第18話 オーダーランジェリー
大樹のことで、るりから長いメールがきた。
要点を言うと、杏は大樹を訴えることはせず、条件つきで謝罪を受け入れたとのことだった。
その条件とは、髪の毛をスポーツ刈りにし、彼氏の前で謝罪するというもので、それだけじゃ甘いと、るりはついでに大樹の体毛を全て剃り上げたらしい。
るりは、大樹を監視するという名目で大樹のアパートに押しかけ、今は同棲を開始したということだ。
もし万が一、愛理の元を大樹が訪れることがあったら、すぐに駆けつけるから連絡してほしいという内容でメールは終わっていた。
愛理の連絡先はるりが消去しているし、まさか電話番号を記憶していないだろうから、これで完璧に終わったんだなと、愛理はメールを眺めながらしみじみ思った。
愛理の家の場所は知られているから、愛理に会うためには大樹は家に来るしかなく、るりにがんじがらめにされている今、そうまでして愛理に拘ることもないだろう。
愛理は、スマホのアドレスから佐野大樹の名前を選ぶと、消去をタップする。
残っていたメールもラインも全て消去し、スマホから大樹の痕跡を完全に抹消する。
こういう面では、女の方が潔いのかもしれない。
「愛理ちゃん、今日もうちで夕飯にしようか? 」
仕事が一段落ついたのか、プレハブに戻ってきた忠太郎は、綺麗に掃除された部屋に足を踏み入れて言った。
「はい、私は何でも」
「じゃあ、ピザでもとらない? 一人だと、なかなか食べる機会がなくて」
忠太郎の部屋を掃除に来たのは、今日で五回目になった。
先週はお給料日で、愛理は初めて仕事の対価としての金銭を手にした。
今のところ、このお金で忠太郎にご馳走しようと目論んでいるのだが、まるで自分からデートを誘うようで、なかなか忠太郎に切り出せないでいた。
「片付けは終わった? 」
「はい」
一ヶ月ちょいがたち、忠太郎の部屋はだいぶ様相が変わっていた。
以前はベッドがあるだけだったのに、今では衣装ケースにハンガーラック、テレビに冷蔵庫、机にクッションが二つ、掃除機や洗濯機まで完備している。
生活感溢れる部屋になったのは、ほぼ愛理のために揃えたと言っても過言ではない。
毎週掃除する愛理のために掃除機を、コインランドリーに行くのも大変だろうと洗濯機を、たまには家で食べませんか? と言った愛理のために、冷蔵庫と机とクッションを。毎週来る度に、何かしらグッズが増えているため、全く生活感のなかった汚部屋が、生活感のある汚部屋に変貌していた。
最近は、愛理の送り迎えのために車を購入しようかとさえ思っている忠太郎なのだが、さすがにそこまでするのはひかれそうな気がして、何か別の理由がないか算段している最中だった。
知り合ってから二ヶ月弱、すでに忠太郎の生活の中に愛理の存在は組み込まれており、仕事をする上でもいいメリハリになっていた。
毎週土曜日に通い妻のようにやってきては掃除洗濯をし、夕飯を一緒に食べて家まで送っていく。
お給料が発生しているとはいえ、知らない人が見たら、家デートと思うことだろう。
「たろさん、実はるりちゃんからさっきメールがきたんです」
愛理は、忠太郎にスマホを見せる。
忠太郎は内容を読みながら、こんなに酷い奴がたかだか頭を丸めただけで許されていいのかと憤りを感じた。愛理にも、杏という子にも、きっと他にもいるだろう被害女性達にも、許されないことをしておいて、のうのうと普通の生活を送らせてよいものだろうか?!
刑事的処罰や、社会的処罰があって然るべきだと思った。
「……愛理ちゃんは、これで納得できるの? 」
「大樹君のしたことは許されることじゃないけど、私はどんな始まり方にしろ、好きでいた時期もあったから……」
愛理は、好きだと言われて好きだと返したあの時間を、騙されただけだったとは思いたくなかった。もちろん、大樹に愛理を想う気持ちなんてこれっぽっちもなかったことを知っていたが、みんなと一緒に大樹が酷い奴だと責めたら、自分がどんどん惨めになっていくような気がしたのだ。
「愛理ちゃんがいいならいいんだけど……」
忠太郎の大きな掌が愛理の頭に触れ、クシャクシャと髪をかきまわした。さらさらした髪の毛は忠太郎の手に絡むことはなく、サラサラ揺れた。
「そうだ、前に約束していた下着、あれできたんだけど見てみる? 」
「できたって……作ってくださったんですか?! 」
以前に、忠太郎の会社の下着を誉め、もう一組購入しようかしらと言ったとき、忠太郎からプレゼントすると言ってくれていた。
てっきり、通販で売っている物をくれるのだと思っていたが……。
「そりゃもちろん。それが仕事だからね。せっかくなら一点物をプレゼントしたいじゃないか」
「でもサイズとか……」
「まあ、これも仕事だから、だいたいのサイズは見ればわかるというか……。本当は採寸したいんだけど」
「む……無理です! 」
愛理は胸を両手で隠して叫ぶ。
「まあ、多分大丈夫だよ。とりあえずつけてみてよ」
「今ですか?! 」
「うん、で、多少補正入れようかと」
「し……下着姿を見せるんですか?! 」
「あ、別に下着姿見なくても大丈夫。洋服の上から背中とか脇とか触らせてもらえれば」
「さ……触る?! 」
口をパクパクさせ、目をまん丸にしている愛理に、忠太郎はまずいことを言ったと後悔する。女性の身体に触ることが普通の仕事だと思われたのかと思ったのだ。
「いや……うん。見ればだいたい分かるかな。分かるよ」
「触っていただいて結構です! お仕事としてですものね」
「まあ、そうだけど。通常俺がオーダーの仕事を受けることは稀だから、誰でも彼でも触っている訳じゃないからね」
「それはもちろん理解してます」
忠太郎は、下着の入った袋を愛理に渡すとプレハブから出て行った。
下着は、小花柄の可愛らしい物だった。ショーツは小さすぎず、しっかりとヒップを包み込み、程よい加圧がヒップアップをしてくれていた。
ブラは締め付け感がなく、脇から肉がはみ出ることも(愛理の場合、はみ出る肉があまりなかったが)なく、丸く形よく胸を維持してくれた。
どこもきつくないのに、背筋が伸びる気がする。
着けていた下着を袋にしまい、洋服を着た。
「たろさん、着ました」
ドアを開けて忠太郎を部屋に招き入れると、恥ずかしげに忠太郎の前に立った。そして、目をギュッとつぶって「どうぞ! 」と叫んだ。
「いや、あのね……」
しかし、その視線はいつしか仕事中の厳しいものになる。
肩紐をなぞり、背中の肉を触る。
ゾクゾクッとしながら、愛理は目を開けることができずに、頬が紅潮していく。
胸の下の肋辺りを指がなぞった時には、腰が抜けるかと思った。
ウエストからヒップラインに手がかかった時、愛理は耐えきれずギブアップした。
「たろさん……む……無理です」
爆発してしまうんじゃないかというくらい全身真っ赤に染め、小刻みに震えるほど身体に力を入れて立っていた愛理は、吐息のような声を吐き出しながら、崩れるようにしゃがみこんだ。
これ以上忠太郎に触られたら、頭がおかしくなってしまう。大樹とSEXしている時にだってでなかった嬌声が、思わず口から漏れそうになり、唇を噛み締めていた愛理だった。
「ごめん! つい仕事目線が入っちゃって」
忠太郎は、真摯に愛理にフィットする下着を作ろうとしてくれていただけなのに、自分はなんてあさましく下品になってしまったんだろうと、愛理は耐えようのないくらいショックをうける。
男の人の手を、肌を知ってしまったからだろうか?
まさかこんな淫らな気持ちになるなんて、想像もしたことがなかった。
忠太郎の手が離れた今、もっと触れてほしいと渇望している自分がいた。
「……大丈夫? 」
「も……もちろん大丈夫ですとも」
意気がって立ち上がった愛理は、思わずよろけて忠太郎の胸に手をついてしまう。
「すみません!! 」
「いや、大丈夫? 」
横っ飛びに離れて、床に置いてあったクッションに蹴躓きそうになり、忠太郎に腕を掴まれる。
「度々、申し訳ありません」
掴まれた腕が、熱を持ったように熱い。
そんなパニック状態の愛理を見て、忠太郎はなんて純情なんだろう……と愛理を愛しむ気持ちがジワリと生まれる。
簡単に男に肌を寄せる女が多い中、少し触られたらくらいでこんなに真っ赤になって動揺して……。
今時の中学生だって、もっと男慣れしているだろう。
忠太郎の立場からか、色仕掛けをしてくるモデルなども多いため、駆け引きのような恋愛しかしてこなかった忠太郎にとって、愛理は掌中の珠のような存在に昇華していく。
大事に……大事に、慈しむように育てていきたい、そんな恋愛感情を意識した。それは、今までもあった感情ながら、いろんな理由をつけて否定してきたものだった。それがストンと、忠太郎の中で当たり前の感情のように根付いた瞬間だった。
一方愛理は、もっと触れたいと思うのは、ただの欲情からなのか、忠太郎への愛情なのか分からず、とりあえず身体に帯びた熱を冷ますべく、頭の中で猛烈に羊を数えだした。
眠りたい訳ではなく、落ち着きたいからだったのだが、羊達はスキップしながら跳ね回っているだけで、いっこうに落ち着くことはなかった。
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