ユーシア・レゾナントール編
第一章【魔法艦隊と狙撃手】
どうしてこうなったんだかな。
森の中を歩き回りながら、ユーシア・レゾナントールは自分の過去を振り返ってみる。別になんの悪いこともしていないし、今日の運勢も普通だったし、上官に怒られることはなかったし、もちろん狙撃を外したことはただの一度もない。
ただ、本当になにかの因果が働いて運が悪かっただけなのだ。
そう思い込まなければ、いきなり訳の分からない異世界へと放り出されて「歴史を変えてくれ」だなんて女神様に言われない。
(しっかしまあ、女神って奴は人を見る目がねえなぁ)
先頭に立って歩くのは、全身から色だけが抜け落ちた純白の
そしてユーバ・アインスとユーシアの間に挟まれるようにして、年端もいかない少年がおどおどとした様子で歩いている。女神から与えられた知識を参照すれば、彼はユウ・フィーネと言ったか。鈍臭いのは魔法使いだからだろうか。
「【発見】味方の軍事基地」
「こっちでも確認できた」
先頭を歩くユーバ・アインスが唐突に止まったので、その背中にユウが鼻先をぶつけて「ぶわッ」と悲鳴を上げていた。先ほどは木の根っこに足を引っかけて転びそうになっていたので、やはり相当鈍臭い。
木々の隙間からは、大勢の甲冑人間が行き交っている様子が窺えた。資源なんかもたくさん運び込まれていて、そしてユーシアの目的である
先に「好き勝手にやらせてもらうぜ」と言って本当に好き勝手な方向へ行ってしまった銀髪碧眼の馬鹿が言うには、狙撃手は木の上からでも狙撃できるらしいが、ユーシアはそんな器用な芸当ができない。この狙撃銃の反動があまりにも大きいので、撃てば木から転げ落ちてしまうことは必至だ。
かといって、高低差がない状況で伏せの姿勢を維持したまま狙撃を行うのは馬鹿げている。
そこで閃いたのが、櫓の存在だった。どこの世界線だか不明だが、戦場ならば遠距離の攻撃方法も持ち合わせていることだろう。遠距離ということは見張りも必要な訳で、戦況を知る為の櫓が組み立てられているだろうという予測は簡単についた。
「じゃ、早いとこ交渉して櫓を使わせてもらいますかね」
「ユーシアさんは前線に行かないんですか?」
「お前さんは俺に死ねって言ってるんだな?」
「いいいいえ、そ、そ、そんなことは……てっきり狙撃だけではまともに生き残れないから、近接戦闘もできるものだと……」
「お生憎様、俺は生粋の後方支援担当でな。近接戦闘はからっきしだ」
故に、前衛にはせめて目の届く範囲に残っていて欲しかったのだ。特にユフィーリア・エイクトベルとユノ・フォグスターは前衛の装備であり、女神から与えられた情報でも前衛を担当していたことが分かる。
まあ、無い物ねだりをしていても仕方がない。ユーバ・アインスは近接戦闘も習得しているだろうし、ユウは広範囲を一掃する魔法使いだ。使えないことはないだろう。
「【質問】これからどうするつもりだ?」
「まずは味方の撤退が肝だな。味方は極力傷つけない方向がいいだろ。別にこのまま櫓を強奪してもいいけどさ、そこの少年が泣いたらコトだろ」
「な、泣きませんよ!!」
ユウがムキになって言い返してくるところが、ユーシアの元の世界にいた部下の姿にそっくりだった。相手も年下扱いをしてほしくないようで、子供のように扱うとムキになって怒ってきたものである。
「【質問】それでは予定通り、ユウ・フィーネが交渉に?」
「別にお前さんが行ってもいいけど、襲いかかってきた場合はどうする?」
「【回答】無力化する」
「具体的には」
「【解説】兵装を展開、その後に撃破となる。【補足】兵装を展開した時点で怖気付いてくれれば攻撃はしない」
「――だ、ダメですダメです!! なんでそんなに乱暴な手段じゃなきゃ解決できないんですかぁ!!」
淡々と乱暴な手段を挙げ連ねていくユーバ・アインスに、ユウが頭を思い切り振って拒否した。うっすらと瞳に涙すら浮かべている。
「ユーシアさんはどうなんですか?」
「俺かい? 俺はもちろん、狙撃で」
「なんとなく予想はできました。もういいです」
「えー」
自分の作戦を全て聞く前に却下されて、ユーシアは不満げに唇を尖らせた。別に睡眠の効果を付与した弾丸で味方の司令官でも狙撃すればいいとでも思っていたのだが、どうやらユウは狙撃がお好みではないらしい。
消去法でユウが説得に赴くしかないのだが、彼本人は「ううう……話を聞いてくれるでしょうか」と不安に思っているようだった。魔法使いなのだからもう少し堂々としていればいいのに、どうにもこの少年は気が弱いようだ。確かにちょっと不安になってくる。
「それでは、行きましょう。お二人もついてきてくださいね。ど、どこかに行かないでくださいね!」
「いやいや、俺は前衛いないとまるでポンコツだからな」
「【受諾】命令とあれば」
ユウは不安そうにユーシアとユーバ・アインスの二人を見上げて、それからやはりおどおどとした足取りで味方の軍事基地に歩み寄っていくのだった。
そっと少年の背中を追いかけながら、ユーシアはユーバ・アインスへ耳打ちする。
「女神様から貰った知識じゃ、あの少年はとんでもない魔法使いらしいんだけどな。――どう思うよ?」
「【不明】彼の実力を知らないので、予測はできん」
「二人でこそこそしないでくださいよ!」
もうすでに半泣きの状態のユウは、こそこそと話し合うユーシアとユーバ・アインスへ振り返って叫んだ。
☆
ガチャガチャと喧しい音がするのは、きっと甲冑の人間がそこら中に犇めいているからだろう。
明らかに軽装であるユーシアは、この世界におそらく存在しない白銀の狙撃銃を抱え直して居心地悪そうに身じろぎをした。せめてこの世界に似合った服装だったらいいのだが、女神様はそこまで気が回らないようだった。
周囲からの突き刺すような視線が痛く、ほぼ反射的に遮蔽物に隠れてしまいそうになってしまう。この辺りが狙撃手のサガである。
「うああ、うああああ」
「おーい、ユウ君や。無理ならおじさんが代わるぞ」
「いいえ、いいえ、僕がやります。人命を守る為にも、僕がやらなければならないのです、平和的な手法で!!」
「意気込んでるようで悪いけど、目の前に人がいるのお忘れなく」
「はうあッ!?」
言うのが遅かったようで、先陣を切って歩いていたユウは硬そうな甲冑と真正面からぶつかって弾き飛ばされてしまう。よろめいたところをユーバ・アインスが余裕を持って受け止めた。
「いたた……す、すみません。よそ見をしてて……ヒィ」
ユウが謝罪した相手は、なんというか、おとぎ話で悪い貴族の要素をふんだんに詰め込んだかのようなちょび髭の男だった。無精髭のユーシアの方が、まだなんかイケてるおじさん的に見えるだろう。――まだ三十路に到達していないのだが。
相手から感じ取った威圧感に気圧された様子のユウは、青い顔で「あばば、あばばばば」と震えていた。もう完全にダメだこれ、機能しない。
仕方なしにユーシアがぼさぼさの髪を掻いて、ちょび髭の男と対面する。
「なあ、お前さんが偉い人か? ちょっと味方の連中を撤退させてほしいんだけど」
「何奴だ、無礼だぞ。私を誰だと心得る」
ちょび髭の男は苛立ちを覚えるくるんくるんの髭を弄りながら、ユーシアを睨みつけてくる。
まあ、それが当たり前の反応だろう。なにせこちらは異世界からの訪問者だ。諸事情あってこの戦を終わらせなければならないのだが、そんなふんわりとした説明で果たして納得してくれるか。
少し考えてから、ユーシアは上官用に取っておいた愛想のいい笑顔を浮かべて「いえ、すみませんねぇ」と軽い調子で謝罪する。
「なにせ貧しい出ですから、お貴族様の御名前なんぞ耳に入れる暇なんてありませんや」
「ふん。貧乏臭い格好をしていると思ったが、やはりそうか」
やっぱりこいつの眉間を撃ち抜けねえかなぁ、とユーシアは笑顔の下で思う。
ここはやっぱりユウを前に突き出すかと思ったが、肝心の本人は「あばばばば、あばばばばばば」と使い物にならない状態だった。「【質問】大丈夫か?」とユーバ・アインスが問いかけ続けているが、一向に反応しない状態だった。
どうしようかな。
もういっそ睡眠薬を撃ち込んでみるかなと思ったその時、耳を
「バルドー中将!! アウシュビッツ城の後部から鋼鉄の船が出現、三隻こちらに向かってきます!!」
「なんだと!?」
ちょび髭の男が走って寄ってきた部下に叫び、戦場の中心に聳える石造りの城を見上げた。つられるようにして、ユーシアとユーバ・アインスも城を見やる。
戦場に鎮座する石造りの城は、存在だけでなにやら威圧感がある。その背後に巨大な魔法陣が展開されていて、魔法陣の中心から巨大な鋼鉄の船が吐き出されていた。
大砲がいくつも揃えられているが、その口径は大小様々なものがずらりと並んでいて、意匠もこの世界線に相応しくないものだ。
「【雑談】当機の所属する兵団にも、あんな兵装が存在した。【予測】魔力を原動力とした戦艦」
「淡々と予測しないでくれるかな」
頭痛がしてきたユーシアは、白銀の狙撃銃をバルドー中将と呼ばれたちょび髭の男に突きつける。周囲の部下が「なにをしている!!」「この無礼者!!」と怒号を叩きつけてくるが、ユーシアの「動くな!!」という声に一同押し黙った。
「こっちの要求は二つだ。一つはお前さんの部下を全員戦場から退かせること。それともう一つは」
ユーシアは顎で男の背後に聳える櫓を示して、
「あの櫓を使わせてくれ」
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