月は...

泉川ほのか

カーテンは勝手に開けないで欲しい

おはよう,大嫌いな朝,無理しんどい

私は光合成しないのにガンガンと照りつけてくる眩しい太陽,青い背景がよくお似合いで

憎たらしいほどに勝手に開かれたカーテンをわざわざ紐でまとめる

もう夏も近いというのに朝はこうも寒いのは...あ,クーラーついてる。

「あんずー朝ご飯できてるわよー」

お母さんの声,そんな時間か早く準備しなきゃ

外から聞こえるエンジン音,お父さんとお母さんが会社に行く音。

「はぁ、しんどいな」

全身鏡を前にして、パジャマから制服に着替えよう

それから顔を洗って...はぁめんどくさ,でもやんなきゃ。



今日も学生らしく,学業に励む義務をこなす為に高等学校へ赴く

もう義務教育じゃないんだけど,今の風潮的にというか社会的に高校卒業資格くらい取っとけ?みたいな雰囲気ある,別に行きたかったから行っただけ...あの人を追いかける為に。


「おはよ,内田さん!」

「あ...お,おはよう...諸星くん」




中学2年生からの友人で大好きな人,諸星ユウマ、

それは友愛的な意味でもなく,尊敬的な意味でもなく

ただただ,恋愛的な意味で彼に好意を抱いてしまった。

まぁ片思いなんですけど

こんな名前だけは某二次元アイドルゲーにいそうな名前だけど,なにせ顔が悪い私には

ユウマくんみたいなこんなに優しくて,かっこいい人に釣り合いはしないから

隣で笑って,他愛もない話をしながら一緒に登校する。


幼馴染でも,家が近いわけでもないのにこんな私と一緒に登校してくれるなんて神様はやっぱりいたん,ありがとうユウマ神。



「今日も一緒に帰ろーな!」

「うん,また放課後ね」



クラスが違うからここでお別れ,でもこんな関係性が1番なんだろうな

焦って告白してもどうせ振られるだけだし,だったらこのまま

ユウマくんの笑顔が見られるだけで幸せだし。







休み時間ていうのは友達がいない私にとって地獄のような時間なので,大好きな図書室に本を借りに行く

本は大好きだ,どんなものでも面白いし,永遠に読んでられる。

それにあんなキラキラしてる系の女子軍団に混ざるのも苦手だ

やれあの海外の俳優がかっこいいだの,あの俳優が声優やってる映画見ただの

...彼氏がかっこいいだの,楽しそうで腹が立つ。

ただ思ってしまうのは効率性が皆無なことくらい,どうせみんなかっこいいで終わるんだから

あの子達そんなことしてる暇あったら勉強すりゃいいのに

まぁ、テスト前になったら揃いも揃って普段絡みもしないくせに,ノート見せろってこっちに言ってくる奴らにそんなこと言ってもわかんないか

「はぁ...」

ため息を吐き出して、いつもの図書室への階段を登る。




「あ,あんずちゃん,こんにちは」

図書室の管理人,私の理解者,永沢先生

珍しい苗字の図書室の女神はいつも通り挨拶をしてくれる。


「こんにちは,永沢先生」

「今日はどんな本をお探しで?」

「えっと,最近寝つきが悪いので睡眠関係の本を」

「じゃあ夢占いの本とかいかがですか?夢を見た時の楽しみができるんじゃないですか?」

差し出されたのは紫苑の表紙が特徴的な少し厚めな本

「...借ります」

「あら、いつも通り乙女ね」

「恋する女の子はそんなものでしょう?盲目なんですから」

「ふふっ、あんずちゃんみたいな子だったら絶対両思いですよ」

「...期待して調子乗ってしまうので,言うのやめていただきたいです」

「あらあら、素直じゃないですね」


頭を優しく撫でてくれる,私の調子が悪い時はすぐ察してくれる

優しくて暖かい,女神はここにいたんだ。


「大丈夫ですよ,あんずちゃんの想いはきっと伝わります」

「...ありがとうございます,先生」

「辛い事があったらいつでも言ってくださいね」


紫苑の本を受け取ったら,もう休み時間は終わりかけ

「失礼しました」

「明日も来てね,待ってるから......」


手を振る永沢先生に会釈をしたら,手早く教室に戻る



その日の太陽はなんだか,進みが速かった。





放課後,ある程度日が長くなってきて寄り道をしても暗くならなくなった時期になった

それでも西日は厳しい,暑いやめて肌焼ける

いつもの待ち合わせ場所で,いつもの時間に待つ

あ、きた

「ごめん!遅れちゃった?」

「ううん,大丈夫,私も今来たとろ」

「そっか,じゃあ帰ろっか」

貴方の為なら永遠に待ってられるのに,なんて考えてしまう

バカみたいだな。





いつも通り,2人で並んで歩く

登校する時と一緒で,なんでもない話をしながら

「今日はどんな事してた?」

「図書室で本借りたくらいかな」

「もーさ,本もいいけど友達作りなよー?」

「別にいらない,今のままで十分」

「そう,ならいいけど」

微笑むユウマくんは,優しくてかっこよくて

話して笑ってくれるだけでこんなに幸せなんて



「あれ?もう月見えてる」

「あ,ほんとだ」

歩き続けていれば当然,日は沈む

満月は登り始めていた。


「月が綺麗だね」

「...そうだね」

ユウマくんはきっと知らない

私の気持ちも,意味も


「星も綺麗だよ。ほら一番星」


ユウマくんが指差した先には紫になりかけの空に輝く1つの点が確かにあった

他にもポツポツと夜空を彩る電球を灯っていく。


「明日は晴れますかね?」

「多分,晴れるよ」

「そう...かな?まぁ梅雨も明けましたしね」


「内田さん,そんな回りくどくなくていいんだよ」

「え?」

ユウマくんが私の手を掴む

「僕も内田さんの事,好き」

「...うそ」

「ほんと」

ゆっくりと引き寄せられ,暖かい体に触れる

抱きしめられてるんだって理解できたのは3秒後

「わ,私も諸星くんの事が好き」


「これからはずっと一緒だね」



なんて幸せなんだろう,なんて... なんて....





























こんなにもひどいのだろう










おはよう、大嫌いな朝

カーテンはしまってる、お母さんはいない

今更何を期待してるんだ。

月日は移ろい進むのに、私はこうも変われない

わかってるくせに、何回目?




諸星くんは、私のことなんか好きなんかじゃない

眼中になんて入る訳ない

ましてや中学時代から話したこともなかったのに

高校なんて別々なのに





ぜーんぶ夢、10数年間こじらせて、成人して少したった今でも想ってしまってる。

さっきまで触られてた腕も、さっきまで私を見てくれてた目も、さっき抱きしめられた時の香りすら

全て偽りであり、願望夢の結果なのだ。







「もう、見たくない」

あんな首をしめる夢






月は手に届かないから綺麗なのです。

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月は... 泉川ほのか @irukanon

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