緑のツバサ もぐもっく

“壁”を背にするように座り込むと、もぐもっくは遠くのゴーレムを見やり息をついた。


「この壁を倒すわけにはいかないって、

 ずっとここで頑張ってきたんだけどなー。

 いやー、やっぱりそろそろきついみたいだ。音が止まらないってのは、これのことか」


らふだくから聞いていた「体の中の音」が、今やもぐもっくの耳にも届いていた。体の疲労感か、生命の危険か、どちらにせよ辛くある現状に呼応するように、音が耳に響いていた。

 疲弊しているのはもぐもっくだけではなく、“壁”も当初の輝きを失いつつあった。

“壁”から伸びる緑の細管も今やその本数を減らし、もぐもっくへの生命の補給もほとんど行われていなかった。


「翼ももがれて、上手いこといかないしな。

 長が言ってたんだよ。

 この壁が倒れる時、世界の終わりが始まるんだって。世界を守る盾を、僕らは守り続けているんだって。そうやってどんな強敵も打ち負かしてきたんだ」


 彼方へと吹き飛ばしたゴーレムはまだ動く気配を見せなかった。だがそれは停止ではなく、不気味な沈黙を守っているだけのようであった。


「しかし君は、それはズルが過ぎるんじゃないだろうか。硬いし、頑丈だし、何よりでかい」


 窮地とも言える現状でも、もぐもっくは軽口のようにそう呟くだけだった。残っていた一族はゴーレムに全て殺された。今では満身創痍の自分だけが、この“壁”を守る盾である。

 世界の終わりが、伝承でしか聞いてこなかったものが始まる可能性を感じていた。


「………ィィィィ」

「まだ動けるのか、本当に大したものだよ」


 ゴーレムは小さな駆動音を響かせ、再び背後に桃色の魔法陣を展開した。


「桃色ってことは、すぐにでも」


 シバッ!


 破裂音とともにゴーレムはもぐもっくへ向けて高速突進を開始した。

 目を細める距離が見る間に縮んでいく。


「それ、キツイんだけどな、まーいいや、来なよ」


 真正面から迎え撃つ体制を取るもぐもっくだが、先ほどの衝突のダメージが抜けていない。ふらつく体を薄緑色の盾で支えながら、ゴーレムの突進に備える。


「そんなに世界を終わらせたければ、僕をバラバラにしてからにすることだ」


 ゴーレムの前面に圧縮された空気の塊がまとわりだした。

 衝突まであと数秒。やられる、がしかしやられる訳にはいかない。相反する思いを心中で混ぜこぜにして、脳裏に浮かぶのはひとつだった。


「長、みんな、『しぃずの平原』でまた会おう…」


 そして、


 もぐもっくの耳から音が消し飛んだ。

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