【二人目】
「シシシッ。いやー、存外稼げたねェ」
狭い迷路を慣れた足取りで歩く銀髪の女は、上機嫌な様子で愛銃を掲げた。
銀色の
ずっしりと重い銀色の散弾銃をくるくると回して、女はホルスターにしまい込んだ。
今日挑んだ迷宮区には、思った以上にお宝がたくさん眠っていたのだ。金銀財宝の山はもちろん、迷宮区の外にある街にて高値で取引されている霊薬や木の実なんかも独り占めだ。死と隣り合わせの迷宮区に挑んでいるのだから、このぐらいのご褒美があってもバチは当たらないだろう。
「それにしても、今日はやたらと
寝癖が目立つぼさぼさの銀髪を掻き上げた女は、あまりにも静かな迷宮区の様子に訝しむ。
いつもならお宝の山を守る為の守護者がいるはずだが、今回に限ってはそれがなかった。罠の一つもなく難なくお宝の山に到達することができて嬉しい反面、なんか拍子抜けである。
まあ、たまにはこんな簡単な迷宮区があってもいいだろう。誰にも攻略されていないとは、なんと幸運だろうか。幸運の女神も、こんな強欲な女の味方をしてしまうなんて残念だ。
「ん? こっちにも道があったんだねェ」
帰り道を鼻歌交じりに歩いていると、ふと新たな道ができていることに気がついた。
迷宮区に入ってきた時にはなかった道だが、はて、いつのまにこんな道が増えていたのだろうか。深淵を覗き込んでいるかのような、不気味な雰囲気の漂う暗い道がどこまでも伸びている。
少しだけ考えるそぶりを見せた女は、迷わずその暗い道を選んだ。もしかしたらこの先にも新たな財宝が眠っているのではないかと考えたのだ。
「こーんなに簡単な迷宮区に誰も気づかないなんて、本当にもったいないねェ。やってきた時にはすでにもぬけの殻ってなァ」
シシシッ、と魔女のように笑う女は暗い道を怖がることなく歩いていたが、一分もしないうちに行き止まりにぶち当たった。
終着地点は扉で終わっていた。硬く閉ざされた扉はどこか古めかしさを感じさせ、きちんと施錠されている様子である。ただし頑丈な錠前はおろか、仕掛けのようなものはなにも施されていない。きっと普通に鍵がかかっているだけだ。
「ふぅむ。お宝が眠っているかもしれないってのに、ここで黙って引き下がる訳にはいかないねェ」
元より鍵開けの類は他の仲間の仕事なのだが、あいにく今日の迷宮区探索にはついてこなかった。なんでも大切な用事があるとかないとか。
だが、女本人が鍵開けをできないとは言っていない。仕方なしに女はホルスターから愛用の散弾銃を取り出すと、扉に銃口を突きつけた。
「一〇〇万ディール装填」
金銭を散弾銃に装填した女は、願いを告げながら引き金を引く。
「【開けな】」
ガキン、と硬いものが擦れる音が耳朶を打つ。
すると、女の願いを叶えるようにひとりでに閉ざされたはずの扉が開き、散弾銃を構える女を部屋の中へと招き入れる。散弾銃をホルスターにしまい込んだ女は、さてどんなお宝が待ち受けているのかと扉を潜り抜けた。
「――あ?」
割と本気で低い声が出た。
その部屋には台座が置かれていて、さらに古めかしい巻物がポツンと置かれているだけだったのだ。宝の様子もなく、金目のものも置かれていない。なんと拍子抜けか。
いや、しかし仕掛けもなにも施されていない扉なのだから、別に部屋の中がショボくても文句は言わない。宝の価値が高ければ高いほど、より高度な技術で施錠されているものなのだ。
たかだか一〇〇万を支払った程度の願いで開くような扉には、最初から期待していないのである。
「にしても、なんだいこの巻物。宝の地図かねェ」
詳細な地図であれば高く売れるだろうが、その地図が適当に書かれたものだったら一銭の金にもなりはしない。一番安い黒パンすら買えない値段だと、さすがに怒るかもしれない。
罠の可能性を一切信じずに巻物を台座の上から取り上げると、封蝋を指でピッと取り払った。羊皮紙を広げると、紙面にうっすらと積もっていた埃がぶわりと舞う。
埃っぽさに人形のような美貌を歪めながらも、女は紙面の内容に目を走らせた。
「なんだい、こりゃ。古代文字で書かれてるじゃないか」
しかも地図でもなんでもなく、ただの手紙の様子である。
そこに書かれていたのは、たったの二文だ。
【ユーリ・エストハイム様。どうか助けてくださいませんか】
かろうじて古代文字を読むことができる女は、紙面に刻まれた名前に柳眉を寄せた。
ユーリ・エストハイム。
それは紛れもなく、この女の名前である。
女の名前は酷く有名で、巷では『
ただ、迷宮区に置かれたこの古めかしい巻物に記載されるような名前ではないような気がする。正確に言えば、誰が女の名前を知っている。
「ケッ。一ディールにもならねえんじゃ話にならない」
巻物をビリビリに引き裂いてやろうと羊皮紙の上部を握りしめたところで、部屋に異変が起きた。
開けっ放しだった扉が急に閉じ、ご丁寧に鍵までかけられる。弾かれたように振り返ったその直後、部屋が急に下へと落ち始めたのだ。
「――――にゃあああああああああ!?!!」
珍しく、本当に珍しく女の口から本気の悲鳴が上がった。
猫のような悲鳴は狭い室内に反響し、どこまでもどこまでも得体の知れない奈落の底に落ちていく部屋の罠に立っていることすらままならず、女は壁に叩きつけられて意識を手放した。
天下の大空賊が、このザマか。
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