【その三】
扉の前に立つ。
木製の扉の向こうからは、なにやら
「う、うう……た、戦いたくないです……戦いたくないです」
「だったら隅っこで震えてろ腰抜け」
戦闘を嫌だと嘆くユウに、ユーイルが辛辣な言葉で切り捨てる。「そんなぁ!?」と泣きそうになるユウだが、残念ながら擁護してくれる人は誰もいなかった。
しかし、ここで問題が発生する。
「この扉、誰が開けんの?」
「――それを考えてなかったなぁ」
ユフィーリアの言葉に、そばにいたユーシアが苦笑する。
誰一人として扉を開けようとしない理由は単純なもので、扉を開いた瞬間に流れ弾や攻撃が飛んできて即死亡という状況になりかねないのだ。異世界に召喚されてまで、死と隣り合わせとか笑えない冗談は控えてほしいものである。
自動で開く訳ではないので、必然的に誰かが扉を開けなければならないのだが、彼らは視線だけで「お前がやれ」「いいやお前がやれ」「お前がやって華々しく散ってこい」などと物騒なやり取りをしている。扉を開けるだけなら怖くないが、扉を開けた瞬間に攻撃が飛んでくるような事態は避けたい。
誰もが犠牲を押し付け合う中、ユーリがポンと手を叩いて「そうだ」と言う。その場の六人が彼女に注目し、そしてユーリは一人を指で示した。
「そこにいる人形野郎に開けさせればいいんじゃないかい? ほら、
ああ、と全員して頷いた。
ユーリが示したのは全身の色が抜け落ちた純白の機械人形――ユーバ・アインスである。女神から与えられた差し障りがない程度の情報では、彼は機械人形として戦っていたようだ。機械人形とはつまり、全身が鋼鉄で作られているので、たとえ死んだとしても、重要な部分が壊れていなければ直すことが可能という訳で。
期待に満ちた眼差しが、ユーバ・アインスへと集中する。純白の機械人形は無表情のまま「【否定】」と告げた。
「当機は人形ではない。正しくはユーバシリーズの壱号機である。【要求】認識の是正」
「そんなことはどうでもよい。ユーバ・アインスとやら、貴様はこの扉を無傷で開けることは可能か?」
ユノがユーバ・アインスの前に進み出て、やたらと豊かな胸を反らして問いかける。その物怖じしない姿勢は褒められるべきだろうが、よくもまあ詳細を知らない相手に威風堂々とした態度がとれるものである。
ユーバ・アインスは不快そうに白い瞳を細めたが、数秒と間を置かずに「【肯定】可能だ」と返答した。
「ならば我輩が命ずる。貴様の持てる力を駆使して、この扉を無傷で開けよ」
「【受諾】了解した。任務を開始する」
ユーバ・アインスは全身が鋼で作られているとは到底思えないほどの滑らかな挙動で、六人を押しのけて扉の前に立つ。大股で扉まで歩み寄った彼は、華奢なドアノブをぐわしッ!! と掴むや、
「――【展開】一方通行」
なにやら厳かに呟く。
彼の後ろで成り行きを見守っていた六人は、こそこそと声を潜めて会話する。
「なあ、今なんつった?」
「アクセラなんたらって言ってたね」
「武器かい? なにも装備してるようには見えないけどねェ」
「徒手空拳とは、なんとも華がない」
「あ、あの……それ以上だと聞こえちゃうんじゃ……?」
「もう遅えだろ」
ユーバ・アインスは華奢なドアノブを捻って、一息に扉を開く。ギィという蝶番の軋む音が、やたらと静かな白い空間に響き渡った。
その時だ。
どこからともなく、唐突に砲弾が扉を開けたユーバ・アインスめがけて飛来してきた。
「【嘲笑】予測済みだ」
砲弾がぶち当たる直前、ユーバ・アインスを守るようにして純白の盾のようなものが自動的に展開される。放物線を描いてきた砲弾は純白の盾によって受け止められて、そのまま弾き返されて曇天の向こうへと消えた。
――やっぱり予測は当たってしまったようだ。
「へえ、ここが戦場か。なかなか激しいところだなァおい」
扉を開けたことで役目を終えたユーバ・アインスの横をすり抜けて、ユフィーリアが最初に異世界の大地を踏む。
戦場の中心にあるのは、要塞を想起させる石造りの城だった。どうやら木製の扉が出現したのは石造りの城の脇にある森の中のようで、木の陰に隠れてこっそりと戦況を確認すると、鋼色の甲冑を着た軍勢と黒い甲冑を着た軍勢が正面からぶつかり合っていた。
予測だが、鋼色の甲冑の軍勢が味方であり、黒い甲冑の軍勢が敵なのだろう。状況としては鋼色の甲冑の軍勢が圧されているようだった。
「参ったな。遮蔽物がないから狙撃が難しい」
「そこらへんの木にでも登ってりゃいいじゃねえか。俺んとこの狙撃手はそうやってたぞ」
「そりゃお前さんのところは状況が特殊だからな!!」
白銀の狙撃銃を抱えたユーシアが遮蔽物がないことを嘆くと、ユフィーリアが軽い調子でそんなことを言ってくる。彼女の中では、狙撃手は樹上でも問題なく撃てるという認識があるらしい。
「それにしても、敵を退けるには味方が邪魔すぎる。このままでは巻き込みかねん」
「味方を邪魔だと言う奴を初めて見た」
木の陰に隠れるということをせずに堂々と戦場を眺めるユノが普通では考えられない言葉を口走り、そばにいたユーイルがガスマスクの下で顔を顰めていた。彼の場合はガスマスクという仮面があるので、表情が驚くほど分からない。ユーバ・アインスと同等だ。
面倒臭そうに欠伸をしていたユーリが「じゃあさ」と提案をする。
「この中の誰かが味方のところまで行って、撤退させればいいんじゃないのかい?」
「オマエがやるんなら文句はねーよ」
「なんでアタシがわざわざそんなことをしなきゃいけないんだい。アイツらなんざ死んでもいいって思ってるね」
豊かな胸の下で腕を組んで偉そうなことを言うユーリに、ユーイルが「オマエに言ったオレが馬鹿だったな」と自分の発言を後悔していた。
「話を聞いてもらいやすい奴が行った方がいいなぁ。――具体的に言うと悪魔のお姫さんか、魔法使いの坊主が適任だと思う」
「我輩に命令するなど不敬であるぞ、変態小僧が」
「いつまでそのネタ引きずるんですかねぇ!? 俺あの時は本当に二発撃ってやばかったんだから!!」
ユノのジト目に対してユーシアが抗議を叫ぶが、彼女は聞き入れるつもりなどないとばかりにそっぽを向いた。まあ、彼は覚えていないがあれだけのことをしたのだから、殺されないだけマシだと思うのだが。
ユーシアに指名された一人であるユウが「あ、あの」とおどおどとした調子で挙手する。
「ユーバさんはどうですか? あの、状況を説明するのに一番適してると思うんですけど」
「おう、ユウ坊とやら。お前はなに寝ぼけたこと言ってんだ? こんな無愛想で変な口調で喋るお人形なんざ、説明に駆り出しても警戒されるだけだろ」
「【否定】当機は人形ではない。【要求】認識の是正」
人形の発言でムキになった様子のユーバ・アインスが異議を申し立てるも、ユフィーリアは「うるせえ黙れ人形野郎」と一蹴する。
事実、ユーバ・アインスならば立て板に水の如く撤退しなければならない理由を説明できるだろうが、明らかに人間ではない話し口調で、しかも表情一つ変わらない彼を警戒しないとは思えない。ユウは自分の発言が浅はかだったことを思い知って、しゅんとした様子で「すみません……」と謝罪した。
「ユノが行かねえならオマエが行けよ、ユウ」
「ええ!? な、なんで僕が!?」
「言うこと聞かねえ場合は魔法で脅せばいいじゃねえか。得意だろ、そういうの」
ユーイルの適当な言葉に、ユウは「できません!!」と首を振って否定する。だが、彼が拒否したところで状況はもう変わらず、ユウに状況を説明させる空気になってしまった。
有無を言わせない雰囲気にユウが「あ、あの!!」と自己主張するが、それを制するようにポンとユノが彼の肩を叩いた。
「よし、貴様に命じよう。貴様は味方を撤退させる為に説明に行け」
「なんで僕なんですか!! ユノさんの方が話を聞いてくれそうな気がしますけど!?」
「我輩だと相手を殺しかねん」
「なんでそんなさらっと!?」
ユウが驚愕に目を見開くが、他の六人はそれが当たり前だとばかりにうんうんと頷いた。
「今だって、殺してもいいってゴーサインが出たら殺しちゃうね。だって別に痛くも痒くもないし」
「あんなへなちょこな奴らが死んだところで、悲しむのはせいぜい親ぐらいなんじゃないのかい?」
「脇役にいちいち付き合っていられるほど、我輩の心は寛大ではないぞ」
「むしろ、邪魔だからあいつら殺しちゃおうかって結論に至らないだけでまだ良心的だろ」
「殺すんならすぐにできるぜ。なんなら血液全部抜き取ってもいいし」
「【肯定】人命救助は任務の対象外である」
まさかのユーバ・アインスまで肯定するとは思ってなかったようで、ユウは仕方なしに「わ、分かりました……行きます」と命令を受け入れた。――多分、自分が行かなければ味方も敵も消し飛ばされてしまうという危機感が働いたのだろう。
さて。
「じゃあ、あとは各自で適当にやろうぜ。死んだらそれまでってことで」
「は? おいおい、なんで前衛が勝手に動くんだよ。作戦は?」
「ンなモンあったところでちゃんと機能すんのかよ」
まるでそこら辺を散歩してきます、とばかりの軽い調子で戦場に出て行こうとするユフィーリアを慌てて引き止めたユーシアだが、彼女の言葉にちょっと納得してしまったようで「あ、それもそうだな」と呟く。
確かに、この七人で指揮系統が得意な人物はいない。唯一、軍人らしいユーバ・アインスは他人の命令は受け入れるかもしれないが、他人に命令をするのは得意ではなさそうだ。ユーシアもどちらかと言えば命令を受ける側だったし、それ以外は作戦もクソも通じなさそうな奴らばかりだ。
「そんな訳で、俺は敵陣に特攻してくるからな。俺が死んだら墓前に金魚の死骸でも備えといてくれ」
「そんなんでいいのか!? ――あ、おい待てってば!!」
ユーシアの制止を振り切って、ユフィーリアは勝手に戦場へと飛び出してしまった。あっという間に雑踏に紛れて見えなくなってしまった自由人一号の背中を、残された六人はただ見送るしかなかった。
「じゃあ、アタシも好きにやらせてもらうよ。本職は空賊だからねェ、悪いけど戦いなんかに興味はないのさ」
「おい!?」
「我輩に命令しようなど不敬だ。なので好きのやらせてもらうとしよう」
「ちょ」
「オマエらはオマエらで好きにやりゃいいだろ。オレも適当にやらせてもらう。――心配しなくても、仕事はきっちりこなしてやるよ」
「まッ」
協調性のへったくれもないらしいユーリ、ユノ、ユーイルの三人もまた、好き勝手に戦場へ飛び込んでしまった。引き止めようとした行き場のない手を彷徨わせたユーシアは、自由奔放な彼ら彼女らにため息を吐いた。
残されたのは純白の機械人形たるユーバ・アインスと、おどおどとなんだか頼りないユウの二人だけだ。ユウに命じられた仕事は味方を戦線から退却させることで、ユーバに関しては特に自分で好き勝手に動く理由もないようで、命令を与えられるのを待つかのようにぼんやりと直立していた。
「あの自由人どもを引き止めるのが馬鹿らしくなってきた」
「なんだか、性格的にも縛られることを嫌いそうですもんね」
「【肯定】特にユーリ・エストハイムとユフィーリア・エイクトベルの二名に関しては、要注意人物として扱うべきだろう」
淡々とした口調で仲間のうち二人を危険人物へと認識を改めたユーバ・アインスに、ユウは苦笑する。彼からしてみれば、何度訂正を申し出ても「お人形」だの「人形野郎」だのと言われた恨みでもあるのだろうか。
面倒臭そうにくすんだ金髪を掻いたユーシアは、
「ユウ君だっけか」
「あ、はい」
「味方を退却させる作業、俺もついてっていい?」
ユーシアは白銀の狙撃銃を示して、
「遮蔽物がないと狙撃ができねえんだよね。味方のところなら櫓とかありそうじゃない?」
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