【その二】

「まずはこれからの行動に支障がないように、貴方がたに関する差し支えない程度の情報を知識として与えましょう」


 女神風の美女はほっそりとした腕を振り、キラキラとした光の粒子を撒き散らす。

 光の粒子を顔面から浴びることになった七人は、それぞれ顔を顰めたり虫でも払うかのように手で粒子を払い落とそうとしたが、次の瞬間、何故か全員して目を見開いて固まった。

 それから互いの顔を見合わせて、先ほど植えつけられた知識と情報を照らし合わせて、それからどう会話を切り出すかと悩んで。


「お前ら随分とファンタジーな世界に生きてるんだな」

「「「「「それはお前もだろ、ユフィーリア・エイクトベル」」」」」


 総ツッコミが炸裂した。

 クソどうでもいい話題で口火を切った黒い外套の女――ユフィーリア・エイクトベルは「ははははッ」と楽しげに笑った。


「お前ら仲良いなァ」

「仲良しなどとは思われたくないがな」


 ケッとそっぽを向いて毒づくガスマスクの青年――ユーイル・エネン。彼は目深に被ったパーカーのフードから零れ落ちた純銀の髪を、手持ち無沙汰にくるくると弄っている。「お前のその仕草、若い女みてえだな」とユフィーリアがからかうと盛大に舌打ちで返していた。


「あ、あの、そういえば僕、ドラゴンから落ちちゃったんですけど……これって生きているって数えていいんですか?」

「ああ、それはアタシも聞きたいねェ。そこの女神様、アタシは部屋の罠にかかったようなんだけど、あれは死んだのかい? それとも生きているのかい?」


 おどおどとした調子で挙手した少年――ユウ・フィーネに同意するようにして、海賊帽子の女――ユーリ・エストハイムが女神風の女へと振り返る。

 悲しそうに瞳を伏せる女神は、やはり細々とした声で「生きています」と告げる。


「貴方がたは、私の身勝手な理由で転移させていただきました。用件が済み次第、元の世界へと帰ることができる手筈となっています」

「む。身勝手な理由で我輩を呼ばないで貰いたいのだがな。こう見えて我輩は忙しい身の上だ」

「あれ? 女神さんから貰った知識じゃあ、お前さんは辺境の地で引きこもってるって――イダダダダダダ謝るから足を踏むのはやめてくれ!!」


 ツンと高い鼻梁に皺を作る金髪の少女――ユノ・フォグスターは、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 失言によってユノに足を思い切り踏まれた金髪に無精髭の男――ユーシア・レゾナントールは、わざわざ軍靴を脱いでまで傷の状態を確認していた。彼の足の甲には傷はおろか、痣すら見当たらない。骨折している心配もなさそうである。


「【要求】帰還条件の提示。【理由】当機は作戦行動の最中である、早急に帰還したい」


 女神に対して淡々とした態度で帰還条件の開示を要求した機械人形アンドロイド――ユーバ ・アインス。第一印象に違わぬ口調である。珍しい口調に面白がったユフィーリアが「疑問。なんでそんな口調なんだ?」とユーバ ・アインスに問いかけるも、彼はユフィーリアのからかうような言葉を無視した。

 青い髪を揺らした女神は、ほっそりとした右手の上に球体を出現させる。一抱えほどもありそうなそれには、なにやら映像のようなものが映っていた。

 高台に座らされた、年端もいかない少年の姿。その姿は見るに耐えぬほどボロボロであり、彼の目の前には断頭台が設置されている。やつれた少年に数々の悪罵が並べ立てられて、観衆は全員して彼の死を望んでいた。


「なんだい、これは。相手は相当な悪人かい?」

「いいえ、彼はです」


 女神はユーリの質問に対して首を振った。


「彼はなにもしていません。ただ、お姫様を助けることが叶わなかった罪で、死刑を命じられました」

「うーわ、罪の償わせ方がえげつねえな。恨むのはコイツじゃなくて、お姫様を殺した相手だろうがよ」


 難色を示したのはユーイルだった。ガスマスクの下で舌打ちをした彼は、すでにもう結末は知っているとばかりに女神が掲げる球体の映像から視線を逸らした。

 案の定、少年は断頭台の露となって消えた。切断された少年の首を処刑人が掲げると、観衆はドッと湧いた。ユフィーリアの密かに呟かれた「頭が湧いてんな」という言葉に、ユーバ・アインスを除いた全員が同意する。


「お姫様が敵の手によって殺され、勇者もまたお姫様の救出が叶わなかった無能として処刑される――それが本来の歴史です。貴方がたには、この歴史を変えてもらいたいのです」

「そんな簡単に言うけどね。歴史を変えるなんて馬鹿みたいなことがおいそれとできる訳ないでしょうがよ」


 ユーシアが至極真っ当な正論を突きつけた。

 その意見に同調するように、ユウが「時間を操作する魔法は難しいんですよ。それこそ奇跡のようなものです」と頷く。彼からそっとユフィーリアが視線を逸らして、「うちの上官殿はどうだってんだ?」と呟いていたことは、誰も気がつかなかった。


「貴方がたがこれより転移する先は、お姫様を救出するべく戦争が行われているお城の付近になります。これはまだ、この悲劇が起きるより前のことです。貴方がたがなにもしなければ、先ほどの映像のような悲劇が待ち受けています」

「ほう? つまり、先ほどの歴史に修正されるより前に、その悲劇を塗り替えてやればいいのか?」

「そうです」


 ユノの不遜な態度にも、女神はやはり悲しそうに対応した。

 歴史を変えれば、元の世界に戻れる。

 七人の視線がそれぞれ交錯する。沈黙の中、彼らの視線は互いに「拒否はしねえよな?」と物語っていた。誰もが自分の世界に帰りたがっているのだから仕方がない。


「仕方ないねぇ。ま、後方支援にできることなんざ限られてくるけどさ、できる限りはするつもりだよ」

「その城にお宝はあるかい? 女神からの報酬なんざアテにしてないけど、そのぐらいはいいだろう?」

「元の世界に帰る為だ。我輩も協力してやろうではないか。皆の者、我輩と肩を並べることを赦す」

「そいつァ光栄だ、こんな美人と一緒に戦えるんなら百人力だろうよ。――あー、もちろん俺も協力させてもらうぜ」

「ぼ、僕もやります。早く終わらせて、村に戻らなきゃ……!!」

「マナ患者を処刑する作業がまだ残ってんだよ。こんなクソどうでもいいことなんてさっさと終わらせて帰るぞ」

「【受諾】その命令を受け入れる。【更新】命令の更新を完了」


 七人はそれぞれ応答すると、女神は伏せた瞳に涙を滲ませた。


「――ありがとうございます」


 悲しげな表情から一転して、華やぐような笑みを浮かべた女神はツイと白魚のような指先で白い空間を示した。

 いつのまに作られたのだろうか。そこには木製の扉が鎮座していた。かすかに剣戟のような音が聞こえてきていて、すでに扉の向こうは戦場とつながっているのだろう。


「どうか、この悲劇を大団円に導いてください。それが貴方がたに示す帰還条件です」

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