第二章【天才狙撃手の君臨】

 まさか、あの程度の脅しに屈するとは思わなかった。

 だが、別の視点から見てみれば『あの巨大な戦艦をこの貧しそうな奴らが倒してくれるのではないか』という利用かもしれない。結論として、戦場から鋼色の甲冑を着た人間がぞろぞろと退いていった。


「結構いいなぁ、このやぐら。ちょうどいいわ」


 櫓に案内されたユーシアは、白銀の狙撃銃を構えて意気揚々と言う。

 この見張櫓はかなりの高さがあるようで、強い風がユーシアのくすんだ金髪をさらにぼさぼさにしていく。翡翠色の瞳で遠くに浮かぶ戦艦を見上げ、ひゅうと軽い調子で口笛を吹く。

 一緒に連れてこられたユウはあまりの高さにガタガタと震えていて、わざわざ下を覗き込んでは「ひえええ高いよ怖いよぉ」と怖がっていた。怖いなら別に、地面で待っていてもよかったのだが。

 実際、ユーシアは観測手スポッターがいなくても問題はない。いてくれた方がいいということもあるし、護衛役にはユーバ・アインスがいるので大丈夫だろうとは思っていたのだが、何故怯える彼までついてきたのか。


「【質問】最初の標的は?」

「あ? そうだなぁ」


 目視で確認できる範囲にある戦艦は、実に立派なものだった。

 鋼鉄の船体にいくつもの大砲を備えていて、さらに塔のようなものまで聳えている。船というものを見たことがないので、正直なところどこを狙えばいいのか分からない。

 とりあえず、誰かがいそうなあの塔の部分を狙ってみるかと思ったが、ユウが涙声で「やめた方がいいです」と言う。


「あの戦艦は魔力を原動力として動いています。基本的には魔弾で攻撃されるでしょう。追尾とか爆発とか、やりたい放題です」

「その辺りは誰にだって予測できることだぜ、少年。それのなにがやめた方がいいって言葉に繋がるんだ?」

「魔法で動くということは、修復も魔法です。あれには自動修復機構の魔法陣が組み込まれています」


 妙に説得力のある言葉に、ユーシアは思わず「お、おう」と言う。さすが魔法使い、魔法の熟練者を名乗るだけはある。

 だが、こちらも自動で修復する敵の相手には慣れたものなのだ。

 だからこそ。

 不安そうな視線を投げてくるユウに、ユーシアは「まあ見てなって」と笑った。


「これでも俺は後方支援なら超得意よ。なにせ狙撃手ですからね」

「【提案】当機が観測手を担おう」

「ああ、頼む。目視できなかったら元も子もないからな。お前さんの兵装とやらの中に、なんかそういうのを把握できるようなものはないのかい?」

「【回答】索敵用のレーダーなら搭載している。問題なく観測できる」

「頼もしいねぇ」


 これ以上ないほど頼もしい観測手がそばにいてくれてるだけで、ユーシアは何故かこの戦に勝ったような気分でいた。

 それから彼は白銀の狙撃銃から伸びる配線を掴み、その接続端子を頚椎けいついに埋め込まれた接続口に挿入した。ガキ、という金属めいた音が神経を通って脳に届き、


「《接続コネクト》」


 魔法の言葉を呟くだけで、ユーシアの視力は強化される。五感が研ぎ澄まされて、全身で拾える情報が一気に増える。

 風の音。

 他人の声。

 敵の動き。

 魔力で動く戦艦が、砲身を動かす音。

 色彩さえも鮮明になった視界の先に、今回の敵である戦艦を収めてユーシアは獰猛に笑う。

 それまで、飄々とした雰囲気のあるくすんだ金髪の男の面影はない。誰もが息を呑むほどの危険性を孕んだ、さながら獲物を狙う肉食獣のような。


「魔法艦隊だかなんだか知らねえが、そこにただ留まっているだけなら的も同然だ」


 そこにいるのは、とある異世界にて凶悪な怪物と化したおとぎ話を狙撃銃一挺で相手する、英雄とも称された天才狙撃手だった。

 照準器を覗き込み、冷たい銃把に頬を寄せたユーシアは、引き金にゆっくりと指をかけて、


「貫け、スリーピー」


 一息に、引き金を引く。

 タァン、という細く長い銃声の直後、放たれた白銀の弾丸は寸分の狂いもなく魔法艦隊の司令塔へと飛び込んだ。


 ☆


「バルドー中将。あんな何処の馬の骨とも知らない者に、我が軍の櫓を使わせてもよろしかったのですか?」

「仕方がないだろう。あそこで撃たれて死ねば、誰が貴様らの陣頭指揮を執ると思っている」


 苦々しげに吐き出したちょび髭の男――クラウス・バルドーは、櫓を見上げて舌打ちをした。

 得体の知れない武器を突きつけられた時は、本当に肝を冷やしたものだ。あの大砲の頑丈な砲身をもっと細くして、さらに使う砲弾も押し潰すものではなく貫くことに特化したような武器を突きつけられれば、誰だって脅しに屈すると思う。

 そもそも、あんな武器の類をクラウスは見たことがなかった。おそらくどこの国でも開発されていない武器であり、魔法の加護が付与されているだろうがどんな魔法が付与されているのかさえ検討もつかない。

 訳が分からないからこそ、言葉では表現できない恐怖心がせり上がってくる。震えそうになる体を根性で叱責して、クラウスは櫓を占拠する三人の無礼者をただ静かに見上げていた。


「あ、」


 部下の一人が唐突に声を上げる。

 直後、櫓から一条の光線が放たれた。

 光が突き刺さったのは、アウシュビッツ城の後部に浮かぶ魔法陣から呼び出された、巨大な船に搭載された塔の上部だった。まるでそこは、司令官が座るような塔である。

 塔を撃ち抜かれた巨大な鋼鉄の船は、動力源を失くしたかのようにゆっくりと落ちていく。重力に従って地面に落下した鋼鉄の船は、大量のひしゃげた瓦礫となった。


「バルドー中将。彼らが一撃で仕留めました」

「…………そうだな」


 そう、だ。

 クラウスも唖然とする他はなかった。

 あんな鋼鉄の船を、ただ一度だけ攻撃したぐらいで落とせるなんて人間には不可能だ。それこそ、神々に祝福された武器を使う人間でもなければ――。

 そこまで推理して、クラウスはようやくその結論に辿り着いた。眉唾だと思っていたが、どうやら本当に実在したらしい。


「勇者様……」


 クラウスは呟く。

 そうやって片付けなければ、頭の整理が追いつかない。

 人間の実力で不可能なことをやってのける人物など、勇者以外にいないからだ。

 ああ、この危機的状況を見かねて勇者が駆けつけてくれたのだ。それまで彼らを余所者と己を恥ずかしくなり、クラウスは祈るように手を組んだ。


「ああ、勇者様。我らをどうか勝利にお導きください……そしてどうか、姫君の救出が叶いますように……」


 その願いに呼応するかのように、櫓から再び光線が放たれた。

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