第26話 同窓会当日

 ああ! 何でこんなことに?!


 相変わらず触れるか触れないかくらいの距離感を保ちつつ、何度もバイトに訪れ、デートを重ね、紳士過ぎる忠太郎に悶々としつつ、彼氏彼女になってからはや三ヶ月を迎えようとしていた。


 愛理は、笑顔を凍りつかせたまま正座した足を崩さずに座っていた。

 目の前にはるりと莉奈が座り、右隣りには忠太郎、その横には恩師である高柳正孝先生がニコニコと笑いながら忠太郎と談笑していた。

 十二人掛けの長テーブルには、高校生時代の同級生達が座り、忠太郎のことをキャーキャー言いながら見ている。

 他のテーブルの女子なんか、振り返ってまで忠太郎を見ていた。


「いやあ、まさか学年一真面目な松岡君に、こんなにイケメンな彼氏ができるとは思わなかったよ」

「そんなことないです。愛理さんは、私にはもったいなさ過ぎるお嬢さんですから」

「この子は勉強もできるし、努力家だし、嫁さんにするにはいいんだろうが、真面目過ぎて扱いに困ることもあるだろう! 」


 豪快に笑いながら高柳はビールをあおり、忠太郎にも飲むようにすすめた。


「愛理ちゃんとは、どうやって知り合ったんですか? 」

「結婚とか考えてるんですか? 」

「お仕事は何なさってるんですか? 」

「年齢は? 」

「趣味は何ですか? 」


 矢継ぎ早に質問責めになり、それでも嫌な顔せず忠太郎は一つ一つ丁寧に答えていく。

 最初は二人のことだったのに、どんどん忠太郎個人への質問になり、穏やかな話し口調やその端正な顔立ちに、女子の視線がうっとりとして忠太郎へ注がれていた。


 こんな状況になったのは、忠太郎が愛理の同窓会の終了時間に愛理を迎えにきたからで、その時の忠太郎はいつもの金髪メッシュではなく、珍しく焦げ茶の単色の落ち着いた髪色で、ジーンズにカシミアの黒いセーター、髪色に近い茶色のチェスターコートを着ていた。

 いつもの格好も奇抜で人の目を引くが、今日の忠太郎は芸能人並みのいい男で、同級生達が騒ぐのもうなずけた。


 忠太郎が現れた時、誰の知り合い? とざわつきと共にみなが注目し、忠太郎を知っていた莉奈が、忠太郎の変身ぶりに呆気にとられていた愛理の代わりに声をかけたのだ。

 後は忠太郎が愛理の担任だった高柳に挨拶をし、ノリで二次会に誘われ、何故か快諾した忠太郎が女子校の同窓会の二次会に合流する……という流れで今に至る。


「じゃあ、二人はまだ付き合って半年もたってないんですね。ウワァッ、私が武田さんの財布拾いたかったな」


 学年で二番目に美人な西園寺琴音さいおんじことねが、シナを作って言う。

 一番の美人はるりであるのだが、タイプの違う二人だから、双璧と言うべきかもしれない。

 内面は置いておいて、男子が夢見るような可愛らしい女子の象徴がるりだとしたら、琴音はセクシーな女子の象徴、ルパン三世の不二子ちゃんばりのナイスボディをしていた。ついでに、少し垂れた目と涙袋横のホクロが、セクシーさを増長させていた。下膨れ気味の頬さえスッキリしたら、るりを抜いてトップに立てるかもしれない。


「あらぁ、愛理みたいに財布を拾ったからってぇ、たろさんが誰にでも手を出すとは限らないんじゃなくてぇ? 」


 るりのフォローに、愛理は心の中で「手を出されてなんかないから!! っていうか、いまだ清い関係です! 」とツッコミを入れながら、彼女らしくイチャイチャしたいよ~ッ! とひきつった笑顔の下では地団駄を踏みたい気分だった。


「あら、そんなことないわよ? 聖人君子じゃあるまいしねぇ? 」


 ねぇ? と振られても、何とも答えにくい忠太郎だったが、財布を拾ったのが琴音だったら琴音と付き合ったか……と聞かれると、それはきっぱり「ノー! 」であるので、琴音に向かってというより、愛理の方を向いて頭に手を置いた。


「俺は誰が財布を拾っても、愛理以外と付き合うつもりはないけどね」

「おォッ、甘~い! ってやつだな」


 高柳は古いギャグをかまし、一人でガハガハと笑う。

 周りにもキャーッと悲鳴のような声が上がる。


 琴音は不機嫌そうに顔を歪めながらも、すぐに笑顔を取り繕い、高柳がトイレに立った隙に忠太郎の隣りをゲットする。


「隣り失礼しま~す」


 飲み物を持って忠太郎の隣りに座ると、琴音はわざとらしく距離を近くとり、会話の最中にボディタッチを忘れない。


「あれ、僕の席は? 」


 トイレから帰って来た高柳が、自分の席がないことに気がつき、キョロキョロとする。


「先生を独り占めしたら悪いので席替えしましたー」


 琴音はシレッと言うと、忠太郎の隣りを開け渡すつもりはないようだった。


「先生、こっちこっち」


 隣りの席に呼ばれ、高柳は隣りのテーブルに移動していった。


「武田さんはランジェリーメーカーの社長さんですよね? 私のブラジャー合ってるかしら? もうワンサイズ上げた方がいいと思います?」


 胸を突き出して、見てくださいとバストをアピールする。どちらかというとナインペタンな愛理と比べるまでもなく立派な双丘を、忠太郎の目の前に突き出すようにする。


「……そうだね。パットを取ったらジャストサイズじゃないかな」

「あら、やだ。寄せるだけのパットだから、サイズアップが目的じゃないんですよ」

「だろうね。でも、ない方がより自然なバストの美しさがでるだろう」

「参考になります。是非フィッティングもお願いしたいわ」

「俺はデザイン専門だから」


 忠太郎は特に動揺することもなく、琴音の胸にも興味なさそうにチラッと見ただけで莉奈達と会話を始めてしまう。


「莉奈ちゃん、望のとこでバイト始めたって? 」

「はい。たろさんを飲みに誘っても、ノンタンと飲むくらいなら愛理とデートするって、なかなか付き合ってくれないってブーたれてましたよ」

「そりゃ、優先順位があるから」

「一番は仕事ですよね? 」


 琴音がわざとらしく、愛理をチラチラ見ながら言うと、忠太郎は愛理の膝の上の手にそっと手をのせた。


「うーん、微妙だけど愛理かな」


 またもや悲鳴が上がる。

 というか、愛理も心の中で悲鳴を上げた。

 忠太郎の手は大きくすっぽりと愛理の手を包み、男性にしてはしなやかな手は温かかった。


 今まで、触れそうで触れなかったというのに、今、このタイミングは反則だと思う!


 もう、琴音の存在なんかどうでもいいくらい、愛理の神経は手に集中し、お酒のせいだけでない頬の火照りに頭がクラクラした。


 手を繋ぐだけでこんなに頭が真っ白になってしまうなんて、それこそキスなんかしたら気絶してしまうんじゃないだろうか?


 忠太郎の手は、その後も愛理の手の上にあり、自然と恋人繋ぎになる。右手を繋いでいるから、お箸を持つこともできず、忠太郎とせっかく繋げた手を離したくないという理由で、左手でできることといえば……酎ハイのジョッキを傾けるのみであった。

 一次会で司会進行していたため食事をほとんどとっておらず、二次会の居酒屋でもそんな理由で食事をあまりとれなかった愛理は、かなりハイペースで飲んだこともあり、二次会中頃でコクリコクリと舟を漕ぎ始めた。


「愛理、寝ちゃいそう」

「だね」


 忠太郎は、そっと愛理のことを引き寄せると肩にもたれかけさせた。

 愛理はしっかり忠太郎の手を握っており、そんな状態でも忠太郎の手を離すことはなかった。


「なんか、凄いいい顔で愛理のこと見ますよね」


 莉奈が少し羨ましそうに言う。熊木のところにバイトに通い、好きだアピールは欠かさないというのに、いまだノラリクラリと逃げられていたから。


「そりゃね、可愛い彼女だから」

「本当は、そういうタイプじゃなさそうなのにねぇ」

「そう? 」


 るりは、忠太郎のことを舐め上げるように見ると、クフフッと笑った。


「あまり、人のことに構わないタイプみたいなぁ? 基本、他人には興味ないでしょお。人と馴れ合うのは嫌いな感じ。たろさん、顔もいいしぃ、経済的にもバッチリなんだけどねぇ。るりでもちょっと無理かもぉ。るり、人を見る目はあるんですよぉ」

「無理って? 」


 莉奈がどんな面で無理なのか興味を持って聞く。


「手玉にとれない的なぁ? るり、自分の言うこと聞いてくれない男は無理だからぁ。琴音だってそうでしょ? 」

「な、何私に振ってるのよ。私は別に、私が好きになれば尽くすタイプだし……」


 忠太郎をチラチラ見ながら、アピールを欠かさない。


「ウ・ソ・つ・き」

「嘘じゃないもん」


 確かに、るりの言っていることは間違いではなかった。


 小さい頃から自分の名前がコンプレックスで、その名前をからかったり虐めたりする奴が多かったものだ。忠太郎は虐められて泣いて帰るような性格ではなかったため、対抗しているうちに喧嘩がめたらやったら強くなった。

 個性も強く、他人と馴れ合ったりするのが無理で、孤立することが多く、それを気にすることもなかった。


 しかしそれは大学までで、反発していた両親が車の事故で他界してからは、家業を継がなければならなくなり、しかも家業を発展させて下着メーカーの会社を立ち上げてからは、ワンマンで経営することが難しいため、他人と共存する術を修得した。しかし、基本は変わっていない……ということをるりに指摘され、初めて忠太郎はるりを見直した。


 今、この場で愛想良くしているのだって、愛理の関係だからであり、もしこれが愛理と無関係な集まりで琴音のような女の子がすり寄ってきたら、ガン無視か冷ややかな態度と口調で寄せ付けることはないだろう。


「るりちゃんだっけ? 卒業したらうちの会社にこない? 」

「うふふ、就職先ゲット」

「るりだけ狡い! 私も武田さんの会社にどうですか? 私、秘書検定三級持ってますよ」


 琴音のアピールを軽くいなし、忠太郎は本格的に寝に入った愛理を連れて帰ることにした。


「愛理がつぶれちゃったから、悪いけど先に失礼するよ」


 会費を二人分莉奈に渡す。


「私、下まで付き添います。タクシー捕まえないとですもんね」


 忠太郎が軽々と愛理を抱えると、またもや回りからお約束のように悲鳴が上がる。莉奈が愛理の荷物を持ち、先に先導するように店を出た。


 店の外で、莉奈が素早くタクシーを捕まえると、忠太郎は愛理をそっとタクシーのシートに寝かせる。


「あの、私、愛理のうちに電話しておきましょうか? 」

「うん? 」

「ほら、酔っぱらっちゃったからうちに連れて帰りますって」


 莉奈は気を使って、アリバイに協力すると言っているのだ。

 つまりは、愛理を忠太郎の家に連れて帰れというのだろう。


「……じゃあ、お願いしようかな」

「任せてください」


 忠太郎もタクシーに乗り込み、窓を開けて莉奈に手を振る。


「お客さん、どちらまで? 」


 忠太郎は会社の住所を言い、タクシーはスムーズに発進した。


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