第19話 熊さんからの電話

「愛理、電話」


 忠太郎に送ってもらい、家についた愛理は、ただいまを言う前に受話器を持った母親に声をかけられた。


「電話? 誰? 」


 スマホを持ってから、家に電話をかけてくる友人はほぼいない。まあ、友人自体少ないのだから、家電を使うことは皆無と言っても良かった。


「男性よ」


 目付きが怪しい母親は置いておいて、愛理は受話器を受け取ったものの、出るのを一瞬躊躇した。

 男性の知り合いと言えば忠太郎しかいないが、忠太郎は今別れたばかりだ。何か言い忘れたことがあったとしても、家に電話してくるとも思えない。


 あとは大樹だけだが、スマホの全データをるりが初期化してしまったのだから、家の電話番号も消えている筈だ。


 手で母親を追い払ったあと、愛理は恐る恐る電話に出た。


『はい? 』

『愛理ちゃん? 熊木です』

『熊木……さん? あの、申し訳ありませんが、どちらの熊木さんでしょうか? 』


 愛理の名前を呼んでいるのだから、間違い電話ではないだろう。熊木という名前に覚えがなかった愛理は、多少警戒しながら尋ねた。


『ふむ、展示会でお会いした熊木さんです。チュウ太と一緒に僕の展示会にきてくれましたよね』

『ああ! たろさん……武田さんのお友達の熊木さん』

『たろさんでかまわないよ。なんならチュウ太さんでも』


 それは、忠太郎が嫌がるだろうからスルーした。


『熊木さん、ご用……』

『やだなあ、チュウ太がたろさんなら、僕もノンさんとか熊さんとか、愛称で呼んでよ』

『はあ……。で、ご用件は? 』

『愛理ちゃんつれないなあ。用件話したら電話終わっちゃうじゃん。少しお話ししようよ。女子大生とお話ししたいの、僕』

『はあ……』


 愛嬌たっぷりの喋り方は、とてもあの見た目が喋っているとは思えない。


『ね、ノンさんでも熊さんでもいいから呼んでみてよ』

『熊……(木)さん』

『く〰️ッ! いいねぇ。愛理ちゃんは十代? 』

『いえ、二十歳です』

『なに、今度成人式? 』

『はい、一月に』

『いいねぇ、いいねぇ。若いっていいねぇ』


 忠太郎とは明らかにキャラが違う。この人のどこが硬派だったんだろう? と首を傾げる。


『その若さを分けて欲しいなぁ』

『はあ……? 』

『というわけで、ディナーでもどう? 』

『ディナー……ですか? 』

『そう。二人で……と言いたいところだけど、断られちゃをそうだから、ダブルデートしない? 』

『ダブルデートですか』

『そう。僕とチュウ太と、愛理ちゃんと誰か愛理ちゃんの友達と』

『友達……』


 すぐに思い浮かぶ友達がいない。

 大学の友達は、キャピキャピし過ぎていて、できれば忠太郎を紹介したくなかった。

 忠太郎は見た目はモデル並みにカッコいいし、優しいし(愛理限定であることには気がついていない)、なんといっても社長さんだ。きっと、誰だって忠太郎に夢中になってしまうだろう。


『あの……少し考えていいですか? 』

『ダメとか言わないでね』

『はあ……。友達の心当たりがちょっと。』

『じゃあ、究極は三人でもいいや。できれば誰か連れてきてよ。ご褒美は……、チュウ太の若い時の写真とか』

『たろさんの写真?! 』


 それは凄く欲しかった。


『そうだな、小学校から大学まで十枚ワンセットでどうだい』

『分かりました。心当たりに当たってみます』

『やり! じゃあ、来週か再来週の土曜日で。どっちかは愛理ちゃんが決めていいよ。じゃあ、決まったら△△△○○がラインIDだからラインちょうだい』


 忠太郎の写真に釣られて、ついOKしてしまった愛理は、電話を切ってから忠太郎に熊木とは関わらないように言われていたことを思い出した。


 けれど、二人で会うのではないし、忠太郎も一緒な訳で、幼馴染みの二人が揃えば、忠太郎の学生時代の話しがきけるかもしれない。自分と知り合う前の忠太郎も知りたい……という欲求には勝てなかった。


 愛理は自分の部屋に戻ると、スマホのアドレスを眺めて、誰かいないか探してみる。

 といっても、探すほど登録もしていないのだが。


 とりあえず熊木のラインアドレスを登録して友達申請すると、すぐによろしくねというスタンプが送られてきた。しかも、この画風は忠太郎から貰った絵葉書と同じもの……ということは熊木の書いた物ということで、ラインスタンプにもなっているの? と、思わず驚いてしまう。


 熊木望でサーチすると、写真つきでかなり詳しい紹介文がでてきた。けっこう有名な画家らしく、海外でも個展をやっているらしい。多少若い時の写真なのか、髭はなかったが、あの小さい目は同じくクリクリと悪戯っ子のようで印象的だった。

 それではと思い、武田忠太郎でもサーチしてみた。

 すると、少し若めだがやはり写真つきで検索がヒットする。デザイナーとしての忠太郎の顔は、いつも知っている穏やかな表情とは違って見えた。


 けっこう有名人だったんだ……。


 愛理なんかがドキドキしていい相手じゃないんだと、思い知らされた気がして、愛理はスマホを握り締める。

 そんな時、ラインの着信を知らせる着信音が鳴り、スマホが震えた。


 楠木莉奈、るりと同様小学校からの幼馴染みで、同窓会役員を一緒にやっている。彼女からの同窓会の連絡のラインだで、同窓会の出欠のハガキが届いたから、集計を取り終えたというものだった。


 莉奈ちゃん……か。

 女の子にモテモテで、男ッ気のなかった莉奈を思い出す。別に女の子が好きって訳じゃないが、男の子にキャーキャーするタイプではない。


 愛理は、莉奈の電話番号をタップした。


『莉奈ちゃん? 』

『ああ、ライン見た? 予想よりも出席が多くて、微妙に会場が小さいかなって、今さらなんだけどね』

『立食だから大丈夫じゃないかな? 』

『まあね、当日これない人もいるかもだもんね』

『出欠が戻ってこないのが三人で、明智さん、田辺さん、本城さん。彼女らは地方大学進学組だから、これないかもね。で、行方不明が一人。斉藤さん。彼女、家ごと引っ越ししちゃったみたいで、今メールで知ってる人いないか捜索中』

『なんか……色々任せっきりでごめん』

『分担決めてだからね。あんたは当日忙しいでしょ』


 何故か愛理が同窓会の司会進行に決まっていた。料理とか飾り付けの仕切りも愛理だった。


『ところで、あの男のことは落ち着いたの? 』


 あの男とは大樹のことだろう。大樹がるりとも付き合っていたと知ったあの日、忠太郎と初めて会ったあの日、莉奈は泣きはらした愛理を凄く心配してくれていたから。


『うん。もう解決した』

『そう。少しるりから聞いてはいたけど、 大変な男にひっかかっちゃったね』

『うん』

『……大丈夫? 』

『大丈夫だよ。私にはちょっと手に負えない人だったみたい。もう吹っ切れたし、私に関わらないようにるりちゃんがしてくれるから大丈夫なの』

『るりが? 』

『うん、今、るりちゃんが大樹君と同棲中だよ』

『なんかよくわからないけど、あんたはそれでいいのね? 』

『私に恋愛は無理だったんだよ』


 無言になる莉奈に、愛理はうまく説明できないもどかしさを感じる。


『ね、莉奈ちゃんは来週か再来週の土曜日は用事ある? 』


 話しを切り替えようと、愛理は明るい声を出した。


『別に、どっちも用事ないけど』

『なら、お食事行かない? 』

『食事? 二人で? 』

『ううん、えっと私のバイト先の社長さんと、その社長さんの幼馴染みの画家さんとなんだけどね』

『社長って……オヤジ? 』

『違う違う、たろさんは若いよ。確か、三十前だし。凄くいい人なの。ほら、あの日私が拾った財布の持ち主。今ね、その人のとこでバイトしてるの』

『ああ、財布拾って交番行ったって言ってたね』

『そう。で、そのお友達の熊木さんって画家の人がね……』

『熊木って、熊木望? 』


 愛理の言葉を遮って、莉奈は興奮気味に声を被せてきた。


『うん、そう。知ってる? 』

『知ってるよ! 私、あの人の絵好きだし、スタンプも買ったもん』


 熊木の画風は、その容姿からは想像できないくらいメルヘンな物なんだが、莉奈のボーイッシュなイメージとも合わない気がする。


『熊木望との会食なの? 行く、絶対行く! サインとか貰えるかな?』

『多分……聞いてみるよ』

『よろしくね』


 乗り気になってくれた莉奈と、再度同窓会の話しに戻り電話を切った。


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