【三人目】

「ユノ様、お手紙が届きました」

「我輩宛か?」

「はい」


 有能なメイドが銀盆に載せて運んできたのは、封蝋によって閉ざされた手紙だった。その宛名は確かに『ユノ・フォグスター』とある。

 豊かな金色の髪を手で払い、つまらなさそうに形のいい鼻を鳴らした美しい少女は、メイドが持つ銀盆の上から手紙を取り上げる。ほっそりとした指先で弾くようにして封を開け、それから中身に視線を巡らせた。


「なにも書いていないではないか。差出人はどこのどいつだ」

「不明です。一応、罠の類でないことは確認済みですが」

「全く……我輩にいたずらを仕掛けてくるなど不敬だな。いたずらを仕掛けてくる阿呆は、使い魔のナユタだけで十分だ」


 真っ白な便箋をぐしゃぐしゃに丸めて有能なメイドに押しつけると、豪奢なソファにゆったりとその身を預けて優雅に紅茶を啜る。

 遠くの方では少年の楽しそうな声と共に、もう一人の従者の悲鳴が少女の耳朶を打った。どうやらまた馬糞ばふんで作った団子を片手に追い回されているのだろう、彼が言うには「あいつが一番反応がいい」らしい。

 まあ、主人である少女に馬糞の団子を投げようものなら黒焦げになると本能的に分かっているのだろう。馬鹿のくせに、その辺りには考えが至るようだ。


「フェリシア、今日の八つ時は」

「ユノ様のご希望通り、ナユタから調理法を教わったフレンチトーストなるものです」

「うむ、大義である」


 有能なメイドは綺麗に頭を下げて、淡々とした口調で「恐縮です」と告げた。

 すると、コンコンという軽いノックが少女の意識を現実に差し向けた。扉は開けっ放しになっているので、窓からのようだ。

 使い魔として異世界から召喚した少年が、石飛礫いしつぶてでも投げてきたのだろうかと少女がソファから腰を上げる。しかし、肌を撫でた嫌な予感に彼女は柳眉を寄せた。


「フェリシア、下がっていろ」

「危険です、ユノ様。窓の向こうは」

「分かっている。――我輩の居城に侵攻するとはいい度胸だ。ここはひとつ、灸を据えてやろう」


 少女は自身が戦闘の際に呼び出す兵装である魔槍を、いつのまにか呼び出していた。荒削りしたアメジストのような穂先を持つ魔槍を構えて、少女はカーテンが閉められた窓へと向かう。

 天鵞絨のカーテンを開けると、その向こうにいる相手に魔槍を突きつけるのだが、


「――いない?」


 窓の向こうは無人だった。

 少女のいる部屋は二階なので、必然的に誰かがいるということはない。

 念の為に窓を開けて確認してみるのだが、人影すら見当たらない。遠くで少年の歓声と従者の悲鳴が聞こえてくるだけだ。

 杞憂か。

 少女は窓を閉めてカーテンも戻し、ソファに座り直す。魔槍を戻すことも億劫になり、あとで戻すかと頭の片隅で考えてまた紅茶を啜った。


「フェリシア、少し席を外せ」

「かしこまりました。なにか御用があれば、またお呼びください」

「ああ」


 メイドを下がらせて、豪奢な室内には少女一人きりとなる。

 くあ、と退屈そうに欠伸をした。

 屋敷の外では今日も隣国と戦争が繰り広げられているが、少女は魔力があまりにも強すぎる為に異端扱いをされて辺境の地に閉じ込められている。戦争に出れば確実に勝利できる女神として名高いが、悪魔を相手に女神とはヘソで茶が沸かせるほどの冗談だ。

 それにしても退屈だ。どうせだったら使い魔の少年でも呼び出せばよかったか。


「――退屈だ」


 ポツリとついに口から滑り落ちた言葉と共に、少女は微睡みの中に沈んでいく。

 ――それこそが、敵の罠だと知らずに。

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