第二章【最強の弱虫賢者】

 ユウ・フィーネの世界では、魔法使いという言葉を使わない。

 魔法使いという言葉の代わりに、賢者という存在がいる。魔法の熟練者プロはみんなそう呼ばれて、ありとあらゆる様々な魔法が使えるらしい。

 とりわけユウ・フィーネは使う魔法の威力があまりにも強すぎる為に、戦争に勝つ為に大金を積み上げてユウを招致しようとしたが、その全ての誘いをユウは「嫌だ」と一言で突っぱねた。本音を言うと戦いたくないので、さっさと故郷に戻って戦争とは無縁の農業を楽しみたかったのだが、最強の賢者をどうしても欲しい大国が戦争を仕掛けてきたりともう散々な日々を送っていた訳である。

 閑話休題。

 銀色の甲冑の集団に護衛されながら、ユウは前線までやってきていた。思ったほど悲惨な状況にはなっていないようで、何故か黒い甲冑が焦げた状態でそこかしこに転がっている。それだけで、ここでなにがあったかなんて簡単に想像がつく。


「か、雷なんて誰が……」

「【推測】情報によれば、ユノ・フォグスターが雷を使った魔法を得意としていた」

「ああ……」


 ユウは遠い目をする。

 あの傲岸不遜な悪魔なら、確かにやりそうなことである。雷の魔法ではユウも負けないほどの実力を持っているが、ここまで酷いものはできない。

 中でも酷い状態の甲冑は、脛から下だけしか残っていないものだった。乱暴に噛みちぎられたような痕跡が残されていて、もうそれだけで悲惨な状況が伝わってくる。


「その、肝心のユノさんはどこに?」

「【否定】この近辺にはいないようだ」


 ユーバ・アインスは首を横に振る。

 大方、あの自由奔放で傲岸不遜な性格を鑑みると、新たな戦場を求めて彷徨い歩いているのだろうか。それは困るのだが。

 もし戦闘することとなってしまったら、ユウも戦わなければならない。戦うのは怖いのだが、いざとなったら戦う覚悟はある。その際に、誰も巻き込みたくないのだ。

 ――そう思っていた矢先のこと。


「む、なんだ。ユウ・フィーネではないか。こんなところまで出てきてなにをしている? 臆病者は後方で引きこもっていればいいものを」

「ゆ、ユノさん!!」


 戦場を堂々とした足取りで歩いてきた金髪の男装少女――ユノ・フォグスターは、なにやら穂先が荒削りされた宝石みたいになっている魔槍を携えていた。可憐な少女は軽々と槍を振り回し、それから前線に出てきたユウを見て首を傾げる。

 彼女が疑問に思うのも分かる。魔法使いである以前に、ユウはとても臆病者だ。平和主義者で他人を傷つけることを苦手とし、だからこうして前線に出てくること自体が間違っている。


「ぼ、僕は城の結界を解除するので……」

「ほう、なるほど。貴様はあの城の結界を解除できるのか?」

「やってみなければ分かりませんが、おそらくできるかと」


 自信満々という訳ではないが、結界の解除程度であればユウも戦わずにできるだろう。これぐらいの役に立たなければ、何の為に勇者として召喚されたのか。

 ユウは魔導書グリモワを広げて、真っ白なページに手をかざす。


「ヨハネス、あの城を覆う結界を調べる魔法を」

探査・第三番魔法マギヒューマサグリアが適切かと思われます】

「あれは魔力反応のある人の位置を探る為の魔法だけど」

【あの結界はこの世界の賢者によるものです。破壊してもすぐさま修復されてしまうでしょう】


 なるほど、一理ある。

 魔法によって作られたものは、魔法によって修復される。それはユウが一番分かっていることだ。それならどうすることが妥当かも、きちんと理解している。

 探査の魔法の準備をしながら、ユウは同じく召喚された勇者であるユノとユーバ・アインスを呼びかけた。


「ユノさん、ユーバさん。お願いがあります」

「【疑問】なんだ?」

「内容によるがな」

「僕が探査の魔法と結界を解除する魔法を行使するので、お二人には城の結界を作っている魔法使いを倒してもらいたいんです」


 探査の魔法と結界を解除する魔法は、どちらもそれほど難しくはない。だが、ユウがやろうとしていることは同時進行で魔法を行使するという、極めて難しい所業だ。ユウの師匠である賢者でさえ、この無謀な挑戦はしようとしなかった。

 でも、そうしなければきっと時間がかかってしまう。ユウは両手にそれぞれ別の魔法陣へと魔力を注ぎ込みながら、「お願いします」と頼む。


「ユーシアさんやユーイルさんとか、ユーリさんとかユフィーリアさんがいれば彼らにも協力してもらうつもりでいました。でも、今はいません。お二人にしか頼めないのです」

「【了解】その命令を受諾する」


 ユーバ・アインスはすぐさま返答したが、ユノは少し考えているようだった。

 やはり、気位が高い彼女にお願いなんてしない方が良かったか。ユウはさっそく後悔して、ユノに「やっぱりいいです」と言おうとしたが。


「ふむ、いいだろう。ユウ・フィーネよ、我輩に命令したその不敬を許す!!」


 豊かな胸を張り、魔槍をぐるんと振り回した彼女は、快活な笑みを浮かべた。


「なに、人形めいた甲冑どもの相手では欲求不満でな。その魔法使いを殺せと命じるのであれば、城を半壊させても文句はあるまい?」

「――はい、大丈夫です。直します!!」

「ならばよし、我輩も存分に力が振るうことができるというものよ」


 ふははははは、と哄笑を響かせるユノに、ユウは安堵した。よかった、引き受けてくれて。

 それからユウは気合いを入れ直すように、魔法陣へと向き直った。


「――では、お二人とも。ご準備をお願いします。魔法はあと三〇秒ほどで完成しますので!!」

「【了解】装備の展開を開始する」

「いいだろう。失敗するなよ、魔法使いよ」


 二人の返事を背中で受け、ユウはさらに魔法陣へ魔力を注ぎ込む。

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