ユウ・フィーネ編
第一章【城の結界】
倒れてしまったユーシアをどうにかこうにか
空の木箱を利用した寝台にユーシアを寝かせると、軍医らしき眼鏡のお爺さんが細々とした声で診断する。
「寝てるだけだねぇ」
「ね、寝てるだけ……? 病気とか、怪我とかではなく?」
「うん、寝てるだけ。もうね、どこも悪いところはないよ」
軍医の言葉に、ユウは安堵で膝から崩れ落ちそうになった。
眠っているだけなのか。確かに見たところ怪我をしている様子もないし、一緒についてきてくれた真っ白い機械人形のユーバ ・アインスも「【推測】怪我の類ではない」と判断してくれてたし、これで安心だ。
ほっと息を吐いたのもつかの間のこと、軍医が「ただねぇ」とほわほわと言葉を続ける。
「なんかねぇ、魔法にかけられたみたいなんだよねぇ。ほら、呪いをかけられて眠っちゃうお姫様みたい」
「……眠り姫ってことですか?」
「そうだねぇ。下手をしたら、ずっと眠っているかもねぇ」
なんでもない風に言う軍医だが、その一言だけで臆病者のユウに大打撃を与えることを知らない。
ガン、と側頭部を殴られたような衝撃を受けたユウは、今度こそ膝から崩れ落ちてしまった。ユーバ ・アインスが「【質問】問題ないか?」と問いかけてくるが、その声すら遠くに聞こえてしまうほどユウの意識は飛んでいきそうだった。
なんだ、それは。
一生眠っているかもしれないって?
(――僕も、戦えていれば)
魔法艦隊の戦いを、ユーシア一人に任せなければよかったのだ。
ユウも一端の魔法使いならば、彼の役に立つべきだったのだ。それなのにいつもの臆病さを発動させて、後ろに引っ込んでガタガタと震えているだけだ。
――その愚かな行動のせいで、ユウの世界で何人を犠牲にした?
(戦いたくない……けれど、みんなの負担になりたくない!!)
キュッと唇を引き結んだユウは、すっくと立ち上がった。
驚いた軍医が「どうしたんだい?」と問いかけて、部屋の隅で棒立ちしていたユーバ・アインスもまた白銀の瞳を向けてくる。その言葉に答えることなく、ユウは頑丈な鎖で雁字搦めに縛りつけた
この魔導書は、ユウ・フィーネが魔法使いとなった時に師匠から受け継いだものだ。魔導書でも
ぶっ叩いた影響で、雁字搦めにされていた鎖が弾け飛び、魔導書がひとりでに飛び始める。鳥の翼のように本のページをはためかせ、虚空をぐるりと自在に飛んでから、ユウの目の前にふわりと降りてくる。
軍医は「あわわ!? じ、自立する魔導書!?」と叫んでいたが、軍医の反応に構わず魔導書はパラパラとページをめくっていく。
【
真っ白なページにじわりと滲むように、文字が浮かび上がる。文句を連ねる魔導書に、ユウは躊躇わず命令した。
「彼に探査の魔法を」
【探査の魔法にも種類がございます。記憶を探りますか、素性を探りますか】
「第二番魔法は対象者にかけられた魔法の加護を探るものだったはず。それを使うよ」
【了解しました。魔法の準備を開始します】
ユウはゆっくりと息を吐き出して、瞳を閉じる。
この世界にきてから、一度も役に立っていない。
だから、ここでぐらいは役に立ちたい。何故ならユウも、女神に呼び出された勇者だからだ。
【準備が完了しました】
魔導書のページがひとりでにめくれて、魔法陣が現れる。複雑怪奇な魔法陣を一瞥したユウは、丁寧に魔力を注ぎ込んで魔法陣を組み立てていく。
大丈夫、できる。
丁寧に、素早く魔法陣を組み立てると、立派な幾何学模様が虚空に浮かび上がる。魔法陣はひとりでに眠るユーシアへと張り付く。
「
ユウの声に応じるように、魔法陣が輝き始める。
優しい青の光を放った魔法陣は、ユーシアの眠りの原因たらしめている魔法を探る。全身を探るように魔法陣が明滅し、それから彼の全身が青く輝く。
這うように存在する細い線は、おそらく血管だろうか。動脈や静脈はおろか、毛細血管まで青く輝いているのは魔力の源が全身を巡っているのか。
(いや、これは――呪いによってこの人は生かされている!?)
もし乱暴に呪いを解除しようものなら、きっとその瞬間に彼は死んでしまう。そんなことは、ユウにはできない。
ならば、どうしよう。彼を安全に目覚めさせる方法は、なにかないのか。
「ヨハネス、時間の魔法を」
【彼から魔法を解除するのはお勧めしません】
「魔法の時間を進める。魔法が認識している時間を進めれば、呪いは自然と解けるはず」
そうすれば、きっと彼は目が覚めるだろう。
魔導書もその使い方があるとは思わなかったのか、少しだけ考えた様子で【少々お待ちください】とページをめくる。やがて開かれたページには、先ほどの探査の魔法よりも複雑になった魔法陣が現れる。
時間を操る魔法は複雑なものが多いことは分かっている。ユウも何度も失敗したが、ここで失敗なんかしたくない。
「
ユウは叫ぶ。
眠り姫となったユーシアを目覚めさせる為に、間違いなんて許されない。だから、ユウは間違いもなく完成させた。
紫色に輝く魔法陣がユーシアを包み込み、時間を示す針と数字の模様がいくつも浮かぶ。針が順調に進んでいく様を眺めて、ユウは安堵の息を漏らした。
「【称賛】さすが魔法使いだ」
「ユーシアさんがやったことに比べれば、僕の実力なんて大したことないです」
彼は狙撃銃だけで、あの魔力で動く戦艦を撃墜したのだ。あんな真似は、ユウにはできない。
さて、どうするべきか。
ユーシアが目覚めれば、ここでやることはなにもない。あとは城に特攻した彼らと合流すれば終わりだろうか。
その時だ。
「た、大変だ!! 城に入れない!!」
「なんだって!?」
「結界が邪魔で城に突撃できない!!」
「くそ、魔法士を呼べ!! 結界を解除させるんだ!!」
医務室の外でガチャガチャと軍人たちが喧しく騒ぐが、ユウは出ていくことを躊躇った。
おそらくユウであれば簡単に解除できるだろうが、ユウは元来、平和主義者である。できることなら戦いたくはないのだが、それでも。
「【回答】当機は貴殿の判断を尊重する」
「――ユーバさん」
「【補足】当機は
淡々とした口調で言うユーバ・アインスに、ユウは決意する。
医務室から飛び出したユウは、わたわたと慌てた様子の銀色の甲冑を着込んだ人間を捕まえて、
「ぼ、僕が結界を解除します!!」
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