第4話 こんなところでハジメテとか、マジでナイ!!

     ◇


 アンがリスカしはじめたときはどうしようかと思ったけど、しばらく休憩したら、凛もアンも元どおりになっていた。さすがに疲れてるみたいだから、まだ心配ではあるけど。


 休憩中に色々と話し合った結果、私達はここが異世界なことに間違いはないという結論に至っていた。「早く帰りたい」とか「疲れた」「こわい」とか不満はいっぱいあるけど、とにもかくにも、今は元に帰る方法を探すため、ひたすらに歩くしかないわけだ。

 肝心のロ=キ・Eも、ここにはいないっていうんだから、あいつをあてにするのもやめようという話で、一旦は落ち着いた。


 とりあえず、雨風と、さっきみたいな化け物の襲撃をしのげそうな場所を探す。周囲を警戒しながら歩いていると、荒野がおわり、森らしきものが見えてきた。


「何コレ。まじでオープンワールドじゃん……」

「オープン……?マホ、それ何?」

「アン、それ多分ゲーム用語。気にしないで。私は言いたいこと、なんとなくわかるけど」

「ここまで来たら、なるようになれってかんじ。とりあえず行ってみよ?」


 森に近づいてみると、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。夕方から森に入るのは気が引けたが、今はとにかく水分を補給したい。手持ちのペットボトルはとっくに飲み切って、喉がカラカラで死にそう。

 それに、砂埃が舞う荒野を歩いたから、なんだか身体がべたつく。せめてハンカチを濡らして身体を拭きたい。あんなことがあった後だ。流石にこの状況で風呂に入りたいなんて非現実的な事を考えるほど、私は夢想家じゃなかった。


(ふたりとも、ちゃんとついてきてるよね……?)

 後ろのふたりに目を向ける。凛は犬とやりあって体力を消耗しているし、アンは相変わらずひぃひぃ言いながらバテている。アンのよくわからない力のおかげで、ふたりとも怪我は治っているけど、無理はさせたくない。私は率先して周囲の偵察にいくことにする。


「凛、アン、ここにいて。どこかで水が汲(く)めないか、ちょっと見てくるから」

「え、マホひとりで大丈夫?」

「大丈夫だって。凛はアンについててよ。凛がこっち来たら、アンがひとりになっちゃう」

「えー、三人で行こうよぉ」

「見てくるだけだよ。ヤバくなったら、そっこー帰ってくるから。それに、ふたりとも気づいてた?この辺、電波あるんだよ!」


 私はそう言ってどや顔でスマホの画面をふたりに見せた。


「ほんとだ……なんで?」

「うっそぉ!」

「私もさっき見て気が付いた。試しにメッセ送ったの、届いてる?」

「届いてる!すごい!」

「私のとこには来てないよぉ?」

「アンは携帯会社(キャリア)うちらと同じじゃなかったもんね、アンのは電波ないのかも」

「私とマホのスマホしか使えないってことか。試しにお兄ちゃんに送ってみたけど、送信失敗してる。このあたりでしか使えないってことかな?」

「ま、今は凛と私がやりとりできるだけでも十分でしょ。何かあったら連絡するから!」


 ふたりから空(から)の水筒とペットボトルを預かって、水の音がする方向へ向かう。後方から『気をつけてー』と言うふたりの声が聞こえる。


 周囲を警戒しつつ進んでいくと、水がちょろちょろと足元を這っているのに気が付いた。


「水源が近いかも!」


 足早に水の流れを辿る。すると、少し行った先に湖があった。それはとても大きな湖で、森の木々全体がこの湖を中心にして生い茂っているみたいだった。試しに近づいてみると、水が透き通ってて、綺麗。


「やった!これなら飲めそうじゃん。喉渇いて死にそう。多少お腹壊してもいいから、持って帰ろ」


 私は持ってきていた空のペットボトルに水を汲み、湖で手を洗う。

(はー……生き返る……)


 久しぶりに触る水は冷たくて気持ちが良かった。ぱしゃぱしゃという音すらも心地いい。ここでなら水浴びしてもいいかもしれない。そんなことを考えながら立ち去ろうとすると、さっき私が来た方角からガサガサと物音がした。


「ひっ」


 また恐ろしい化け物でも現れたかと思い、思わず声が出る。


「誰かいるのか?」


 それは中年ぽい男の声だった。とっさに木の陰に隠れる。この世界にも人がいるのがわかったのは大発見だけど、男の口調がなんだか荒っぽくて怖かったから、思わず隠れてしまった。


(何してるんだろう……なんだか沢山いる……?)

 息をひそめて男の姿を覗き見る。よく見ると周りにも人がいた。小学生くらいの子も含め、年代は十代から四十代までバラバラだが男ばかり。七、八人の集団のようだ。皆、茶色くて所々裂けたボロい服を身に纏っていて、なんとなく身なりが汚いように思える。


「いやー、野営するのに湖があって助かりましたね」

「ばーか。湖があるからここにきたんだよ。あの魔術師の野郎『水源の無いところで野営はしたくない』とか文句言いやがって」

「棟梁の雇ったっていう、あのひとですか?」

「ああ、あの陰気で偉そうな、気に喰わねーやつ」

「棟梁、なんでまた魔術師なんて胡散臭いのを雇ったんすかね?」

「今回の獲物は、この先の聖教都のボンクラ共だからな。よくわからないまじないで、屋敷を警備してる可能性があるんだとかなんとか。俺もよく知らん」

「まぁ棟梁が雇うってんなら、俺らは文句言えないっすけどね」


(魔術師?棟梁?聖教都?それに獲物、ボンクラ……)

 よくわからない上に物騒な単語がちょこちょこ混じってる。

(この人達、ひょっとしなくても野党とか泥棒の類なんじゃ……?)


 とにかく、アブナイ人には関わらないに越したことはない。

(凛とアンの元に戻らないと)


 身をかがめながら、こそこそとその場を去ろうとすると、胸元に抱えていたペットボトルが一本転がり落ちた。私の焦りをよそにごろごろと転がり、野党のひとりにぶつかる。


「あぁん……?」


 野党はペットボトルを拾い上げ、私の方に近づいてくる。

 どう考えても良くない流れだ。チンピラとやりあう力も、逃げる脚力も私にはない。ましてやその場を乗り切るコミュニケーション能力もない。だって知り合いにこんなチンピラっぽいのいないし、絶対に無理。

 私は必死に息を殺――していたつもりなのに、呆気なく見つかった。


「あーん?アンタ、誰?っつか……女の子?」

「う…………」


(なんて返すのが正解なの?これ!)


「兄貴ぃー!!こんなところに、若くて可愛いめの女の子がいるんすけどぉー!!」


 男の報告に、『ヒューゥ♪』なんていう下卑た感じの口笛が聞こえる。


(あ。これは間違いなくヤバイ流れだ!!)

 本能的に危険を察知した私は、しゃがんでいた身を起こして駆け出そうとする。


「ちょい待てって。おじょーちゃん、こんなところで何してるの?俺らと遊んでいかない?」


 二十代くらいの男に腕を掴まれる。


「離してっ……!!」

「つれないなぁ。兄貴ぃ!先行ってもらっていっすかぁ?俺ちょっと遊んでから行くんでぇ」

「えーずるい。俺も遊びたい」

「お前らほどほどにしろよ?魔術師のヤローが、この辺に結界張ったとか言ってたからな。覗かれてるかもしれねぇ」

「大丈夫っす。俺、見られてる方がコーフンするんで」

「勝手にしろ。おめーのシュミなんかに興味ねぇよ」


 こっちに向かってくる数人を残し、他の野党たちはガハハとか汚い笑い声を響かせて去っていく。私を助けるわけがなかった。


「離してってば……!!」

「はいはい。おとなしくしてねー」


 必死に腕を振りほどこうとしても、びくともしない。男は私の抵抗を意にも介さず、制服のリボンと胸元のボタンを一緒くたに引きちぎった。


「いやだっ!!」

「みんなね、最初はそー言うの。ダイジョブ、そのうち慣れっから」


 男は聞く耳持たないし、嫌がったところで埒(らち)が明かない。


(本格的にヤバイ!!)

 掴まれていない左手で必死にスマホを操作し、凛に助けを求めようとする。

 けど、利き手じゃないから上手く操作ができない。

 そうこうしているうちに、男達は私を地面に押し倒してスカートを破き始めた。


「おじょーちゃん、変わったカッコしてるね?見たことないカッコだわ。なんかコーフンする」

「へー、結構『ある』じゃん。着痩せするタイプ?」

「んんんっ――――!!」


 叫び声を上げようにも、口元を塞がれているので上手く声が出せない。


(やばいやばいやばい!いやだ!いやだいやだいやだ!)

 ――こんなところでハジメテとか、マジでナイ!!


 頭の中が恐怖で真っ白になる中、さっきの休憩中に凛が言っていた言葉が頭をよぎる――



――『凛、ロングヘアー気に入ってたのに、あんなバッサリ切っちゃってよかったの?』

『あの時は必死で……そうするしかなかったからね。でも、それでふたりが助かったんだから安いものだよ』

『ごめん……』

『気にしないで。今ではああしてよかったと思ってるんだ。この世界って、思った以上に厳しそうだよね。ここでは、誰かを守ったり、何かを得るためにはそれなりの犠牲とか、覚悟が必要なのかもってあの時わかったから、これからはうまくやっていける気がするんだ』――



 ――何かを得るためには、何かを犠牲にする……か。

 確かにこのままでは生きて返される保障がない。


(どうする?命乞いをする?大人しく言うことを聞けば殺されはしない?)


 でも、私がこの身を犠牲にして命乞いをしたところで、一体何が得られる?凛は私達を守ってくれたけど、私は?


 何も、得られない。何を、学ぶこともない。後に残るのは、汚れた私だけ。


(許せない。そんな自分だけが残って、どの面下げてふたりの元に帰ればいいっていうの?)


 そうなるくらいなら、いっそ――


(死んでしまえ)


「――でよ」

「ああん?おじょーちゃんなんか言った?だ~いじょぶ。痛くしないから」

「――――んで」

「あ?」

「 し ん で よ お お お お ――――――っ!!」


 私の頭は、空っぽだった。否、ただただ怒りと憎悪に満ちていた。


 空っぽの頭の中に、いけ好かない声が響く。どす黒く渦巻いてるくせに、そこから綺麗な上澄(うわず)みだけ取って、雫を垂らしたような――偽善ぶった声が。


『スレンダーなおねーさんは……聞くまでもないね』

「あんたのせいで――!!あんたも!あたしも!あいつらも!みんな死ね!みんなみんなみんな!いなくなってよ!!死ねばっ!いいのにっ!」

『ははははっ。おねーさんは爽快だねぇ。誰よりも、強い願いだ』

「あんた一体なんなの!?お願いだから!私の周りからいなくなって!私ごと!何もかも!」

『ボクは好きだよ。おねーさんの、そういうところ。だから、応援してあげる』

「消えてっ――!!」


 力の限り叫ぶと、次の瞬間。森の中心にあった湖が爆発した。


 自分でも何が何だかよくわからないが、湖の中の力が膨れ上がり、まるで水風船が割れるかのように、湖全体が破裂したように見えた。

 ゲリラ豪雨顔負けの激しい水しぶきが辺りに降り注ぐ。目を開けることすらままならない。


「なっ……」


 水しぶきの雨が止み、徐々に視界が戻り始める。次に私が目を開くと、そこには、全身に裂傷を負い、口や耳、あらゆる身体の穴から血を流して倒れている男たちの姿があった。


 ただただ呆然と、周囲を見渡す。

 さっきまで美しく煌めいていた湖は跡形もなく消え去り、周囲の木々はひしゃげている。森全体が、そこかしこに転がる男たちの身体と同様に、無残な姿となっていた。


「なに――が……」


 何が起こったのか。全くわからないまま、私は猛烈な眩暈と疲労感に襲われて、意識を手放した。


 薄れゆく意識の中で、凛とアンの声が聞こえた気がした。意識を手放す直前、これだけは手放すまいとして、地面に転がっていたスマホを握りしめる。

 それがまるで、ふたりとの繋がりである気がして――それだけは、手放してはいけない気がした。

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