【四人目】

「――だああああッ!!」


 絶叫を上げて森の中を爆走する人影が二つ。

 片方は銀髪碧眼の女性で、もう片方はその女性に担がれた黒髪赤眼の少年だった。女性は青い瞳に涙を浮かばせて、鬱蒼とした森の中をひたすら爆走している。


「もう嫌だ!! なんでこんな損な役回りばかり!!」

「貴様の日頃の行いが悪いのではないか?」

「俺だけの責任!? 嘘だろ!?」


 女性は担がれたまま淡々とした口調で言う少年に叫ぶ。

 彼ら二人を絶賛追いかけ回しているのは、豚のような化け物だった。その大きさは木々を薙ぎ倒しながら迫ってくるので、相当な大きさなのだろう。もう考えたくもないぐらいだ。

 すると、そんな女の前に今度は空から化け物が降ってくる。追いかけてくる豚が跳躍したとかではなく、新たな敵の出現だ。

 木々を薙ぎ倒して天空から隕石よろしく降ってきたのは、頭は豚で体だけが巨人のちぐはぐな化け物だった。


「うわっとと」


 女は急停止して、担いでいた少年を地面に下ろした。少年は後ろから迫ってくる巨大な豚を睨みつけ、女は新たにやってきた豚人間を見据える。

 自然と背中合わせの体勢となった二人は、呆れたようにため息を吐いた。


「やっぱり今日の運勢は最悪だな」

「どうする?」

「やるっきゃねえだろ」

「了解した」


 相棒たる少年からの淡々とした応答に、女はにんまりと口元をひん曲げる。それから腰からいた大太刀の鯉口を切った。

 双方共に、視線すら交えることなく言う。


「そっち任せた」

「ああ」


 会話は二言だけで十分。作戦もへったくれもない。それだけで、彼らがやるべき行動が示される。

 少年が背後の巨大な豚に襲いかかっていくのを尻目に、女は前方を塞ぐ豚人間に切りかかった。豚人間は握りしめた刺股さすまたを突き出してくるが、長柄の場合は懐に飛び込んでしまった方が早い。

 臆することなく刺股の間合いに飛び込んだ銀髪の女は、神速の居合を放った。薄青の刃が煌めいて、豚人間の胴体を袈裟切りにする。


「――――」


 難なく胴体を切断された豚人間は、上半身を滑り落とす。綺麗な切断面からは内臓が零れ落ち、鉄錆の臭いが充満する。残った下半身はしばらく両足で仁王立ちしていたが、やがてゆっくりと膝から頽れた。

 張り詰めていた息を吐き出して、女は血糊すら付着していない綺麗な薄青の刃を黒鞘に納める。チン、という静かな鍔鳴りの直後、ボフンッ!! という爆発音と熱気を背後で感じ取った。

 見れば、豚の怪物が紅蓮の炎に包まれて丸焼きになっていた。あまりの熱さに怪物は「ピギィ!! ピギィ!!」と断末魔を上げて転げ回り、やがて力尽きで絶命する。炎がひとりでに消えた時には、そこには黒焦げになった豚の死体が鎮座していた。


「……相変わらずえげつねえなァ」

「見慣れただろう」

「まあ、そうだけど」


 容赦なく相手を消し炭にする少年の能力には、毎度のことながら驚くものがある。女は苦笑と共に脅威が去ったことで気を抜いていた。

 だから。

 背後からゆっくりと音もなく忍び寄ってくるそれに、気づかなかった。


「――ユフィーリア!!」


 少年の悲鳴に、銀髪の女は弾かれたように背後を振り返る。

 そこには得体の知れないものが、のっそりと立っていた。

 人の身長と同じぐらいではあるものの、その上から真っ黒な布地を被ったかのような悍ましい姿。ポツリと赤い眼球のようなものが上部に浮かび、触手を伸ばして銀髪の女の足首を掴む。


「ッ!!」


 大太刀に再び手をかけるが、能力は使わせないとばかりに触手が女の手に絡みつく。どこからともなく触手が次々と伸びてきて、女の全身を絡め捕った。

 引き剥がそうとしても引き剥がれず、徐々に女は得体の知れない化け物の内部へと飲み込まれていく。


「ユフィーリア、待っていろ!! すぐに焼き切る!!」

「やめろ、ショウ坊!! 余計なことすんじゃねえ!!」


 飲まれる寸前、銀髪の女――ユフィーリア・エイクトベルは不敵に笑った。


「俺がこんな化け物如きに負けるかよ。――お前は、逃げろ。他にもこんな奴がいたらやべえからな、グローリアに知らせてくれ」


 相棒の少年は否定の言葉を言いかけたが、女の「いいから行け!!」という鋭い怒声に口を噤み、それから何も言わずに背を向けて走り出した。

 真面目な彼にとって、見捨てることは苦肉の策だったろう。酷な決断をさせてしまったことに申し訳なく思いながら、女は触手を引き剥がそうとする抵抗をやめた。


「――なにが待ってんのか知らねえけど、ほしいんだろ?」


 その言葉に頷くように、女に巻きついていた触手は一息に彼女を深淵へと飲み込んだ。

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