第三章【咲き乱れる白薔薇】
「【報告】第一目標を撃破、第二目標は砲身を掠めた」
「ん。了解」
レバーを引いて銀色の薬莢を
弾丸を薬室に叩き込むと、
「第三目標を設定、次は右の戦艦の司令塔を狙う」
「【承諾】第三目標を設定」
照準器の向こうにある戦艦は、悠々と大空を飛んでいる。今のところ、攻撃してくる気配はない。
異様な気配が背筋を撫でるが、相手がなにかをしてくることは想定内だ。ユーシアはそっと引き金に指をかけて、狙撃する。
銃口からタァン、という銃声と共に弾丸が射出されて、一条の光となって戦艦の司令塔へと飛び込んでいく。狙いはバッチリ、ちゃんと思ったところに突き刺さった。
司令塔を射抜かれた戦艦は、先に墜落した戦艦と同じ末路を辿ることとなる。動力源が途切れたかのように戦艦は船頭を下へ向け、重力に従ってゆっくりと落下していく。
地面に叩きつけられた戦艦は、ひしゃげた瓦礫の山へと変貌した。もう動く気配はない。
「【警告】敵艦隊の動きを確認。攻撃してくる」
「ッ!!」
嫌な予感が的中した。
最後に残された一隻が、搭載された砲塔を全てユーシアたちのいる見張櫓に向けていた。あれら全ての砲弾――いや、魔弾が撃ち込まれればどうなるか、分かったものではない。
ユーシアは舌打ちをすると、狙撃銃に命じる。
「スリーピー、魔力相殺弾!!」
手のひらに生まれた白薔薇がはらはらと花弁が舞い、その手に残された銀色の薬莢を薬室に叩き込んだユーシア。そして櫓に集中した大砲が火を噴くのと、ユーシアの狙撃銃が弾丸を射出するのはほぼ同時だった。
戦艦に搭載された大砲は、紫色の光線をいくつも吐き出してくる。魔力から構成された砲弾は、ユーシアが撃った白い霧に吸い込まれると相殺されて消えていく。
「面倒くせえなぁ、これだと攻撃ができなくなるだろ!!」
薬室の薬莢を取り出して、ユーシアは今度こそ戦艦の司令塔を撃ち抜く為の弾丸を薬室に装填する。
すると、唐突にぐにゃりと視界が歪んだ。「――ッ」とユーシアは額を押さえる。
「ゆ、ユーシアさん!?」
「平気だ、構うな」
強がったように笑うが、隠すことも精一杯だ。
めちゃくちゃ眠い。
ユーシアは舌打ちをする。四発撃った程度でこのぐらい眠くなるとは思わなかった。いつもならユーシアの部下が前衛を担当してくれるので、ユーシアはトドメを刺すだけでよかったのだ。
(クソ、こんなところで眠っていられるかってんだ!!)
ユーシアは自分を奮い立たせて、照準器を覗き込む。
彼が扱う狙撃銃は、通常の狙撃銃とは勝手が違う。そもそも扱う際には、ユーシアの頚椎に埋め込まれた鍵穴めいた接続口に端子を繋げてユーシアの五感と狙撃銃を接続する必要があり、飛び抜けた視力と聴力と超長距離射程の攻撃力と無限の弾丸生成能力という反則めいた能力を与えられる代わりに、撃てば撃つほど眠くなるのだ。
ユーシアの通称名は【眠り姫】――戦えば戦うほど長い眠りについてしまうが故に、そう呼ばれるようになった。
「【警告】第二射がくる」
「チィッ!! スリーピー、魔力相殺をもう一度だ!!」
薬室に装填した薬莢を取り出して、ユーシアは再び相手の魔法による攻撃を相殺する魔力相殺弾を装填する。照準もクソもなく引き金を引こうとしたその時、ユーシアの視界を紫色の光がいっぱいに埋め尽くした。
呼吸が止まった。
見張
「【展開】
ユーシアの間に白いなにかが割り込んできて、全ての砲弾をその身で受け止める。通り過ぎていったはずの全ての砲弾もその白いなにかに集中して、純白の盾に受け止められた魔力の砲弾は全て反射されて戦艦に向かって飛んでいく。ズゴ、ゴガガ、と戦艦に次々とぶち当たり、しかし傷ついた端から見る間に回復していく。
兵装を展開してユーシアを守ったユーバ・アインスは、白い瞳でユーシアを見下ろす。
「【質問】問題ないか?」
「あ、ああ」
「【提案】当機が防衛を担う、その隙に貴殿は標的の撃破を」
「……了解。頼んだ」
薬室に装填した魔力相殺弾を取り出して、ユーシアは弾丸を装填する。――いつもとは違う、薬莢に幾何学模様がこれでもかと刻み込まれた、特別なものを。
照準器を覗き込むと、瞬時に元の状態に回復した戦艦が、ユーバ・アインスに全ての砲塔を向けている。牽制の為に何発か撃ち込んできたが、一発も漏らすことなくユーバ・アインスへ殺到し、さらに同時展開されている純白の盾によって弾き飛ばされて、再び戦艦を傷つけた。
相手の攻撃がユーバ・アインスに集中しているなら問題ない、いつでも撃てる。
「よくもまあ、さっきはやってくれたな」
照準器を覗き込み、引き金に指をかけて、
「だったらとっておきの弾丸をくれてやる!!」
銃把に頬を寄せれば、狙撃銃がどくんと脈動した。装填された弾丸を早く撃ちたいとばかりにユーシアへ訴えてくる。
今すぐに撃ち込んでやる、だから少しだけ待ってろ。
自分の砲弾によって傷ついた戦艦が、ユーシアの視線の先に浮かんでいる。無防備な弱点を晒して浮遊するそれに、ユーシアは引き金を引いた。
「――滅弾・御伽草子!!」
轟音、そして銃口から放たれたのは金色の光だった。
空気を引き裂くように金色の光が戦艦めがけて飛んでいき、寸分の狂いもなく司令塔を貫いた。ぽっかりと風穴が穿たれたそこから
そして、大量の荊が白い薔薇を咲かせた。幻想的な白い薔薇が無骨な戦艦に咲き乱れ、神々しい雰囲気すら漂い始める。
「は、いいザマだ……」
頭が重い。
体が重い。
正常な判断ができない。
視界が霞み、眠気が頭を支配する。
闇の中に沈んでいく意識の向こうで重たいなにかが落ちる音が聞こえて、歓声も喧しく思えるようになり、ユーシアは耐えられずに櫓の床に倒れ込む。
(――ねむ、だめだ、御伽草子を使うと、ものすごく眠くなる……)
途切れゆく意識を繋ぎ止めて、ユーシアは心配そうに揺すり起こそうとしてくる少年と男に申し訳なく思いながらも、今度こそ完全に意識を手放した。
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