【ユーシア・レゾナントールは眠らない】

 ドラゴンだった。

 おとぎ話でしか見たことがないドラゴンだったが、まさか実物がここにいるとは思わなかった。

 金色の光を宿した瞳で睥睨へいげいするドラゴンは、怒り狂ったような咆哮を空へ轟かせる。


「我が寝所を踏み荒らしたその罪、その身であがなうがいい!!」


 そして左右に裂けた口から、紅蓮の炎を吐き出した。

 熱気が肌を焼き、全員して弾かれたように回避する。回避が遅れた勇者と姫君の前にはユーバ・アインスが立ち塞がり、純白の盾を展開して守っていた。

 岩場に隠れることすらできないし、狙撃できるような場所がない。ユーシアは白銀の狙撃銃を抱えながら無様に走り回り、ヤケクソ気味に泣き叫ぶ。


「うわーん!! 遮蔽物がなければ役立たずだっての!! 誰か前衛を頼むーッ!!」

「ユーシアさんも戦艦を撃墜したんだから、どうにかできるでしょう!?」


 ユウが青い瞳に涙を浮かべながらユーシアへ抗議してくるが、狙撃手にそんなことを言われてもどだい無理な話である。

 地面を舐めるように燃え広がる炎からどうにかこうにか逃げ回り、先ほど多額の対価を支払うように強要されていたユーリが「あーもう!!」と叫ぶ。


「最後の最後でこんな化け物が出てくるなんてついてないね!! ちょいと、アンタ。どうにかできないのかい!!」

「俺に話題を振るの!?」


 炎から逃れたユフィーリアが、討伐を命じてきたユーリへと勢いよく振り返る。彼女であれば不思議な外套の中から不思議な道具を出して、容易くドラゴンを討伐してくれると思ったのだが、どうやらできないようだ。


「アウシュビッツ城のドラゴンは簡単に倒せたけど、こんなところにいるドラゴンなんて嫌な予感しかしねえよ!!」

「【同意】貴殿と全く同じ意見である」


 ユフィーリアの叫びに応じたのは、まさかのユーバ・アインスだった。

 純白の盾で紅蓮の炎を受け止めながら、ユーバ・アインスは涼しい顔のまま言う。


「【推測】驚異的な回復速度を持っているようだ。【説明】先ほど受け止めた炎を模倣・構築してみたのだが、攻撃しても相手の致命打にはならず。傷はすぐに塞がれてしまった」

「ほらァ!! やっぱり意味ないじゃん!!」


 ユフィーリアは嘆き、飛んできた炎を間一髪で回避する。

 驚異的な回復速度を誇るのであれば、どこかに核が存在するはずだ。ユーシアの世界にいた化け物と化したおとぎ話と同じである。

 ならば、とユーシアは白銀の狙撃銃を構える。頚椎に埋め込まれた鍵穴のような接続口に端子を差し込めば、視力と聴力が一気に飛躍する。紅蓮の炎が地面を舐めるように這い進んでいき、ユーバ・アインスが勇者と姫君を守る為の盾となり、その他が必死に逃げ回っているのが見えている。

 まずは牽制に一発、ドラゴンの左眼球に照準して、


「――やめよ、ユーシア・レゾナントール!!」

「ッ!!」


 引き金を引こうとした手が止まる。

 ユーシアの狙撃を中断させたのは、豊かな金髪から紫電を飛び散らせる男装少女――ユノ・フォグスターだ。彼女は魔槍を振り回してドラゴンの炎を蹴散らしながら、その灼熱の瞳を吊り上げる。


「貴様は戦えば戦うほど眠くなる!! であれば、その弾丸は最後まで取っておけ!! わざわざ狙撃手の貴様が率先して戦う必要などあるまい!!」


 ユノの言葉が、ユーシアの頭にガンガンと響く。

 戦えば戦うほど眠くなる――それはユーシアの特性だ。ユーシアの使うこの白銀の狙撃銃がそうさせてくる。

 彼女の言葉は正しい。だが、ユーシアはそれでは満足できないのだ。眠くなってしまっても、眠らなければいいだけだ。眠らなければ戦える、眠らなければこのドラゴンに勝てるかもしれない。

 ユノの言葉を無視して狙撃しようとしたが、その前に紅蓮の炎が視界いっぱいを埋め尽くしてくる。

 死を悟った。肌を焼く熱気が襲いかかってきて、ユーシアは息を飲む。これでは死ぬ。


「――頭下げてろ!!」


 ユフィーリアの声が鼓膜を突き刺し、ユーシアは頭を下げる。それでも気になって、紅蓮の炎がどうなったのかが知りたくて、ユーシアはこっそり顔を上げた。

 迫ってきていた紅蓮の炎に、一条の赤い光が突き刺さる。赤い光に触れた炎は、内側から爆散した。火の粉を散らして消え失せる炎に、ユーシアは目を疑った。


「大丈夫か、怪我ねえな!?」


 駆け寄ってきたユフィーリアの手には、マスケット銃が握りしめられていた。銃身には幾何学模様が刻み込まれていて、僅かに赤い光が残っていた。

 ユーシアの視線がマスケット銃に向いていることに気づいたユフィーリアは、マスケット銃を示すように持ち上げる。


「これか? ノーコンだからあんまり持ち合わせてねえけどな。うちの相棒が好んで使うモンだから、俺の装備の中に揃えてるだけだよ」

「それ、何丁もあるのか?」

「まあな。あと五ぐらいはあるけど」


 貴族がスカートを持ち上げるようにユフィーリアが黒い外套の裾をはためかせると、その下からガチャガチャと同じようなマスケット銃が滑り落ちてくる。マスケット銃は一度につき一発しか撃てない代物であるが、狙撃手であるユーシアがマスケット銃による狙撃を外す訳がない。

 マスケット銃を一つ手に取ると、ユーシアは試しに構えてみる。撃鉄の部分に埋め込まれた赤い石が銃弾の代わりだろうか。ユフィーリアは彼の意思を確かに受け取ったのか、意地の悪い笑みを浮かべる。


「いい顔するじゃねえか、狙撃手。そのマスケット銃はくれてやる、五発とお前の狙撃銃でどうにかしてみせろ」


 彼女の左手に雪の結晶が生み出される。

 純白の輝きと共に現れたのは、白鞘に納められた大太刀だ。その大太刀を肩に担いで笑う彼女は、紛れもなく異世界で最強の二文字を背負うに値する存在だ。

 ユーシアも応じるように笑ってやると同時に、ユウが「終わりましたぁ!!」と叫ぶ。


「ドラゴンは回復しているんじゃないんです!! 傷ついた細胞の時間を戻しているんです!! だから連続で攻撃すれば、時間を戻している核に行き着くはずです!!」

「よくやったユウ・フィーネよ、攻撃するのは得意だ任せておくがいい!!」


 魔槍を振り回したユノが、雷撃でドラゴンの左半身を攻撃する。痛みによって咆哮を上げるドラゴンへ、さらに鮮血の剣の群れが襲いかかる。剣に刺し貫かれて激痛に身じろぎをするドラゴンは、恨みつらみが孕んだ「おのれおのれ!!」と叫ぶ。

 ユウの解析に、ユノとユーイルの攻撃。ユーバ・アインスは姫君と勇者を守り、ユーリは流されたドラゴンの鮮血を財宝と判断して散弾銃に食わせ、炎を回避する為に軌道を捻じ曲げる。ユフィーリアは、


「――絶刀空閃ぜっとうくうせん!!」


 聞き覚えのない言葉と共に、ユフィーリアの姿が掻き消える。次にユフィーリアが姿を見せた時は、大太刀が鞘から抜かれていた。薄紅の刀身が幻想的に煌めく。超速で切断したらしい彼女の背後で、ドラゴンの長い首が落ちる。

 肩で息をするユフィーリアは、ユーシアに向かって叫んだ。


「やれ、ユーシア!! あとはお前の腕にかかってる!!」

「――了解!!」


 ユーシアはマスケット銃を構えて、引き金を引く。

 落ちた首が重力に逆らうように持ち上がっていき、切断面と接合を開始したその瞬間に、ユーシアの放った赤い光が突き刺さる。接合し始めた部分は内側から爆散し、再び首が吹っ飛んだ。

 撃ち切ったマスケット銃を放り捨て、ユーシアはユフィーリアから貰い受けたマスケット銃に飛びついた。もう一度照準、次はドラゴンの後ろでまだ無事な翼を貫く。

 赤い光に触れて内側から爆散した翼を確認して、次のマスケット銃に。今のユーシアに、白銀の狙撃銃からの加護はない。それでも正確に狙撃できるのは、ひとえに彼の長い経験からだ。


「――狙撃手の矜持にかけて、ここで外す訳にはいかねえ!!」


 託された五発のうち、三発を使った。

 ユーシアは四発目のマスケット銃をすくい上げると、死の運命に反逆するかのようにドラゴンが炎を大量に噴出する。首はもうないはずなのに、魔法の力かなにかだろうか。

 肌を焼く熱気に、ユーシアは貴重な四発目を使ってしまう。炎が撒き散らされ、消え失せる。舌打ちをして最後のマスケット銃に手を伸ばし、最後の照準はドラゴンの心臓部にした。

 外す訳にはいかない。

 この銃弾を託されたのだから、狙撃手の矜持にかけて外さない。

 ユーシアは最後の銃弾を射出する。目を焼く赤い光が虚空を飛んでいき、その向こうにいたドラゴンの胸を貫いた。


「――――」


 内側から爆散するドラゴンの中に、青銀色に輝く小さな粒を見た。小石程度の大きさの、青銀色の小さな粒を。

 とても狙撃程度で射抜けるものではなく、普通に攻撃すれば肉に隠れてしまう。

 それでもやる。ユーシアは白銀の狙撃銃と接続して、構える。冷たい銃把に頬を寄せて、引き金を引く。


「死んじまえ、世界の果ての主!!」


 白銀の銃口から放たれたものは、金色の狼だった。

 顎を大きく開いて、金色の狼はドラゴンの心臓の向こう側に埋め込まれていた核に食らいついた。

 ドラゴンの体が崩壊していく。やはり、あの核をどうにかすればよかったのだ。再生することなくドラゴンは死に、断末魔さえ上げることは許されなかった。


「――珍しいな」


 ユーシアは狙撃銃の照準器から顔を上げて、ポツリと呟く。


「こんなに、眠くないのは」

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