第9話 伝説の竜は育児放棄

 メアリさんに紹介してもらった依頼を着々とこなしていた私は、真面目な仕事ぶりが功を奏し、依頼主達から信頼を寄せられるようになっていた。

 ある日、地下書庫の整理を手伝った方(かた)に、再度、蔵の整理を頼まれた際、私は古い文献の数々を見つけた。そのうちの一冊、『賢竜ハインリヒ伝承』に目が留まる。


(全てを知る、北の山の賢竜ハインリヒ……)


「なんでも知ってるってこと……?元の世界に帰る方法も?」


 アンと別行動をとってからというもの、手紙でやり取りはしているが、お互い何の成果も得られていなかった。元の世界に帰る方法はおろか、マホの目撃証言すら、ゼロだ。

(ダメでもともと。百聞は一見にしかず――だよね)


「よし、賢竜に会いに行こう」


 そうだ、京都行こう。くらいのノリで北の山に向かう。


「北の山、ナメてた……」


 寒冷地で標高の高い山というのは下調べの段階でわかっていたが、魔族がここまで多いとは。

 そこかしこから出てくる小鬼やトカゲっぽい魔族を蹴散らしながら頂を目指す。どれも、怪力と超身体能力を使いこなせるようになった私の敵ではない。

 十数メートル先に隠れて待ち伏せしていた小鬼を、弓で難なく仕留めながら、街の人の言葉を思い出す。

(街の人達は、この力のこと『ギフテッド』って言ってたけど、結局なんなんだろ?)


「まぁ、助かってるからいいか」


 ロ=キ・Eに貰ったっていうのは気に喰わないけど、実際この『ギフテッド』とかいう力が無ければ、ここまで来られなかったと思う。

(出てくる魔物の、一体一体はたいしたことない。ないけど――)


「数が!多い!」


 いくら私が超人的な身体能力を持つ『ギフテッド』とはいえ、数で勝負されると辛かった。満身創痍になりながらも前へ進む。

 山を登り始めてから、何時間経ったか。疲労はすでに限界に達している。

 しかし、道中の景色は確実に変わってきていた。かつてこの山に挑んだ冒険者のものと思われる骸や武器の残骸、金品などが増えている気がする。


「確実に、近づいては、いるみたいだね……」


 声に出して自分を励ます。


(マホとはぐれてから、もう数か月経ってる……)


「行かなきゃ……」


(私には、これくらいしか、あてが無い)

 歯を食いしばり、決意を固めた矢先、吹き荒れる風に身体をもっていかれそうになる。


「突風!?うう……これ、しき……」


 グアアアアアッ……!!


 突如、山全体に咆哮が響き渡った。


「今度は何っ――!?」


 見上げると、目の前に真っ黒なドラゴンがいた。

 黒い鱗は、その口から吐き出される炎を反射して、赤紫色に怪しく光る。短く逞しい手足には猛禽類を彷彿とさせる鉤爪。羽ばたくたびに空気を震わせる巨大な翼。

 まさに、生き物の頂点たるに相応しい風格。


「ドラ……ゴン……」


 賢竜に会いに来たのだから、今更驚く必要はないが、初めてホンモノを目の当たりにすると、感動と恐怖の波が押し寄せる。

(はっ――いけない、いけない。ドラゴンに、会いに来たんだった)


「あなたが、賢竜ハインリヒですか?」


 目の前のドラゴンに問いかけるも、返事が返って来ない。


「私は凛。故あって、全てを知るというあなたに、会いに来ました」


『ほう……。故、とな?』

(しゃ、しゃべった!)


 急に頭の中に声が聞こえて来た。しかし、目の前のドラゴンは、私の前で羽ばたいているだけで、口を動かしているように見えない。

 私が疑問に思っているのがわかったのか、声の主は再度、語りかけてくる。


『知りたいことが、あるのだろう?』

「はい。何故それを?」

『余の元に来る者は、皆、そうだ』

(それもそうか……全知の賢竜だもんね……)

『まずは力を試させてもらう』


(えっ――)


 私の返事も聞かないで、目の前の黒いドラゴンが突進してくる。

(やっぱり、タダってわけには、いかないですよね――)

 ある程度想定はしていた。蔵で見つけた文献には、竜の試練が課されると書いてあったから。ただ――ガチンコで勝負するとは思ってなかった。


『手始めに、黒き竜を退けてみせよ』

「黒き竜って……目の前にいるのは、あなたじゃないんですか?」

『…………』


 ハインリヒと思しき竜は喋らない。

(あー、そうですか!やればいいんでしょ!やれば!!)

 背負っていた弓を構え、試しに数本矢を射る。痺れ薬が塗ってあるやつだ。当たるだけでいい。矢は凄まじい速度でドラゴンに向かっていく。顔の真正面。ドンピシャだ。


「ぐるあっ……!!」


 ドラゴンは口から炎の球を吐き出すと、一瞬にして矢を消し炭にした。


(反則でしょ……)

 あの高度で飛ばれては、矢のスピードはこれ以上出せない。早々に作戦を変更する。弓は得意だが、物事には相性がある。それは、ここ数か月で学んだことだ。

 私は特注のステンレス製の盾を構え、相手の出方をうかがう。


「ぐああっ――!」


 再び大きな咆哮。

(来る――っ!)

 巨大な火の球だ。様子を見ていたかぎりでは、大きな咆哮のあとには炎を吐く行動がくること多かった。行動パターンがわかってしまえば対処は容易い。


(お兄ちゃんと伊達にゲームしてない――よっ!)

 盾でガードする。炎は反射まではいかないが、軽減することができた。

(ステンレス盾、最強か……!)

 文明の利器に感謝しつつも第二波に備える。


「ぐああああっ――!!」


(さっきのより、大きい!流しきれない!!)

 咄嗟に、手近に刺さっていた黒い刀に手を伸ばす。鞘から抜く時間は無い。

(間に合わない……!!無理っ――!)

 身を護るようにして、盾と刀を身体の前に突き出す。

 ――瞬間。

 目の前に迫っていた火の球が、ドラゴンに向かって飛んでいった。


「へ……?」


 手元を見ると、刀の鞘が熱を帯びて赤く染まっている。


「もしかしてこれ……」

(――跳ね返してる?)


 ドラゴンはかろうじて避けたが、翼をバタつけせている。動転しているようだ。

 私は直感で理解する。

(コレ――いける!)

 まさかこの幸運も、ロ=キ・Eの仕業か?なんにせよ、勝機はここにある。

 盾も捨て、さっき拾った刀のみを構えた。フォームはバットを振る構え。

 ――くいくい。

 逆手で手招きし、ドラゴンを挑発する。


「来なよ――!」

「ぐああああっ――!!」

(来い来い来い来い来い――――!!)


 目の前に、連続で迫る火球を見据える。球がいくつ増えたところで変わらない。私の身体能力は、『ギフテッド』だ。


「止まって――見えるぜっ!」


 口調が思わず少年誌っぽくなる。私は火球のことごとくを打ち返した。


「ぎゃうっ!ぎゃうう!」

 ドラゴンも身を翻してそれを躱(かわ)す――……



「――はあっ……はぁ……」


(さっきから、火の球攻撃ばっかり……)


 もう何発撃ち返した?覚えてない。肩で息をする私をよそに、ドラゴンはまだ元気そうだ。翼をバタつかせて、何やら楽しそうにすら見える。


(まさかの、持久戦かよ……)

 そう思っていた矢先、再び声がした。


『そこまでだ。もういいだろう、ベビームート』

「ベビー……ムート?」

『そこな黒き竜の名だ』


 呼ばれたドラゴンは、嬉しそうに尻尾を振っている。


「ははは……あれで、赤ちゃんなんですか……?」

『左様。合格だ、勇者よ。このハインリヒ、お主の問いに、答えよう』

「は、ははっ……やった……」


 全身の力が抜け、その場にへたり込む。

 ハインリヒは私の息が整うのを待ってから、話を聞いてくれた。マホというはぐれた親友を探していること、そして、元の世界に帰る方法を探していることを。

 ロ=キ・Eのことも聞こうかと一瞬思ったが、あいつはこの世界にはいないらしいので、放っておくことにする。正直、これ以上探りを入れて、またあいつに関わることになるのだけは避けたかった。探して復讐しようとか、そんな余裕は今は無い。


『まずマホという少女だが、生きている』

「――――っ!!ほんと、ですか……!よかった……」


 嬉しい。本当に嬉しい。思わず泣きそうになる。


「今、どこに?」


 私の問いに、ハインリヒはしばし唸って考えこむ。


『お主は、それを知ればすぐさま駆け付けるだろう』

「あたりまえです」

『むむむ……お前に、第二の試練を課す』

「えっ……?」

(そんなの、聞いてない)

『もうひとつの質問、世界を渡る方法についての試練が残っている。すぐさま行くというのであれば、そちらの試練も先にこなして貰わねばならぬ』

「あっ……質問ひとつにつき、一試練ってこと……?」


 案外ケチな賢竜を前にして、思わず一瞬タメ口になってしまう。


『頼まれて、くれるか?』


 不服そうな私の気持ちが伝わったのか、意外にも下手に出るハインリヒ。空気は読めるほうらしい。


「わかりました……。それをやったら、マホの居場所と元の世界への帰り方、教えて貰いますから」

『約束しよう』


 結局ハインリヒは、最後までその姿を私の前にあらわすことはなかった。

 少し気になったけど、必要な情報が得られるなら、それでいい。あまり言及して、機嫌を損ねられても困る。

 

 ハインリヒが新たに出した試練は、魔王の討伐だった。【貪欲】であるというアワリティウスを討伐して欲しいというのだ。しかも、ベビームートを貸すから、面倒を見て欲しいと。

(あー、こりゃ孫の育児に困ったおじいちゃんだな。しかも、微妙にお願いふたつだし……)

 多少の不満はあったが、従うより他はない。私は大人しく話を聞いた。


 ハインリヒの話によると、最近世襲で即位した魔王が、この大陸の東地区で人間の村を滅ぼし、略奪するなど、好き勝手やっているんだとか。  

 魔王が人間から略奪すること自体は割と普通で、特に誅すべきものではないらしい。

 だが、その悪趣味極まる行動は度が過ぎているらしく、進軍スピードもあまりに早い為、このままでは人間との均衡が崩れ、魔族の品位が貶(おとし)められかねないのだそうだ。

 そうなるくらいならいっそ討伐してしまって欲しいと。

 魔族にも、品位とか、政治とか、皇位継承とか、色々な問題があるようで、ハインリヒも頭を抱えていた。


(魔王の討伐――ね……)

 話を聞いて、仮にもひとの形をした生き物を殺めることに、抵抗が無いわけじゃなかったけど、話を聞く限り碌(ろく)な魔王ではなさそうなので、私も、罪悪感をあまり抱かずに済みそうだった。

(マホと、私達の為だし。魔王ひとりでごちゃごちゃ言っている場合じゃない……よね)


 親友ふたりの為ならなんだってする。アンと別れてから、そう決めていた。

 腹をくくってベビームートの背に乗る。鱗はゴツゴツしているが、筋肉が柔らかいせいか乗り心地は案外悪くない。なんだかぐにぐにしたゴム製のアスレチックのようだった。


「それじゃあ、いってきます」

「討伐の証として、魔王アワリティウスの御首級(みしるし)をもて。ベビームートを、よろしく頼む」

「はい」


 返事を聞いてベビームートが翼を広げる。逞しい足で地を蹴ると、天高く飛翔した。

 物凄い風圧が身体全体にかかり、しがみつくだけで精一杯だ。


「ベビームート!もう少しゆっくり!!やさしく!!」


 私の声に反応し、ベビームートはこちらをちらりと見る。困り顔で微笑み返すと、スピードを緩め、悪戯に雲に突っ込むのをやめてくれた。

 まだ幼体とは思えない体躯と力だが、心は幼子そのもの。その辺の力加減も教えてあげなければならないようだ。私はベビームートの背をそっと摩(さす)る。


「そうそう。それくらいの速度で頼むよ。雲に突っ込んで遊ぶのもダメ。いいこだね」


 気持ちがいいのか、褒められて嬉しいのか、ベビームートはぐるると嬉しそうに喉を鳴らす。

 ハインリヒに聞いたとおり、バハムートの子というだけあって賢いようだ。私の言葉と気持ちをちゃんと理解している。

(やっぱ、バハムートって、『あの』バハムートだよね?最強ドラゴンの代名詞……うわ、やばー。さっすが。でも子育ては自分でしないんだ?)

 『経験を積ませたいので一緒に魔王を討伐しろ』なんて言われた時は、どさくさに紛れて黒焦げにされるのではないかと思ったが、これならうまくやっていけそうだ。


「頼むよ。ムーちゃん」

「?」


 そう呼ばれ、ベビームートは困惑気味にこちらを振り返る。


「キミのあだ名。いつまでもベビームートじゃあ、なんか他人行儀でしょ?」


 笑いかけると、ムーちゃんはひときわ嬉しそうに喉を鳴らし、尻尾をぶんぶん振り回す。気に入ってもらえたようだ。なんだか、俄然魔王に勝てる気がしてきた。


「魔王を斃(たお)したら、美味しいものいっぱい食べようね!さぁ、行こう!」


 ムーちゃんは『ぐる!』と返事をすると、私に負担がかからない程度に加速した。

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