【ユノ・フォグスターは差別しない】

 馬車をゆったりとした速度で走らせていたユノは、鼻歌交じりにむちを操る。馬も王国からの追っ手の存在をすっかり忘れて、ちゃかぽこと長閑のどかな風景の中を進んでいく。

 荷台に乗る五人とお姫様は、なんだか居心地を悪そうにしていた。彼らがそんな反応を取るのは、一人の仲間を置いてきたからだ。その点に関して負い目を感じているのだろう。

 ユノは「ふんふーん♪」と美しい声で楽しげに歌っていたが、後方の存在に気づいたらしく、唐突に馬車を止めた。怪しんだユーリが御者台に座るユノに「どうしたんだい」と問いかけるも、彼女がその問いに答えることはなかった。


「思いのほか時間はかからなかったようだな」


 御者台ぎょしゃだいから降りたユノは、後方からやってきた存在へにんまりとした笑みを見せる。


「いや、先に行ってるとは思ったけど……意外と遠いな!?」


 駆け寄ってきたのは、黒い外套を翻した銀髪碧眼の女――ユフィーリア・エイクトベルだった。どこか疲れた様子の彼女は、膝に手をついて肩で息をしている。

 ここまでやってきたということは、騎士団の女には勝利したようだった。ユノは豊かな胸の下で腕を組むと、その美声を張り上げてユフィーリアを讃える。


「見事なものよな、ユフィーリア・エイクトベル!! 我輩が特別に褒めてやろう!!」

「お褒めに預かり恐悦至極ってな。まあ、強いといえば強いだろうけど、俺の世界であんなのがいたら一〇秒と持たずに死ぬぜ」


 肩を竦めたユフィーリアは「あ、運転代わる」と申し出てくれたので、ユノは遠慮なく運転を代わってやることにする。そろそろ景色も変わらなくなってきたので、退屈に思っていたところだ。

 ユノに代わって御者台に乗り込んだユフィーリアは、馬の鞭を手に取る。それから思い出したように「あ」と言った。


「そういえば」

「なんだ?」


 ちょうど荷台に乗り込もうとしていたユノは、御者台のユフィーリアへと振り返る。

 彼女はなんでもない様子で、


「ここまで走ってくる時に、王国の追っ手も引きつけてきちまったわ。すぐに出発するな」

「早く言わんか馬鹿者!!」


 見れば本当に大量の追っ手が馬に乗ってやってきていて、ユフィーリアは笑いながら「あはは悪いなァ」と謝った。急いで荷台に乗ったユノは、木箱の影に隠れて怯えている様子の魔法使い――ユウへと振り返る。

 ユノに睨みつけられたと勘違いしたらしいユウは「ひいッ」とさらに怯えた様子を見せるが、構うものかとユノは叫ぶ。


「やい、ユウ・フィーネ!! 貴様も手伝え!!」

「え、ええ、なんでですかあ!! ユノさんも十分にお強いでしょう!?」

「か弱い女子を一人で戦わせると言うのか!! 貴様も男であれば女を守る気概ぐらい見せてみろ!!」


 それに、あれだけすごい魔法を使ったのだから、支援は期待できるものだと思っていたのだが。

 ユウは「嫌です!!」と拒否した。ご丁寧に首まで振って拒否してきた。やはりあの時だけは立派に見えたが、また弱い魔法使いに戻ってしまった。

 使えないと胸中で吐き捨てて、ユノはユーシアとユーリへ視線をやる。ユーシアは戦えば戦うほど眠くなってしまう呪いの持ち主だし、ユーリは「給金が発生しないならやらないよ」とわざわざ宣言してきた銭ゲバなので期待しない。純白の機械人形であるユーバ・アインスはいまだ目覚めず、ユフィーリアには馬車の制御がある。消去法でいったら残りはユーイルだけだが、彼は「オマエでどうにかしろよビリビリ娘」と吐き捨てた。この吸血鬼、本気で灰にでもしてやろうか。


「むぅ。確かにあの敵を全て掃除することは可能だが……」


 それだけの大魔法を使うとなれば、それだけの時間がかかるというものだ。

 ユノはユウのように二つの魔法を使える訳でもなければ、ユフィーリアのように様々な武器を使えるような技術を有していない。せめて他にも戦えるような術を有していれば、まだ楽に大魔法を使えるかもしれないのだが。

 少し考えてから、ユノは思い出した。そういえば、まだ装備は残していたはずだ。


「勇者よ、起きろ」


 ユノが注目したのは、エッタの愛しの勇者――確かロイとか言ったか。

 すでに女神の加護が付与された魔法の剣を国王から託されており、十分に戦える力は残されているはずだ。ユノは気絶したまま起きない彼の頰に張り手をし、叩き起こした。

 張り手された勇者は「ふぁッ!?」と飛び起きるが、ユノの姿を認識すると目頭を吊り上げた。


「賊め、姫君を返せ!!」

「姫君ならそこにいるだろう。貴様の目は節穴か?」


 荷台の隅にいるエッタを顎で示すと、勇者の少年――ロイは拍子抜けしたような表情を見せた。

 狼狽える勇者に、ユノはあえてこの話題を出して彼の戦意を煽ることにした。


「勇者よ。姫君は貴様に恋をして、戦争を起こしたのだぞ」

「こ、恋? そんな……これは姫君が起こしたものだと!?」

「そうだとも。我輩は姫君の代わりに王国の追っ手と戦っている。全ては姫君の為だ」


 それなのに、とユノは勇者の胸倉を掴んだ。


「貴様はいつまでたっても寝てばかり、これでは勇者のゆの字もないではないか。少しは漢を見せたらどうだ、勇者よ」

「で、でも……そんな、姫君が、えっと」

「ええい、草食系男子とやらは覚悟が決まらんな!! 貴様は姫君が好きなのか嫌いなのかどっちなのだ!!」

「すッ!?」


 勇者の顔が真っ赤に染まる。

 お、とユノは赤い瞳を瞬かせる。

 てっきり「憧れているだけです」と返すだけかと思ったのだが、どうやら勇者も姫君であるエッタが好きなようだ。反応からしてそう考えられる。

 固唾を飲んで全員が見守る中、勇者の細々とした声が馬車の中に落ちる。


「……一目惚れだったんです」


 恥ずかしそうに答える勇者に、ユノはにんまりと笑う。


「ふむ、一目惚れはいいことだ。そして恋とは万人を成長させる。――勇者よ、今こそ成長の時ではないだろうか?」

「せ、成長の時?」

「そうだとも」


 幌を持ち上げて、追いかけてくる王国の追っ手を見せつける。馬に乗った大量の甲冑人間を前に、勇者の顔が引きつった。

 引きつるのも当たり前だ。あんなに大量の追っ手を引きつけてきたユフィーリアに恨みはあるが、雑魚を蹴散らすのも悪くないだろう。


「勇者よ、ならば好きな女の為に世界を相手に戦うがいい。姫君が貴様を思って父に反逆したように!!」

「――はい!!」


 よし、簡単に言いくるめられた。

 いい感じの雰囲気で告白もさせたし、さらに戦力もゲットだ。勇者は姫君の為にやる気を出してくれたので、ユノは雷と共に現れる魔槍を出現させて微笑む。


「ならば勇者よ、一分ほど時間を稼げ。それが試練だ」

「分かりました、御師様!!」

「むぅ。貴様の師匠になった記憶はないが」


 まあ、あれだけ発破をかけてやれば師匠扱いされても仕方がないか。

 ユノは魔槍をくるりと振り回して、勇者の背中を開いた手のひらで叩く。


「見せてみろ、勇者よ!! 貴様の力を!!」

「はい!!」


 勇者は元気よく返事をすると、女神の加護を受けた剣を鞘から抜き放った。

 きらりと輝く白銀の刀身は美しく、空賊のユーリが「へえ、いいねェ」と口笛を吹いて称賛した。確かにユノも美しいと思った。

 勇者が剣を掲げると、白銀の刀身に金色の光が集まり始めた。幌で覆われた荷台の中が煌々と輝き、眩い光に満たされる。


「――照覧あれ、これが女神の加護を受けし聖なる剣!! 我に勝利を与え給え!!」


 光を集めた白銀の刀身を振り下ろすと、光の奔流が放たれる。

 荷馬車から放たれた光の奔流は、容赦なく外にいた追っ手を蹴散らす。なんだか「ぎゃあ」とか「これは勇者か!?」などの叫びが聞こえてくるが、ユノにとっては爽快以外のなにものでもない。


「見ましたか、御師様!!」

「当然だ、さすがだな勇者よ!! これで姫君もメロメロではないか!!」

「ありがとうございます!!」


 さて。

 ばちばちと耳元で鳴る紫電を聞きながら、ユノは笑った。

 一分とは長すぎるものだと思ったのだが、意外と短いものだった。勇者の少年が時間を稼いでくれたおかげで、ユノも最大の技を繰り出せる。


刮目かつもくして見よ、人類よ。これが魔王より受け継ぎし魔槍、アルギスメギトスの力である!!」


 紫電を放つ魔槍を持ち上げて投擲フォームへと入ったユノは、まだ生き残っている追っ手へと魔槍をぶん投げた。

 空を引き裂いて飛んでいくアルギスメギトスは、紫電をまとって生き残っている追っ手たちのど真ん中に突き刺さる。


「――――魔王の裁きを受けよ!!」


 快晴の空から紫色の雷がいくつも落ち、轟音を響かせる。

 甲冑人間の絶叫を聞きながら、ユノは胸を逸らして哄笑を響かせた。


「ふはははははは!! これぞ我輩の力なり!!」


 見事に広範囲を焼き払った魔界貴族のお嬢様は、やはり自信たっぷりに笑っているのだった。

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