第16話 初めてのドライブ

 鏡の前に立ち、自分の姿を眺める。


 小さすぎも大きすぎもしない身長。特別スタイルがいいわけでもなく、どちらかというと痩せすぎて、自己主張していない胸。メリハリがない子供体型で、ビキニよりはスクール水着の方が似合いそうな感じだ。

 顔ははっきりいって地味。不細工ではないと信じたいが、特にインパクトに残る部位がない。目は薄い二重で、大きくも小さくもない。鼻も高くもないが低すぎたり団子っって訳でもない。唇は若干薄めだろうか?どちらかというと小さいかもしれない。


 とにかく、どこからどこをとっても地味な自分。


 たろさんみたいに髪の色を変えれば、イメージも変わるだろうか?


 鏡に映った愛理は、とても茶髪や金髪が似合う顔立ちはしていなかった。

 地味な花柄のワンピースを着て、まるで真面目な中学生のようだ。


 こんな私が恋愛なんて……ね。


 大樹と身体を重ねることは苦痛だったが、恋愛していると実感することはできた。騙されていただけかもしれないが、好きな人がいて、好かれているんだと思い込んでいたあの数ヶ月は、夢のような日々だった。


 けれど、鏡の中の自分は、恋愛なんておこがましい! こんな自分を好きになる男性なんていないんだ。大樹だって、実際は恋愛じゃなかったんだから……と、現実を突きつけてくる。


「勘違いはダメ。夢も見ない。だって、私はこんなに普通なんだもん」


 いつも通り髪の毛を耳の横で分け目をつけてハーフアップにする。編み込んだり、アレンジすればいいんだろうけど、わざわざお洒落しました感がでても恥ずかしい。ワンピースと同系色のシュシュを付け、化粧はグロスをつけるだけにする。


 午後は掃除のバイトだけど、展示会に連れていってくれると言っていたから、あまり雑な格好もできない。


 ちょうどグロスをつけ終わった時、家のドアホンが鳴った。


「愛理、武田さんがいらしたわよ……って、もう少しお洒落したら? デートでしょ」

「デートなんかじゃないわ! バイトだから」


 愛理は頬を赤くして母親母親の横をすり抜けた。


 リビングで待っていた武田は、小走りにやってきた愛理を見て、バカ親のような心情になる。


 オーソドックスな形のワンピースは、バカみたいに肩を露出したり、背中を大胆に見せる流行りのシャツなんかより、逆に新鮮で個性的だ。清楚な感じが彼女に似合っている。

 化粧も自然の頬の赤みと、うっすらピンクのグロスが、清楚さを際立たせているじゃないか。

 似たような格好に似たような化粧をしている今時の女より、何万倍もいい。


 まさか、そんな評価を受けているとは思わない愛理は、恥ずかしそうに忠太郎の前に立ち、母親の言うようにもう少しお洒落をすれば良かったと後悔した。


 髪の毛をオールバックにした忠太郎は、整った顔立ちがより際立っており、今日はメッシュが入っていなく、とにかくスタイルの良いイケメンにしか見えなかった。洋服はいつも通りだが、やや幅の狭めのパンツを履いているせいか、いつもの奇抜な雰囲気はなかったが、男前はぐんと上がっていたから。


「行こうか。今日は車をレンタルしてきたんだ」


 マンションを出ると、エントランスの前のお客様駐車場に、白い乗用車が停まっていた。


「麻璃子さん、覚えてる? 」

「はい」

「彼女の車だから、ちょっと女性仕様な感じだけど……」


 車を開けて納得した。


 内装が限りなくピンク一色。座席はカバーを張り替えたのだろうか? 淡いピンクで、ハンドルカバーもピンクだった。置いてある小物までひたすらピンクで、メルヘンな感じが漂っている。


「あの人、あんなにクールな見た目で、実は昔から少女趣味でね」


 忠太郎は戸惑ったように運転席に座り、ピンクのハンドルを握った。これで忠太郎にピンクのメッシュが入っていたら、知らない人が見たらこの車は忠太郎の趣味だと思われ兼ねないだろう。

 だからメッシュは止めたのか……と、愛理は勝手に理解した。


「可愛らしいと思います」

「愛理ちゃんも、車をもし持ったら、こいいうふうにしたい? 」

「……いえ。可愛いとは思いますけど、私には似合わないし。普通に乗るかな」

「似合わないことはないと思うけど……まあ普通が無難だよね」


 普通が無難……まるで自分に言われた言葉のように心に刺さる。


 難が無い、そうよね? 無難と聞くとどうでもいいようなイメージを受けるけど、実際には悪いことがないって、良い意味にとろう。

 車に対しての評価を、自分のことと受け止めた愛理は、ポジティブに受け止めようと、無難という言葉を噛みしめ受け入れる。


 こんな車でひいていないかを気にする忠太郎と、を自己評価として受け取った愛理は、微妙な雰囲気の中車に乗り込み、お互いにひきつった笑みを浮かべながら車を発進させた。


 忠太郎の運転は、性格が出たように非常に穏やかで安全運転だった。

 乗り慣れると、ピンク色の内装にも違和感を感じなくなり、愛理は久しぶりのドライブに窓の外を眺めては、忠太郎に感想を述べていた。楽しそうなその様子に、忠太郎も自然と穏やかな笑みを浮かべる。


「愛理ちゃんは、ドライブが好きなんだね」

「そうですね。うちは車を持っていないので、凄く目新しいです」

「車酔いは大丈夫? 」

「はい。遠足の時も酔ったことがないので、大丈夫だと思います。私、うるさいですか? つい色々喋ってしまって……。運転に集中できませんよね」


 いつもはどちらかというと無口な方なのに、忠太郎と出かけられるのが嬉しく、つい浮かれてしまっていた。


「いや、気にしなくていい。喋ってくれた方が眠気覚ましになるし」

「眠いですか? 」


 昨晩愛理を探しに来てくれたせいで寝不足になってしまったのか……と、愛理はシュンとしてしまう。


「俺は万年寝不足なんだよ。仕事してるから寝れないのか、寝れないから仕事してるのかわからないけど、だいたい一日三~四時間くらいしか寝ないから」

「それしか?! 私なんて、八時間は寝ますよ」


 忠太郎はクスリと笑った。


「健康的で羨ましいよ」


 沢山寝れるなんて、子供だとアピールしてしまったように思われて、愛理は即座に後悔した。でも、実際にそれくらい……下手したら十時間以上寝てしまう日もあり、嘘をつく訳にもいかない。


 忠太郎からしたら、八つも年下の自分は子供にしか見えないのかもしれない。

 対等は無理だとして、まるっきりの子供扱いはされたくない! と、愛理はさりげなく忠太郎を観察した。

 忠太郎は、普通に愛理が知っている男性の中では規格外で、どんな女性が忠太郎の横にいて不自然にならないのか想像しにくかった。


 恋人なんておこがましいから、せめて友人の一人になれたらと思うようになっていた。

 偶然財布を拾ったことから繋がった縁。何度も助けてもらい、忠太郎の部屋を片付けるというバイトを受けたことで、何とか途切れることはなかったが、まだまだその糸は細く、いつ切れてもおかしくないのだ。


「どうした? 」


 前を見て運転していた筈の忠太郎と目が合い、忠太郎の横顔を見ていた愛理は慌ててうつむいた。


「いきなり静かになったからさ。気持ち悪くなったらすぐに言ってね」

「それは大丈夫です」

「もうすぐつくからね」

「はい」


 赤信号の時に、さりげなく愛理の様子をチェックするあたり、忠太郎の気遣いを感じてしまう。


 車が動きだし、愛理は再度忠太郎を横目で見る。ハンドルを握る手を見て、昨日さりげなく引かれた手のことを思いだし、一人赤くなる。

 大きいけれど繊細な手をしていた。男の人の手で、こんなにしなやかな手は知らない。女性の手よりも綺麗なんじゃないかとさえ思えた。


 また、触りたい……。


 愛理の中で、今まで感じたことのない欲求が湧いてくる。


 あの時は、場所も場所だし、危ないと思って手を引いてくれたのだろうが、もう二度と触れることはないのだろうか?

 軽く触れるくらいしか繋いでくれなかったけれど、もしもしっかりと握られたら、あまつさえ恋人繋ぎなんかされたら、多分何も考えられないくらい舞い上がってしまうかもしれない。


 自分の妄想にカーッと身体を熱くしながら、初めて愛理は異性に対して欲情を覚えた。セクシャルなものとしてはかなり程度が低いかもしれないが、経験値から考えると、愛理には十分刺激的な妄想であった。







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