第三章【隠し扉の向こう側】
さて。
この世界の本来の史実であるならば、勇者である青年が闇の騎士と三日三晩に渡って
女神によって理不尽な悲劇を変えてほしいと言われて異世界から召喚された勇者が、闇の騎士と対峙していた。剣の代わりに大太刀を構えて、鎧の類は身につけておらず、飄々とした態度を崩さない銀髪碧眼の女勇者である。
そして両者共に互角の勝負を繰り広げることになるのだが、残念ながら女神が絶対に勝利する為に呼び出した勇者である。実力は桁違いだ。
つまり、なにが言いたいか。
三日三晩に渡って行われるはずの剣戟は、ものの三秒で決着がついてしまった。
「――はあああああッ!!」
裂帛の気合と共に禍々しい剣を掲げて突っ込んでくる闇の騎士だが、ユフィーリアの能力に距離は関係ない。目にも留まらぬ速さの居合は距離を飛び越え、闇の騎士の上半身と下半身を切断した。
簡単に騎士の上半身が滑り落ちて、冷たい石の床の上にうつ伏せの状態で落ちる。下半身もすぐに膝から崩れ落ちると、ガシャンという金属めいた音を立てて倒れる。綺麗な切断面からは鮮血の一滴も流れ落ちず、代わりに歯車のようなものが覗いていた。
「ああ!? あれだけの
憤慨するユフィーリアだが、それだけ彼女の能力はこの世界において反則級の威力を有しているとは思わないらしい。
ぶつくさと文句を垂れるユフィーリアは、転がり落ちた騎士の上半身をむんずと持ち上げた。髪の毛を掴んでいるのでぶちぶちと繊細な毛髪が抜ける感覚が伝わってきたが、すでに動きもしない相手は痛がるそぶりを見せない。
無表情のまま動かない騎士の顔を矯めつ眇めつ観察して、切断面である胴体部をくるりと上半身をひっくり返して覗き込む。内臓でも詰まっているのかと思ったが、空洞の中に存在しているのは、いくつも噛み合わさった歯車の群れのみ。これでは人形である。
「そういや、下の鎧どもも空っぽの中身なのに喋れたよな」
ぽいと雑に男の上半身を投げ捨てると、ユフィーリアはどうするかと悩む。
もっと戦いは続くはずだと思ったのだが、それがあっさりと終わってしまったので暇である。ユフィーリアは玉座の間を試しにぐるりと見渡してみるが、目新しいものは特にない。
「やれやれ、ここまできたってのに。大将首はあっさりと取れちまった」
ため息を吐いたユフィーリアは雛壇に設置された玉座へ向かい、城主を待つ物寂しげな玉座にどしんと勢いよく座る。
それがよかったのか、はたまた悪かったのか。玉座が後ろへと滑る。
「ん?」
なんか不思議な感じにユフィーリアは首を傾げ、そしてすぐそばでガタンという音を聞いた。それは、施錠が外れるような音だった。
背もたれ越しに玉座の後ろを見やると、巧妙に隠された小さな扉があった。子供でさえ身を屈めなければ入れないような、本当に小さい扉である。その扉だけやたらと綺麗で、ところどころに施された金細工が
「隠し扉か? すげえ」
玉座から立ち上がったユフィーリアは、隠された小さな扉の前にしゃがみ込む。どうやらユフィーリアが玉座に座った時に施錠は外れているようで、簡単に開くことができた。
キィ、と小さく蝶番が軋む。扉を潜り抜けると明るい光が漏れる螺旋階段が伸びていて、ユフィーリアはひゅうと口笛を吹いた。
「この先になんかあんのか」
もしかして、彼が本当の大将ではなかったのだろうか。
ユフィーリアは青い瞳をきらりと期待で輝かせると、足音をなるべく消して階段を上る。
(そもそも、こんな螺旋階段なんてあったんだなァ。上手く隠されてやがったんだな)
期待に胸を膨らませて螺旋階段を上り終えると、そこには部屋が広がっていた。
狭い。
とても、狭い。巨大な
「牢獄にしちゃ豪勢なベッドを置いてるんだな。――お?」
鉄格子越しに寝台を覗き込むと、少女が安らかに眠っていた。
まだ一〇代後半程度の少女である。ささやかに主張する胸の前で手を組んで、彼女はすやすやと眠っている。白磁の肌は窓から差し込む外の光を照り返し、豊かな栗色の髪はきちんと手入れを施しているようで艶がある。笑みを形作る桜色の唇からは寝息が漏れ、確かに彼女が生きていることを知らせる。
少女をじっくりと観察したユフィーリアは、たった一言。
「幼い。タイプじゃない」
「――なんですってえ!?」
金切り声を上げて、少女がカッと目を開く。閉ざされた瞼の向こうからは色鮮やかな緑色の瞳が現れ、端麗な顔立ちは怒りに歪む。
飛び起きた少女は鉄格子の向こうにいるユフィーリアに噛み付こうとしたが、相手に見覚えがないとでも言うかのように首を傾げる。
「あなた誰よ」
「そりゃこっちの台詞だ。外じゃドンパチやってるってのに、なんでこんなところで引きこもって寝てんだよ」
「別になんだっていいでしょ。これは私の作戦なんだから、起こさないでよ。あなたはお呼びじゃないの、どこかに行って」
シッシ、と追い払うように手を振り、少女は再び天蓋付きの寝台に横たわって眠り始める。丁寧に胸の前で手を組んで、あたかも一〇〇年ほど眠ってますとばかりに。
不遜な態度に文句の一つでも言ってやりたかったが、これらが彼女の作戦だという一言が気になった。これが彼女の作戦であるなら、何の為に?
「――まあ、一言だけ」
ユフィーリアは聞こえないふりをしている少女に向かって、
「お前のような女はアバズレって呼ばれるぞ」
「うるっさいわね!! さっさとどこかに行ってって言ったでしょ!?」
キンと喧しい金切り声を背中で聞きながら、ユフィーリアは急いで退散した。面倒臭そうな少女だった。
ともかく、敵ではなかったのだ。彼女が敵ならユフィーリアを見た瞬間に襲いかかってくるだろうし、襲いかかってこなかったのならば少女は敵ではない。
さて。
扉を潜り抜けると再びガタンと鍵がかけられ、開かなくなってしまった。まあ、あの少女の元には二度と行きたくないのでもういいのだが。
ユフィーリアはやれやれと肩を竦めて雛壇を下りようとしたが、階段を踏んだところで動きを止めた。
玉座の間の床が、そっくりそのまま崩れ落ちている。
ぽっかりと開いた巨大な穴を覗き込んでみると、どうやら玉座の間は最初に見た玄関ホールの真上にある部屋だったようだ。それほど暴れていないのに床が抜けたのは、玄関ホールの天井を崩落させた原因がいるからだ。
鳥の頭を持つ怪獣に銀色の散弾銃を突きつける、銀髪隻眼の女空賊が。
「――ははあ、なるほど」
合点がいった。
おおかた、地下にあるお宝を取った拍子に主でも呼び覚ましてしまったのだろう。そして天井を崩落させて押し潰したが、一匹だけは残ってしまったのか。
ユフィーリアは少し考える。確かにあの空賊もどの程度の実力を有しているのか不明だが、ユフィーリアと同じように召喚されたのだから強いのだろう。引き金を引けばいいのに引かないのは、なにか理由があるのか。
「あのアバズレを助けるぐらいなら、好みの美人を助けるよな」
そう言って。
ユフィーリアは躊躇いもなく、穴に飛び込んだ。
「あーぶねーぞー」
そんな飄々とした一言と共に、ユフィーリアは鳥の頭を持つ怪物を切断した。
別にあの少女のことは、黙っておいてもいいだろう。
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