【ユーリ・エストハイムは祈らない】

 金銭も随分と溜まった。

 この世界もお宝がたくさんあったようだし、たくさん稼げたし、これで願いの弾丸がたくさん溜まったものだ。元の世界に戻ってもこの金額が引き継がれればいいのだが、引き継がれないとしたらどうしよう。

 木箱の上に座ったユーリは、銀色の散弾銃を手持ち無沙汰に弄りながら考える。

 追っ手はまだきているし、ユノが削りきれなかった分がいつまでも追いかけてくる。このままでは人里に行けることすらままならない。


「ねえ、ちょっと」

「なんだよ」


 ユーリはたまたま近くにいたユーイルに詰め寄る。


「本当に空間転移をしないのかい? その方が楽なのに」

「だから、命の保証がどこにあるってんだよ。女神でも呼ぶのか?」


 ユーイルはガスマスクの下からギロリとユーリを睨みつけてきて、取りつく島もない。

 空間転移をした方が楽だとは分かっているのだが、まあ現状ではやってもやらなくてもいいだろうか。

 ――と、思っていたのだが。


「た、大変です!! 魔法使いが追いかけてきますよ!!」


 ユウが幌から顔を覗かせて、慌てた様子で叫んだ。

 見れば、残った甲冑人間の背後から、ローブをまとった人間が空をほうきで飛んできている。空の上で生きているユーリにとって、羨ましい光景であった。あの箒を奪えば空を飛ぶことができるだろうか。


「だったらアンタが戦えばいいだろう。魔法使いなんだから」

「え、だって、その、あの時はあの時ですから」


 ユウが言い訳して戦おうとしないが、このままおそらく外に放り出せばきっと戦わざるを得なくなるだろう。ちなみにユノは見逃したが、ユーリは空賊なので相手の心情など一切考えない。

 しかし、これはいい好機かもしれない。

 この隙に乗じて空間転移で遠くに逃げるのもありかもしれないか。


「仕方ないねェ、全員馬車から降りな」

「馬車を乗り捨てんのか?」


 御者台のユフィーリアが振り返ってくる。

 ユーリは散弾銃をくるりと回して、


「ちょいと遠くまで逃げるからねェ」

「?」


 疑問に思ったユフィーリアだが、馬車の速度が徐々に落ちる。完全の止まったところで、ユーリは馬車を降りた。ようやく今になって復帰したらしいユーバ・アインスがむっくりと起き上がると、不思議そうに首を傾げて「【疑問】すでに到着したのか?」などと見当違いなことを言ってくるので無視した。

 全員、疑問を持たずに馬車を降りてくる。そして少しの間をおいて、国の追っ手がずらりと並んでいた。王国の魔法使いも箒で滞空している。

 怯えた様子で勇者に張り付くエッタを、勇者の少年が頭を撫でて落ち着かせている。ユノが誘発させた告白により、幸せオーラ全開である。ムカつく。


「観念したか。さあ、大人しく姫を返せ!!」


 誰かが叫ぶ。

 ユーリは空賊なので返せと言われて返す主義ではないし、そこまで優しくはない。散弾銃を追っ手どもに突きつけると、警戒するように武器を構えてきた。


「そんなチャチな武器で殺せると思ったら大間違いさ。――残念だけど、アンタたちとはここでお別れさね」


 散弾銃を快晴の空へと突きつけて、ユーリは願いを込めて引き金を引いた。


「五〇〇〇万ディール装填!! ――【世界の果てまで連れて行け】!!」


 そして、

 空間転移が始まった。


「――――わあ、

「オマエこの馬鹿!!」


 重力に従って、ユーリたちは落下を開始する。

 一面に広がる青い空、そして白い雲が眼下に存在する。びゅう、と風が頬を撫でて、七つの悲鳴が上がる。


「なんで空間転移なんかしたんだぁぁぁ!!」

「きゃあああああ!? おのれユーリ・エストハイムよ、恨むぞ!!」

「やっぱりこんなことになるんだよな俺ってば疫病神でも憑いてんじゃねえのか!?」

「ぶくぶくぶくぶく……」

「魔法使い気絶してんじゃねえこの野郎!! オマエだけだろどうにかできるのおおおおお!!」

「いやあああああ!?」

「ひ、姫、お守りしますのでどうか自分から離れないでくださいいいい!!」


 ユーバ・アインスは悲鳴を上げない性格のようで、落ちていく状況を冷静に分析していた。

 足場なんて見当たらないし、確かに世界の果てだと思うだろう。だが、ここから助からなければ意味がないのだ。

 助かる為の算段ならある。しかし、大金をかければ強欲の銃に対して借金をすることになり、ユーリはなにかを体で支払わなければならない。すでに瞳という借金を背負ったことがあるユーリは、できることならその苦痛は支払いたくない。

 それでも、

 ここで死んでは元も子もない。


「はははは!! アタシの責任だからねェ。だから借金ぐらいは背負ってやろうじゃないのさ!!」


 ケラケラと笑いながらユーリは散弾銃を自分のこめかみに突きつけて、


「一〇億ディール装填」


 怖い。

 今度はなにを支払う羽目になるのか、それを考えただけで怖い。

 それでも、彼らをこんな目に遭わせた借金に比べれば怖くはない。


「幾千幾万の財宝を捧げ、強欲の悪魔マモンよ、願いを叶えな!!」


 ごう、と突風が吹き、その風にユーリは願いを乗せた。


「【どうかみんなで安全な場所に行けますように】!!」


 ユーリ・エストハイムは神様に祈らない。

 彼女が祈るのは、いつだって願いを叶える悪魔だ。

 その代償になにかを支払わなければいけないが、それでも悪魔は優しいことに、今回ばかりは先に願いを叶えてくれた。

 フッと重力がなくなり、いつのまにか地面に降り立っていた。それまでぎゃあぎゃあと騒いでいた連中は、拍子抜けしたように地面に転がっていた。ユーバ・アインスも「【疑問】空間転移か?」と首を傾げていたが、多分彼には一生分からないだろう。

 地面に降り立ったユーリだが、手にした散弾銃が自動的に縦に割れて、広がった銃口から黒い靄のようなものが吐き出される。

 むくむくと黒い靄は形を成し、悍ましい悪魔の様相を取った。ぎょろりと輝くガラス玉のような目玉がユーリを睨め付け、引き裂くように左右に割れた口から鋭い牙が覗く。


【使ったな、使ったな。ユーリ・エストハイム。お前はやはり空賊には向いていない。優しすぎるのがいけなんだ】


 強欲の悪魔は笑い転げながらユーリを非難する。

 悪魔の言葉に耳を傾けることなく、ユーリは形のいい鼻をフンと鳴らした。


「アンタにしては優しいじゃないかい。いつもは最初に対価を貰っていくのに」

【あの時は死ぬかと思ったからな。ユーリ・エストハイム。最初に助けておけば、ゆっくりと対価がいただけるだろう】


 左右に裂けた口から涎を滴らせながら、強欲の悪魔が目を忙しなく蠢かせる。


【この前は目をいただいた。じゃあ次はどうしようか。腕にしよう、足にしよう、それとも内臓か。迷うなあ、迷うなあ】

「おいおいおい、話が読めねえぞ。一体なにが起きたってんだ」


 話が読めずに割って入ってきたユフィーリアが、強欲の悪魔を睨みつけた。

 強欲の悪魔は突然会話に入ってきたユフィーリアを、面白そうに眺めていた。壊れた人形のように首を傾げて、


【知らないのか。じゃあ教えてやろう。この女は自分だけが助かる方法を持っていた。だけど、この女はお前らも助けた。願いの対価として提示した金額が釣り合わないから、この女からなにかをいただこうって話だ】

「それが腕や足って話になるのか?」

【そうだ、当たり前だろう? 体で支払えってよく言うだろうに】


 強欲の悪魔は骨ばった腕をユーリへ伸ばし、左腕を掴んだ。捻って千切ってやろうというぐらいに力が込められ、ずきりとした痛みがユーリを襲う。

 なるほど、次は左腕か。両腕が使えなくなることは痛手だが、試しに義手でフックでも作ってみるべきか。そうすれば誰の印象にも残るだろうし。


「――ま、待て!!」

【あ?】


 強欲の悪魔がユーリの左腕を対価として持って行こうとしたその矢先のこと、勇者が強欲の悪魔に制止をかけた。

 ぎょろりと眼球が蠢き、品定めするように勇者を見やる。下手をしたら彼が対価を支払うことになってしまう。


「やめな!! 対価は契約者のアタシが払うもんだ、アンタは口出しするんじゃないよ!!」

「この剣を対価としてあげます!! だからその人からなにも奪うな!!」


 勇者はユーリの言葉など聞かずに、女神の加護が付与された剣を強欲の悪魔へ投げつけた。

 強欲の悪魔の興味は女神の加護の剣へと移るが、それだけで対価など到底払えない。ユーリが願いの対価として支払う金額は一〇億だ。剣一本で対価が支払えるか疑問だ。

 ところが、強欲の悪魔は剣を握りしめると、ブルブルと震えだした。それからぐるん!! とユーリへと振り返り、興奮した様子で言う。


【おい!! これ、一〇億の価値があるぞ!!】

「はあ!? たかが剣だよ!?」

【女神の加護ってのが高くつくんだよ!! じゃあいいや、今回は対価をこれにしよう!!】


 強欲の悪魔は左右に裂けた口から剣を飲み込んで、強欲の銃へと帰っていった。

 対価は支払わなくていいようだ。ユーリは散弾銃を乱暴にホルスターへしまい、


「よかったのかい?」

「構いません。これから先、あの剣は必要なくなると思いますし」


 勇者の少年は快活な笑みを浮かべた。

 なるほど、姫君が惚れるのも分かるものだ。


「――――誰だ、我の眠りを邪魔する奴は」


 低くおどろおどろしい声が、平穏を崩した。

 大団円を迎えるはずの彼らを迎えたのは、


「ここって、ドラゴンの巣だったんですね」


 ユウの何気ない言葉が、現実へと仲間たちを引き戻す。

 深い洞穴からのそのそと姿を現したのは、青銀色の鱗を持つ巨大なドラゴンだった。

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