第25話 たろさん、いい匂い過ぎです
「同窓会? 」
「はい。私、役員なんです。るりちゃんと莉奈ちゃんと」
「ああ……」
忠太郎は、二人の顔を思い出し、統一性のない三人だなと思う。
「それでですね、私当日の進行司会と会場のセッティングをしないとで」
「愛理が? 」
忠太郎から見たら可愛い彼女だし、一見ダサメの格好をしていても、愛理には似合っているから問題ないとは思うものの、一般的に見てセンスがあるのか……と聞かれると、ない……のだろう。
その愛理が会場のセッティングって、どれだけ地味なものになるのか、想像するまでもないことで……。
「ちなみに、どんな感じか決まってるの? 」
「まだ、候補はあるんですけど、予算ギリギリで。でも、るりちゃんや莉奈ちゃんのとこはほとんど出来上がってるんですよ」
愛理は掃除をしていた手を止めスマホを取り出すと、この間集まって作ったるりと莉奈の傑作を、ベッドであぐらをかきながらデッサンしていた忠太郎に見せた。
受付に飾るだろうウェルカムボードや装飾の一群は、ゴテゴテと少女趣味だし、横段幕は高校野球の応援か?! というくらい男らしい武骨な文字で書かれており、こちらはいっさい装飾はなかった。
色使いも統一性がなく、気持ち悪いくらいだった。
「これに、何を合わせるつもり?」
「立食なんで、大きなテーブルクロスを数枚と、テーブルや会場を飾るお花とかですかね? あと、お誕生日会とかで見る飾り物とか作った方がいいかしら? 」
「あのさ、そういうのは店側でやってくれないの? 」
「パーティー会場をレンタルしただけなんです。お金を出せば色々やってくれるみたいなんですけど、そうすると食事のランクも下がるし、予算オーバーになりそうで。だから、食べ物はケータリングで、少し良い物を頼んで、テーブルとかはただで借りられる会議用のがあるから、テーブルクロスで華やかにすればいいよねってことになって」
忠太郎はうーんと悩んだ。
素人がパーティーを仕切るのは難しいだろう。しかも、三人のうちの二人が個性的で、お互いにあまりすり寄るタイプではなさそうだし、これで、お誕生日会で見る飾り物なんか飾った日には、幼稚園の謝恩会みたいな雰囲気になってしまいそうだった。
「あのさ、このゴテゴテした可愛らしい感じのは受付なんだよね?」
「はい、そうです」
「それって、会場の中? 外? 」
「外……の廊下に置くんだと思います」
「じゃあ、そっちは無視でいいか。横段幕は中だよね。なら、この幕の色に合わせて内装を作ればいい。もしくは補色を使えば、両方映えるな」
「補色って? 」
忠太郎は、どこだっけ? とつぶやきながら、愛理がまとめた仕事関係の箱を漁った。
あの箱の中身はわからないから自力で整理してくださいと言っていたが、どうやら整理はなされていないらしい。
目的の紙を見つけた忠太郎は、ベッドに戻って愛理の横に腰を下ろした。
「あった、あった、ほらこの円形になったカラーチャートで対極にある色が補色。正反対の色っていうのかな?だから、お互いに引き立てるんだ」
補色……、正反対だからこそ相性がいいってことかな? たろさんと私も全く共通点がないし、地味で真面目な私と、派手で個性的なたろさん。補色みたいな関係だったらいいのに……。
全く釣り合わないんじゃないかと、だから手を出す気持ちにもならないんじゃないかと、愛理は悶々と悩んでいたから、二人の関係が補色と同じなら、どんなに素敵だろうと思ったのだ。
「どうした? 」
カラーチャートの紙を見つつ、忠太郎は愛理の様子を伺うように半歩にじり寄った。腿がわずかに触れて、愛理はドキリとする。
これが男慣れしたるりなどなら、ボディタッチしまくりで、男をその気にさせるのだろうが、愛理にそのテクニックはない。
モジモジとしながら、忠太郎から触れてくれないかと期待する。
「……補色って素敵だなって思って」
まさか、自分達って補色みたいな関係だからとはいえず、いまいち意味不明な発言になる。
「素敵? まあ、色の基本だよね。ほら、段幕が薄い緑? 若草色みたいな感じ? 」
「そうです」
なら……と、忠太郎の顔がカラーチャートを覗く愛理の顔に近くなる。
「この色なら補色は紫……ピンクが少し入ってもいいな。会場をしめるんなら、テーブルクロスは濃い紫、飾る花はピンクや紫で統一するんだ。柔らかいイメージにしたいなら、テーブルクロスは淡いピンクがかった紫で、逆に花は濃いめのピンクや紫でしめる」
息がかかる程の距離にドキドキしながら、愛理は忠太郎のアドバイスを一生懸命頭に刻み込もうとする。しかし、忠太郎の甘い匂いに、頭がクラクラしていっこうに頭に入ってこない。
この距離ならわかる程度の甘いムスクとフローラルが混じったような香りに、嗅覚が必要以上に反応してしまう。
「す……凄いです! 私は、テーブルクロスは白、花は値段しか見てませんでした」
愛理はギブアップし、ベッドから立ち上がると、火照った顔を扇ぎながら、まだまだ暑いですねと誤魔化す。
「もし良かったら、うちがよく使うイベント会社を紹介しようか? かなり便宜はかってくれるはずだし、内装から全部委託できるはずだ」
「いいんですか? 」
「ああ、上限の金額さえ教えてくれたら、イメージを伝えて安くやらせるから」
「じゃあ、場所とか日にち、金額のことは後でラインで送りますね」
「了解。ところで、同窓会って女子校だったよね? 」
「そうですよ」
愛理は、忠太郎の匂いに興奮したなんてバレないように、とにかく精力的に床掃除を開始する。
「先生とかもいっぱいくるの? 」
「まあ、中高は同じ先生なんで、中高の担任の先生と、専科の先生でこれる先生達はいらっしゃいますよ」
忠太郎は、何故か愛理の後ろを追うように掃除をする愛理の後ろをついて回り、愛理の目の前にしゃがみこむ。
せっかく逃げた匂いに捕まり、愛理は床に膝をたてるように半立ちの体勢になる。
「そこ、拭けませんよ」
「大丈夫、毎週愛理が掃除してくれてるからキレイだよ」
「端まで拭きたいんです」
「ほら、前に望と飲んだ時に、女子校あるある話してたでしょ? 」
「はい。それが何か? 」
「男の先生もくるのかなぁって思って」
「そりゃ、いらっしゃいますよ。女の先生の方が多いですけど、担任は二回男性でしたし、体育と理科の専科の先生は男性でしたもん」
忠太郎は、いつもならしない子供っぽい表情を見せて、拗ねたように三角座りで膝を抱えて愛理を見上げた。
「愛理も憧れた先生とかいるの?」
さっきまでの頼り甲斐のある忠太郎と違い、捨てられた子犬のような目付きに、愛理の心臓がズキュンと高鳴る。
「い……いませんよ。いる訳ないじゃないですか! 」
たろさん、可愛すぎです!!
大人な男性の、甘えたような拗ねた表情は、悶え死にそうな程愛理の心臓を鷲掴みにする。
「ホントにぃ? 」
「本当です! 」
「なんか心配だなあ。帰りに迎えにいっちゃおうかな」
「二次会とかに行く予定はありませんので、心配なさらなくても大丈夫です」
「そうかなぁ? だって、愛理ってば、酔っぱらうとすぐ寝ちゃうから心配で」
「そんな、どこでも寝る訳じゃありません。たろさんのそばだと、つい安心してしまって……」
「安心させちゃうんだ。ドキドキして欲しいんだけどな」
忠太郎の上目遣いの視線に、いつだってドキドキしっぱなしです! と心の中で叫びつつ、もっとドキドキしたいです……とすり寄る度胸もなく、愛理は洗濯物が終わったみたいですと逃げ出した。
たろさんからもっと触れてくれたら……。
自分の煩悩に顔を赤らめつつ、愛理は勢いよく洗濯物を干した。
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