第5話 ちょっと、イケメンになりすぎちゃった?

      ◇


 森の入り口でマホの帰りを待っていると、私達は突然の爆発に見舞われた。森の奥の方からやってくる、爆風と水しぶきからアンを守るようにして身をかがめる。

 飛んできた沢山の小石が背中に当たって痛い。爆風がおさまったのを確認して目を開けると、さっきまで目の前に広がっていた森は、裸同然の無残な姿となっていた。


「マホっ――!」


 私とアンはすぐさま駆け出しマホを探す。

しかし、森があったところを一晩中駆け回ってもマホの姿を見つけることはできなかった。マホが見つからないまま呆然と彷徨っていると、遠くに街と思しき明かりが見えた。

 マホの痕跡を何も見つけることができず、精神的にも体力的にも限界に達していた私とアンは、ひとまず街を目指すことにした。


 幸いにも街には教会があった。

 いつの世も、迷える子羊を救ってくれるのが教会だ。さすがというべきか、ボロボロの見慣れない格好をした私たちが、口からでまかせで言った「野党に襲われて」の一言を信じ、寝る場所と毛布、食料を恵んでくれた。この世界にも優しい人がいて思わず泣きそうになる。

 私とアンは身を寄せ合って毛布に包まり、その日は泥のように眠ったのだった。


 翌朝、シスターさんに勧められ、お風呂と朝食をいただいたアンと私は、久しぶりに生きた心地がしていた。


「お風呂、気持ちよかったね」

「朝食も美味しかったし、着替えまでいただいて。教会ってほんと、凄いよね」

「ね!あとね、シスターさんに聞いたんだけど。教会では怪我の手当てとか治療を勉強して、生業に出来るんだって。私のぽやぽやで怪我を治したら、お金貰えるかなぁ?」


 期待を胸に、アンがそわそわしている。


「そうだね。マホを探そうにも、まずはお金とか泊まるところとか、確保しないと」

「待って凛ちゃん。その前に、昨日怪我したとこ見せて?治してあげる。あと、髪の毛も綺麗に整えないとね」

「ありがとう」


 アンの言葉に甘え、怪我した左腕を差し出す。

 アンは小声で『ぽやぽや~おいでおいで~』なんて呟いている。

 私には見えない、ぽやぽやというものを集めているらしい。その様子は若干怪しかったが、傷はみるみる塞がっていった。


「おっけー。あとは髪を整えないとね。凛ちゃん、綺麗な顔してるんだから、ショートカットもきっと似合うよ。ハサミ借りてくるから座ってて!」


 アンはパタパタと足音を立て、シスターの元へ駆けて行った。


 私は三つ首の犬に襲われた際に切り落とし、バサバサのままの髪を触る。腰くらいまであった黒髪も、今は顎下くらいまでしかない。髪を掻き揚げる感触もスカスカとして味気なく、長年の友を失ったような、なんとも寂しい心地がした。

(女の子らしいところのない私の、唯一気に入ってたところだったのにな……)


 思わず小さくため息をつく。すると、戻ってきたアンが心配そうな顔をして駆け寄ってきた。


「凛ちゃん大丈夫?ハサミ借りれたよ!とびっきり可愛くするから!まっすぐ前見て、じっとしててね」


 アンは私を気遣うように頭をぽんぽんと叩く。その感触がくすぐったくてあったかくて、何とも言えないほっとした気持ちになる。

(ああ、やっぱりアンは優しいな……)

 思わずにやけそうになるのを誤魔化すように茶化す。


「耳、切らないでね?」

「善処しまぁす」


 他愛ない会話をしながら髪を切り進めていくアン。

 こうしていると、休み時間に前髪を切るのを任せて、パッツンにされたことを思い出す。


(あれ?アンに任せてほんとに大丈夫だったかな?)

 今更ながらに心配になってきた。私の心配をよそに、アンは鼻歌交じりにハサミを動かす。

 私がうとうとと眠くなってきたころ、アンが声を上げた。


「できたぁ!」


 肩をポンと叩かれ、差し出された鏡を恐る恐る覗く。そこには、すっきりとしたショートカットの、中性的な自分の顔が映し出されている。私の体形では女を主張することが難しい為、私を知らない人が見たら、睫毛の長いと少年と思われそうだ。


「ちょっと、イケメンになりすぎちゃった?」


 てへぺろ、といわんばかりに舌を出すアン。ハサミ一本で、精いっぱい仕上げてくれたのだ、文句はない。しかも、自分で言うのもあれだが、なかなか綺麗に仕上げてもらえている。


「かっこいい?惚れる?」


 ドヤ顔をしてみせる私に、アンは『うんうん!』と満面の笑みで答えてくれた。

 髪もすっきりして、気分一新だ。私は気合を入れなおす。


「綺麗にしてくれてありがとね、アン。さて、落ち着いてばかりもいられないよ」

「マホだよね、どうやって探そう?」


 私たちは今後の方針を話し合うことにした。

 一部始終を見ていたシスターさんは、懸命に話し合っている私達に温かいお茶を淹れ、『お困りでしたら』と相談にのってくれた。

 自分たちは帰る場所が無く、はぐれた友人を探していると説明すると、私達ふたりを抱き締めて『できる範囲で協力する』とも言ってくれた。


(こんな危ないことだらけで殺伐とした世界にも、良い人はいるんだなぁ……)

 その優しさに、アンは声を出して泣いている。

 シスターさんの事を信用していない訳ではないが、面倒事になると嫌なので、私達が違う世界から来たということは伏せておいた。


「聖女教会と冒険者ギルドですか……」

「はい。この聖教都で情報を集めるならそれらが最も有力でしょう」


 シスターさん曰く、聖女教会は、私達が泊めてもらったこの教会を束ねる、いわば本部のようなもので、街の中央にそびえる白い建物がソレらしい。身寄りのない者の世話や怪我、病気の治療、街の警備の為の騎士団の統括と養成を行っているとのことだ。

(病院と福祉施設、警察みたいなものかな?)


「それと、アンでしたか?貴女の怪我を治す力は、完全に傷を修復しているように見えました。私(わたくし)は長年教会に勤めておりますが、ここまで完璧な治癒の力は見たことがありません。聖女教会へ行けば、衛生兵として丁重に迎え入れてもらえるかもしれませんよ」

「ほ、ほんとですか!」

「おそらくは、ですが。私から推薦状をしたためましょう」


 渡りに船とはこのことだ。この街で権力のある聖女教会にいれば、少なくともアンの身の安全は保障される。


「よかったね、アン。聖女教会に話を聞きに行って、入れてもらいなよ」

「でも……凛ちゃんは?」

「私はアンみたいに治療する魔法みたいなのは使えないからね。冒険者ギルドっていう方に行ってみようかな。情報を得られる手段は多い方がいいよ」

「じゃあ、凛ちゃんとは別行動ってこと?」


 捨てられた子犬みたいな顔をするアンだったが、二手に分かれた方がマホを早く見つけられる可能性が高まるのも事実。今はとにかく、生きている、という情報が欲しい。

 私は心を鬼にする。


「マホのこと早く見つけたいから。手分けしよう?」

「――そうだね。うん。わかった」


 多くを語らずとも、アンはわかってくれた。マホのことが心配なのはアンも一緒だ。

 それに、衛生“兵”というのは少し気がかりだったが、昔、お兄ちゃんとしたゲームの話では、衛生兵は前線には出ない。私と共に冒険者となるよりは安全だろう。アンを教会に預けるメリットは多かった。


「支度ができたら、聖女教会に行ってみようと思います」


 そう告げると、シスターさんは生活に必要そうなものを見繕うといって、奥に引っ込んでいった。本当に、何から何までありがたい。


 私達は身支度を整え、荷物をまとめる。スマホの電波は湖の爆発以降ずっと圏外で、バッテリーも切れかけていた。アンとマホと三人でお揃いにしているキーホルダーが虚しく揺れる。 

 シスターさん曰く、この世界の連絡手段は手紙と伝書鳩が主流らしいので、今後はそれを使うことにするよう、アンと話を合わせておく。


「何から何まで、お世話になりました」

「生活に困ったら、またおいでなさい。貴女方に、神のご加護がありますように……」


 私達はシスターさんにお礼を述べ、教会へ向かう。


 聖女教会は、街の中央にそびえる白い建物と聞いているけど……

(――あった。あれだ)


 街の何処にいても見える巨大な白い塔。迷うことなく辿り着くことができた。まるで権力を象徴しているかのような、大理石でできた、立派で厳重な門構え。その威圧感に思わずたじろいでしまう。


「アン、話がつくまでは一緒にいるよ」


 そう言って、さっきシスターさんがしたためてくれた衛生兵の推薦状を手渡す。


「ありがと、凛ちゃん。でもね、私ひとりでも大丈夫だよ。がんばるから。だから、ここでバイバイ」


 アンの言葉は拙かったが、その眼差しは確かな決意に満ちていた。少しでもいい。マホの手掛かりを、元の世界に戻る方法を知りたい。それは私も同じ気持ちだ。


「わかった」

「じゃあ、行ってくるね。凛ちゃん」


 アンはそう言うと、大理石の重たそうな扉をひとりで開けて入っていった。アンの小さな背中が見えなくなるのを確認し、私も歩き出す。向かう先は、冒険者ギルドだ。


 元の世界にいた頃、お兄ちゃんと一緒によくゲームをしていたので、いわゆるRPG(ロールプレイングゲーム)の基本はおさえてある。こういう世界で冒険者となるには、まずギルドで冒険者登録をする必要があるのだ。

 ひとまず冒険者らしい格好の人を見つけ、後を付いていくと、大きなレンガ造りの建物が見えた。


「おお、あれか」


 想像していたよりも立派なたたずまいに驚く。中に入ると、広いロビーの向こう側にカウンターがあり、受付のお姉さんが笑顔で応対していた。

(なんか愛想のいい市役所みたい)

 そんなことを思いながら、受付に向かう。受付近くの順番待ちリストと思しきものに名前を書き込み、呼ばれるまでしばし待つ。周りを見てみると、ギルド内には屈強な男達から華奢な女の子まで、色んな種類の人がいた。


(私くらいの年の子もいるな……これならイケそう)

 安心していると、順番が来た。


「ハヤミリン様~」

「は、はい!」


(したことないけど、面接みたい……)

 お兄ちゃんが言っていた。『面接で重要なのは、第一印象』だって。

 少し緊張しながらカウンター越しのお姉さんに笑顔で挨拶する。お姉さんからも、気持ちのいい笑顔が返ってきた。


「冒険者登録ですね。貴方のように若い子向けのお仕事も沢山ありますから、心配しなくていいですよ。名前をここに……」


 指示されるままに登録用紙に名前などの情報を書いていく。

(年齢、十七。得意武器、弓?でいいか。出身地……)

 筆が止まる。


「あの――出身地って書かなきゃダメ……ですか?」


 突拍子もない質問に、ギルドのお姉さんは戸惑っている。


「はい……身分の明らかでない方を雇うわけにもいかないですから……」

(ですよね……)


 まずい。すんなりここまで来れたのはいいが、出身地は大きな問題だった。

(記憶喪失を装う?でもそうなると、雇ってもらえるかどうか……)

 冷や汗を流す私に向けられる、お姉さんの視線が疑念に満ちてくる。

(えーい、ままよ!)

 苦し紛れに筆を走らせる。


「ニホン……ですか?聞いたことない国ですね。どのあたりのお国なんですか?」

(うっ……)


 お姉さんの視線が痛い。当たり障りのない言葉で茶を濁す。


「東の方……といいますか。小さなところでして。耳慣れないとは思うのですが……」

「東!といいますと、魔王が支配するエリアの近くですから、地図にはない、小さな村とかでしょうか?」


(魔王。そんなのいるのか……この世界。怖くない?やっぱ早いとこ帰らないと……)

 驚きつつも、チャンスとばかりに話を合わせる。


「そうなんです!魔王の配下に村を襲われまして、泣く泣くこの街にたどり着いたんです。衣服や寝泊まりも教会のご厚意に甘えている状態でして。なんとかお仕事をいただけないでしょうか?」


 捨てられた子犬の如く、縋るようにお姉さんを見る。お姉さんは少し頬を赤らめながら、同情と愛情が入り混じった眼差しでこちらを見つめ返してきた。


「そういうことでしたか……さぞ辛かったでしょう?割の良いお仕事を紹介しますから、頑張ってくださいね。お仕事の事でも、私生活の事でも、困ったことがあったらなんでも言ってください?」


 お姉さんは私の手を握って優しく微笑む。やたら視線が熱い。


(ええと……何か勘違いされてる……?)


 お姉さんは私を男と勘違いをしているようだった。

 確かに、髪を切った私は、背がそれなりに高いことも相まって、睫毛の長い少年のような容姿だ。加えて、故郷が壊滅して身寄りがないという悲劇付き。お姉さんの庇護欲がMAXになるのも仕方ない。

 騙すようで忍びないが、都合がよいのでこのままにしておこう。ギルドのお姉さんが協力的であるのは、正直助かる。


「本当にありがとうございます。頼りにさせていただきますね」


 満面の笑みでできる限り爽やかに返事をした。お姉さんの機嫌が目に見えて良くなる。


(こんな些細なことで機嫌が良くなるなんて、女の人ってこんな単純なのか?それとも大人の女の人がそうなのか。お仕事するって大変なのかな?)

 女子高生の自分にはまだわからない大人なりの苦労があるのだろう。ともかく、今後とも贔屓にしてもらうべく、お姉さんに言われるがままに色々と教えて貰った。


 一、ギルドでは、冒険者登録をして仕事を貰い、それに応じた報酬を得られること。

 二、仕事には庭掃除やお使いから魔物退治まで、様々なものがあること。

 三、仕事を受けていれば交通費は先に支給されるとのことなので、手持ちのお金を気にせず依頼を受けられること。

 四、仕事の掛け持ち、つまり依頼の同時進行は可能であるとのこと。


(思ったよりホワイトだな……)

 高校に入学したばかりの頃に見た、バイトの募集要項とだいたい同じ要領だったので、理解に苦労することはなかった。


 物分かりが良い私をますます気にいったのか、お姉さんは庭掃除するだけで大金が手に入るという富豪からの依頼や、その近くの邸宅の地下書庫の整理などを紹介してくれた。

 上手くすれば一日で両方こなせる上、富豪の機嫌が良ければチップももらえるというお姉さんとっておきのお仕事だそうだ。


 自分の実力を測るために何かの討伐もしてみたいと相談すると、初心者向けで無期限の魔物討伐依頼をウサギ、猪、小鬼といくつか段階を上げて、紹介してくれた。


(お姉さん、実は超優秀なんじゃ……?ここまで至れり尽くせりだなんて……助かった)

 心の底からの精いっぱいの感謝を述べる。


「何から何まで、本当にありがとうございます」

「いいのよ。君みたいな若い子が身寄りもないなんて大変でしょうから。私にできるのはこれくらい……」


 言いかけて、お姉さんはおもむろに足元のバッグを拾い上げ、中から封筒を取り出した。


「これ、少しだけど。いくら初心者向けの魔物といっても、今の格好と弓だけだと心配だから。小さめの剣と防具くらいは揃えて貰えるはずよ。武具屋さんに、ギルド受付のメアリの紹介と言えば、なんとかしてくれるわ」


 お姉さん、もといメアリさんは封筒から紙幣を数枚取り出す。シスターさんに教わった貨幣の数え方通りなら、一枚で一万円相当の紙幣だ。

 それをおもむろに、私の手に三枚握らせる。あまりの事態に思わずたじろいでしまう。


「あの、それひょっとしてお姉さんのお給料なんじゃ……」

「いいの。私があげたいの。何かしてあげたいのよ」

「そ、そこまで親切にしていただくわけには……」

「いいの。どうしても受け取れないというなら、これは貸しということにしておくわ。依頼を達成したら、また私の所に報告に来てね。その時に返してもらうってことで。それに君みたいな綺麗な子の顔や身体に傷でも付いたら、それこそ世界の損失だわ……」


(せ、世界の損失……?)

 メアリさんの最後の呟きが気になるが、今はそれどころではない。

 お金まで下さるなんてありがたい申し出だが、流石にいただくわけにはいかないと思い断る。しかし、メアリさんは頑として譲らなかった。むしろ、私が必死に断ろうとすればするほど好感度が上がっているようにすら思う。

 ここまでくると断る方が失礼な気がして、私はありがたく軍資金を借りることにした。


「必ず、お返しに来ますので」

「明日の依頼、頑張ってね。富豪さんはお得意様だから、大丈夫よ」

「ありがとうございます。メアリさん」


 深く頭を下げて紹介された武具屋に向かう。メアリさんは名前を呼ばれたことに頬を赤くしたまま、私の姿が見えなくなるまでいつまでもお見送りをしてくれた。


 武具屋はギルドの通りから南に少し行ったところにあった。メアリさんに聞いた通りだ。


(――にしても、年上のお姉さんに貢がれるのって……こういう気持ちなのか……)

 心配してくれる以上に好意が全面的に押し出されていて、なんだか気恥ずかしかった。でもそれ以上に、好意を抱かれること自体は心地よかった。

(あぁ、ホストや若い燕といった人たちは、こういう気分なのかな……)

 この心地よさに味を占めてしまっては、私は碌(ろく)な人間にならないと思う。

(ああ……だめだ、だめだ……)

 悪魔の誘惑を振り払うようにして両頬をパチンと叩き、武具屋に入る。


「へい、らっしゃい」

「こんにちは。あの、ギルド受付のメアリさんの紹介で、武具を見立てていただきたくて」

「メアリちゃんの!おう、お安い御用だ。メアリちゃんには金づる――上客を紹介してもらったり、いつも世話んなってるからな!」


 武具屋のおやじさんはガハハと豪快に笑う。

 スキンヘッドで筋骨隆々。油のついたぴっちり白シャツにニッカポッカ。いかにもな佇まいだ。鼻舌のちょび髭に愛嬌があってなんだか可愛いとすら思える。


「――で、用途は?」

「冒険初心者におすすめなものを一式。これでお願いします」

 メアリさんから預かった紙幣を渡す。

「ほう。手持ちの武器は?」

「戦闘用でない弓が。矢がないのでそれも――あ……」


 思い出したように、鞄からステンレスの水筒を出す。


「これ、何かに加工できませんか?ステンレスっていう、耐熱と保温に優れた素材のはずなんですけど……」

「すてんれす?聞いたことねぇなあ、そりゃ……」


 おやじさんはそれを手に取ると、しげしげと眺めている。世にも珍しそうに、目を輝かせている様(さま)はまるで、新しいおもちゃを得た子供のようだ。


「うーん、すまねぇが、すぐに返事できそうにねぇな、こりゃ。知り合いの錬金術師にも聞いてみるからよ、ちょっとばかし、時間をくれや」

「お願いします」

「んで、武具だったな。兄ちゃんのナリじゃあ重いのは無理だろ。そうさなぁ……」


 おやじさんは短剣や細身の剣と、軽そうな胸当てやくさりかたびらを見繕っている。


(兄ちゃん――か。私、そんなに男っぽいかな?)

 自分の胸の絶壁に目を落とし、悲しくなる。

 そして、訂正するのを諦めた。


(まぁ、いっか)

 この世界では男扱いでもなんでも構わない。元の世界に戻れれば、華(はな)の女子高生ライフに戻れるのだ。

(そのためにも、まずはマホを見つけないと。今はできることをやろう。まずは明日の依頼から……)

 私は気持ちを再確認するように拳を握りしめる。そう、この怪力の拳を。


 三つ首の犬を撃退して以降、私は自分の身体能力が異様に高いことに気が付いていた。

 まさに超人。試してみたが、拳を握って振りかぶれば大地を裂き――とまではいかないが、岩は砕けた。脚力も異常で、蹴る力も強いうえにジャンプ力も高い。全体的に身体が軽く、五階くらいの高さからなら飛び降りても問題なく着地ができた。この力があれば、大抵の魔物は撃退できるだろう。


 犬を撃退したときのことは、正直よく覚えていない。ただただ、必死だったから。けど、冷静になって考えると、この力は多分、ロ=キ・Eから与えられたものだ。

 彼は私達に、『楽しいコトをしてきて欲しい』と言った。その言葉が本心なら、私達に簡単に死なれては困るということなんだろう。


(私達は、おもちゃか何かか?)

 その魂胆は気に喰わないけど、力は無いより、あった方がいいに決まってる。

(今はありがたく、頂戴しておきますか……)

 私は武具屋を後にすると、明日の依頼に備えて準備をし、その日は早く寝ることにした。

 起きていると、マホや今後のことを考えて不安になるからだ。


(できること、今後の方針は決まった。あとは……やるだけ)

 私は余計なことを考えないように、目を閉じた。

 昔、眠れないときに、お兄ちゃんが私の瞼に手を添えて、歌を歌ってくれたことを思い出す。それがどんな歌だったか、今では思い出せないが、思い出そうとしているうちに私は眠りについていた。

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