今日は沢山連れていかれるの?』『次は生きて帰って来れるかしら』などと戸惑っていたが、外からの冷たい夜風が顔に当たると、次第に“助かる”という状況を飲み込み始めた。

 私はムーちゃんに礼を告げ、捕虜を扇動(せんどう)する。


「さぁここから逃げて!私とあのドラゴンは味方です!外はすぐそこですよ!」


 奥の牢の者が外に向かって走り出したのを確認し、手前の牢も開けていく。ぎゅうぎゅうな牢は解放すると一気に雪崩出てきて危ないので、一番後回しだ。

 我先(われさき)に出ようとする捕虜たち。


(あーもう……なんだかなぁ……。こういうときこそ、譲りあいなんじゃないの?みっともない……)


「怪我人もいるんですよ!落ち着いて!譲りあって!」


 捕虜たちを一喝(いっかつ)し、冷静にさせる。怪我人を見捨てずに助けるように念を押してから、人が詰まった牢を一斉に解放した。


「これで、よし――」

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