第24話 どうして触れてくれないの?

 忠太郎と恋人になってから三週間。

 愛理は忠太郎のプレハブの合鍵をもらい、いつでも部屋に来ていいよと言われていた。なので、大学が午後からの水曜日をバイトの日にかえ、午前中に洗濯と掃除をし、大学が終わってから洗濯物を取り込みにくることにした。今のところ晴天に恵まれているため、土日はバッチリ忠太郎とのデートのために空けることができ、忠太郎は約束通り週の一日を愛理のために費やしてくれていた。


 つまり、三回デートが行われたことになる。


 一回目のデートはベタに水族館に行った。手が触れるか触れないかくらいの距離を歩き、ドキドキしてしまい、はっきり言ってどんな魚がいたか覚えていない。


 二回目のデートは映画を観た。さりげなく忠太郎の肩に頭が触れるギリギリまで寄り添ってみたが、忠太郎の手が愛理に触れることはなかった。


 三回目のデートは、麻璃子の車を借りてのドライブデートだった。少し遠出して、横浜の方まで行き、オルゴール館では、サプライズにオルゴールをプレゼントしてくれたり、元町をブラブラ散策したりと楽しく過ごした。


 このくらいになると、愛理も忠太郎とのデートに慣れてきたというか、ドキドキし過ぎてパニクるということもなくなり、会話もスムーズに出来るようになったし、顔を見て恥ずかしくて視線をそらす……という動作もかなり減ってきた。

 そうなると、欲がでてくるものである。


 手に触れたい。

 肩を抱いて欲しい。

 抱きしめてキスをして欲しい。


 もちろん、それ以上のことだって、忠太郎となら我慢できると思う!


 お付き合いしましょうってなったあの日以来、忠太郎が淡白なのか、愛理に触れようとしてこないのだ。

 忠太郎のようにアーティスティックな職業の人間は、性を超越してしまい、達観したような人生観を持っているのだろうか?


 しかし、ただの凡人であり初めての恋愛を成就させた愛理は、煩悩を捨て去ることはできず、毎日悶々と過ごしていた。


 ただ一言、「手を繋ぎたいな」とさえ言えば、怒濤の如く恋愛が進展していく筈なのだが、奥手の愛理からそんなことを言える訳もなく、ただただ手をじっと見つめるしかなかった。


 愛理がそんなことを考えているとは知らない忠太郎は、やはり同じように煩悩に悩まされていた。

 愛理に色気があるかどうかはおいておいて、好きな女が隣りにいれば、それは触れたいしキスもそれ以上のことだってしたい。

 手を触れてしまえば、たがが外れてしまいそうで、二十八歳にして手を繋ぐのも躊躇うような、純愛に足を突っ込みかけていた。


 デートの時だって、背中に回しかけた手を寸でのところで止めたり、映画を観ていた時は隣りにいる愛理を意識するあまり、内容なんか頭に入ってこなかった。ブラブラ歩いていた時は、思わず手を繋ぎそうになら、掌に爪の痕が残る程、手を握りしめていた。


 話し合いが必要な二人であったが、まさか手が繋ぎたいです、キスしたいです、それ以上もお願いします! ……なんて言うことができず、中学生のような恋愛を噛み締めていた。


 ★★★


「ところでぇ、このウェルカムボードォ、結婚式みたいじゃな~い? 」

「それくらい可愛いってことでしょ? 」

「凄くいいと思う」


 久しぶりに集まった同窓会幹事メンバー三人は、差し迫った同窓会に向けて会場の飾り付けの準備を莉奈の家でしていた。


 るりは受付の飾り付けや芳名帳のデコレーションをしており、莉奈は第1回同窓会の横段幕を手作りしていた。愛理は、全体の会場のセッティングを考えていた。テーブルクロスの色や飾る花など、予算があるからなかなか難しい。


「ねえ、テーブルクロスとか、彼氏の会社のツテで可愛いの借りられないの? 」

「彼氏ぃッ! 何々、愛理ってばもう次見つけたのぉ? 」

「るりも知ってるでしょ? たろさん」

「たろさん? 」


 眼中にない男は記憶の端にもひっかからないるりは、そんなダサい名前の男知らないとコロコロ笑った。


「ほら、茶髪にピンクのメッシュの。変わった服装の人。いい男だけど」

「金髪メッシュ? 背が高い? 」

「るりちゃんが見た時はそうだったかも。髪色コロコロ変える人だから。今は黒髪に茶髪のメッシュが入ってる」

「ああ、あれ。やっぱり付き合ったんだぁ。じゃなきゃあそこまでしてくれないよねぇ」


 ラブホに突入してくれたことを言っているのだろう。


「彼氏の会社ってぇ、何か事業やってるわけぇ? 」

「インターネット販売。下着のメーカーなんだけど、C.Tブランドって、知らないよね」

「ウッソォ~? るりつけてるし。あそこ、凄く着け心地も良ければ、スタイルも良く見えるんだよねぇ。へぇ、あそこの社長だったんだぁ」

「るり、愛理の彼氏なんだから、手をだしたらダメよ」

「恋愛は自由じゃな~い? 」


 愛理は、愛想笑いを浮かべながら、なるべくるりと忠太郎を会わせないようにしないと……と、心の中では誓っていた。


「るりちゃん、大樹君とは? 」

「大樹~? とりあえずおとなしくしてるよぉ。次に同じことしたら、訴えるって話しになってるしぃ、証拠のビデオもおさえてあるしぃ」

「彼氏の話ししてんだよね? 何か訴えるとか物騒だね」

「あいつは今やるりの手足なのぉ。頭上がらないしぃ、従順な下僕みたいな? 」

「アハハ……、自業自得とはいえ、御愁傷様」


 なんとなく事情を知っている莉奈は、大樹に同情はしないものの、悲惨な状況だなとは思う。


「それにあいつはセフレの一人。彼氏じゃないしぃ」


 あくまでも自分は好きじゃないし……というスタイルを貫く愛理は、強がっているだけなんだろう。


「そうだ、ノンタンから預かってたんだ」

「ノンタン?? 」


 莉奈は鞄からゴソゴソ封筒を取り出すと、はい! と愛理に差し出した。


「何それぇ? 」

「ノンタンは黒歴史だとか言ってけど」

「ノンタンって誰ぇ? 」

「熊木望さん。たろさんの幼馴染み」

「何よぉ。男紹介するくらい仲良しになった訳ぇ? 」

「紹介した訳じゃ……。他に誘える女の子がいなかったから」


 熊木がノンタン……。

 望だからノンタンでも間違いはないんだろうが、いつの間にそんな可愛らしい愛称で呼ぶような関係に?


「ノンタン、次の個展に向けて忙しいみたいでさ、自分で渡したかったんだけどって、しきりに残念がってたよ」

「その忙しい熊木氏と、莉奈は会っちゃったりしてる訳ぇ? 」

「だって、画廊でバイトしてるもん。押し掛けバイト。ノンタンのギャラリー兼仕事場ね」

「そうなの? 」

「うん、今は雑用と秘書みたいなことしてる。大学終わったら、毎日行ってるんだ」

「毎日?! 」


 羨ましい限りである。


「何よ~ッ! 二人共、恋愛を謳歌してるみたいじゃない! 」


 るりは可愛らしく頬を膨らませ、莉奈はまぁねぇ! と、恋愛であることを否定しなかった。


「で、その黒歴史って? 」


 封筒を開けると、写真が十数枚入っていた。

 小学校低学年くらいの可愛らしいものが数枚と、りりしく成長した高学年くらいのものが数枚、そして金髪にピアスと、同年齢なら絶対に近寄らないだろうなという見た目の中学生時代のものが数枚、すっかり大人と変わらない高校時代のもの。

 全てに共通して言えるのは、今の優しげな忠太郎の面影はなく、きつい……というか冷めた目付きの忠太郎ばかりだった。


 愛理の目には忠太郎しか写らなかったのだが、どの写真も熊木も写っており、これまたヤンチャな風体をしていた。

 荒れた時代……うなづけるような気がした。


「うわあ、愛理、これ何枚かちょうだい! 」

「え? ああ、うん」


 莉奈は、熊木が良く写っているものをピックアップする。


「あんたら、こんな写真が欲しいのぉ? たろさんはまぁ見た目だけはいいけど、ノンタンはただのヤンチャな大男じゃない」

「ほっといてよ! 十分可愛いじゃない」

「痘痕も靨ってホントなのねぇ」

「男は顔じゃないの! 」

「男は顔よぉ! あとは適度な経済力。フム、そういう面では、愛理の彼氏は合格なのかぁ。大樹よりもお買い得そうねぇ。ただ、あのセンスがよく分からないけどぉ」

「エッ? 」


 写真を大事にしまいながら、愛理はギョッとしたようにるりを見る。

 るりが本気で忠太郎にアタックしたら、かなう気がしない。


「もう、止めなよ! 愛理が真に受けてるじゃん」

「あらぁ、本気かもしれないじゃない」

「こらこら……。ほら、喋るよりも手を動かしましょうって! 」


 莉奈がるりを小突いて、話しはそこでストップした。

 まだ手も繋いでもらえない。キスだってしたことない今の関係で、るりの参戦は白旗を上げるしかなく、愛理の気持ちは暗く沈んでいった。



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