第20話 Wデート?

「愛理、ここ、ここ! 」


 元気よく手を振る莉奈を見つけ、愛理は莉奈の待つ席に足を向けた。

 いつも三十分は早くくる愛理は、もちろん今日だって三十五分早く約束の喫茶店についたのだが、今日は珍しく莉奈の方が先に来て待っていた。


「莉奈ちゃん早いね」

「だって、熊木望に会えるんでしょ? 」


 興奮した様子の莉奈に、愛理は戸惑いながら席につく。

 莉奈はセミロングの髪を綺麗に巻き髪にしており、化粧もしっかりしていた。珍しくスカートまで履いている。

 ボーイッシュなイメージの強い莉奈しか知らない愛理にしたら、可愛い男の子が女装したら、猛烈に綺麗な女の子になっちゃった的な衝撃を受けた。


「えっと……、熊……木さんだよ?」

「熊木望でしょ? 」


 愛理の知っている大柄で髭もじゃで目が小さくてクリッとしてるあの熊木さんと、莉奈の想像している熊木望は同一人物なんだろうか?


 莉奈は、熊木望をスマホで検索し、その写真を愛理に突きつけてきた。


「ほら、この人でしょ? 」


 髭のない熊木が笑っている写真だった。


「そう……だね。今は髭生やしてるけど」

「へぇ……髭生やしてるんだ。ワイルドだね」

「ワイルドって言うか……(森の熊さんみたいだけど)」

「絵はさ、高過ぎて買えないから、絵画集はもってんだ。ほら、これなんだけどね、サインくれるかな? 」

「うん、話したらね、いくらでもとか言ってたよ」

「マジで? ウワーッ、もっといっぱい持ってくるんだった」

「そんなにファンなの? 」

「だって、元は童画作家で絵本の挿し絵とかしてた人だよ。愛理も見たことあるんじゃないかな?風の子リンとか、大きな切り株とか」

「読んだことある……かな」

「中学生くらいから童画作家しててるから、うちらもちょこちょこ読んでる筈だし」


 中学生からって……。荒れた時期のある硬派がウリの童画作家って、どんなの?


「本持ってるくらいファンって、もしかしてこの間のデパートでやってた展示会行ったの? 」

「行った、行った。本人に会えるかなぁって思ったんだけど、残念ながら会えなかったよ」


 それは、髭もじゃ過ぎてわからなかったんじゃないだろうか?


 こんなに期待しているのに、本人に会ったら驚く(がっかりする)んじゃないかと、ふと不安になる。


「あのね、熊……木さんだけど、あの写真はけっこう前って言うか、今はもう少しむさ苦しいっつ言うか……」

「むさ苦しいって、あんた失礼ね」


 いや、いつもは莉奈ちゃんの方が歯に衣着せない喋り方で、爆弾を投げ込むことが多いんですけど……。


「別に、熊木望の画風が好きなんであって、見た目がどうのとかないから」

「ならいいんだけど……」


 莉奈の格好からは、やる気しか見当たらないし、あまりに女の子らしく変貌をとげているものだから、莉奈の期待の大きさが見受けられて、不安しか残らなかった。


 それから、大樹との顛末や忠太郎とのことなどを話しているうちに、熊木との約束の時間になった。忠太郎は、仕事が終わり次第合流することになっており、全力で終わらせると、気合いの入ったラインがきていた。


 約束の店につくと、予約を入れていたらしく店員に奥の個室に案内された。


「凄い! ここ、芸能人とかがお忍びで使うって噂の店だよ」


 莉奈は辺りを見回しながら、こそこそと愛理に耳打ちした。


 お忍びで使うって噂が広がるということは、すでにお忍びではないような……。


 普通の居酒屋よりはお洒落な内装だったし、個室も充実しているようだったので、芸能人とかが利用するというのは、あながち間違ってはいないのかもしれない。


 部屋に入ると、薄暗い照明で席が四つ用意されていた。


 まだ熊木も来ていないし、並んで座って待つべきか、普通に対面で座って待つべきか悩む。


 莉奈が悩むことなく入り口から奥の席に座ったため、愛理は入り口に近い方の席に座り、莉奈と対面する形になる。

 入り口から遠い方が上座、入り口側が下座だと思ったからだ。


「なんか緊張してきた! 」


 おしぼりで首筋を拭きながら、莉奈はテーブルの上に絵画集を出した。

 莉奈の性格上、顔をごしごし拭きたいところなのだろうが、化粧をしているため首だけで我慢したらしい。


 五分も待たずに、熊木が個室のドアをガラリと勢いよく開けて入ってきた。


「やあやあお嬢さん方、お待たせ」

「熊……木さん? 」


 部屋を一瞥すると、熊木はどっかりと席についた。ドアからすぐの下座側、つまり愛理の隣りにである。


「あ、私、移動しますね」

「いいから、いいから。どうせなら女の子の横で飲みたいじゃん」


 席を移動しようと腰を上げた愛理の腕を掴むと、熊木は豪快に笑った。


 それなら是非、莉奈の隣りに……と思いながら、愛理は愛想笑いを浮かべた。

 莉奈は羨ましそうにしていたが、正面の方が話しがしやすいと思ったのか、すぐに熊木に話しかける。


「私、楠木莉奈といいます。愛理とは小学校から高校まで一緒なんです」

「へぇ、仲良しさんなんだ」

「エスカレーター式の学校だから、同級生はみんな幼馴染みみたいなもんです」

「エスカレーター? もしかして女子校? 」

「はい、この子はそのまま大学上がって、私は外部受験したんですけどね」

「じゃあ、お嬢様だ」

「とんでもない。昔はそんなイメージあったみたいだけど、今は普通の女子校ですよ。おうちも一般の家庭が多いし」

「へぇ、愛理ちゃんちは? 」

「うちは普通のサラリーマンです。莉奈のおうちは老舗の和菓子屋さんですよ」

「和菓子かぁ。甘いの好きなんだよね」

「じゃあ、是非、次はお土産持ってきますよ」

「おっ! 期待しちゃうよ」


 莉奈と熊木が喋り、たまに愛理に話しが振られて愛理も会話に参加する……という感じで会話が進んだ。

 とりあえず生ビールを頼み、食事は熊木のおすすめをお願いした。


 熊木は見た目通り豪快に飲み、愛理が一杯飲む間に、三~四杯ジョッキを開け、莉奈がお酒が強いとわかると、芋焼酎のボトルをいれた。

 二人は焼酎をロックで、愛理は薄いソーダ割りにして飲んだ。

 ボトルが半分以上なくなった頃、熊木はテーブルにある絵画集にきがついた。


「それ……」

「熊さんの本です。サイン貰おうと思って、持ってきちゃいました」


 莉奈もすぐに、熊木のことを「熊さん」と愛称で呼ぶようになっていた。


「サインくらいいくらでも。貸して」


 熊木は本を受けとると、表紙を開けてその裏にサラサラッと絵を描き、読めない文字でサインを書いた。


「ヤッバ! マジでヤッバ! 」


 莉奈のテンションはマックスで、熊木から本をもらうと、何度もサインを眺めてから大事そうに鞄にしまった。


「もう、童話とかも持って来れば良かった! 」

「そっちも知ってるの? 」

「そりゃ! 愛読書だったから。昔から大好きで、お話しよりも挿し絵見てたくらい」

「嬉しいねぇ。僕の描いた絵を小さい莉奈ちゃんが知っててくれたなんてね」

「そりゃ! 女子ならみんな読んだことあると思うし。ね、愛理? 」

「ああ、うん」


 曖昧な笑みを浮かべ、愛理は適当にうなづく。

 実際には、読んだ気もするがそんなに記憶にはなく、挿し絵も覚えてはいなかった。


「なんか、気分いいなぁ! 」


 熊木がご機嫌に愛理の肩に手を回し、豪快に笑っているところでドアが開いて忠太郎が入ってきた。


「お待た……せ」


 愛理の横に座り、肩に手まで回している熊木を唖然と見つめると、容赦なく熊木の頭を平手で叩いてから憮然とした表情で莉奈の横に座った。


「ビール! 」

「ほいほい。仕事お疲れさん」


 熊木は店員を呼び、人数分の生ビールを頼んだ。


「たろさん、友達の莉奈ちゃんで、るりちゃんと同じ大学に行ってる大学生です」

「はじめまして」

「今晩は。楠木莉奈です。いつも愛理がお世話になってるみたいで」

「いえ、こちらこそ。武田です、よろしく」


 それからビールで再度乾杯し、なんとなく愛理と熊木、莉奈と忠太郎という感じで話しが盛り上がり(……と言っても、熊木がほとんど話して、愛理はと相づちをうつだけだったのだが)、席が代わることなく一時間が過ぎた。



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