第15話 最低男、御用!
愛理がスポーツドリンクを買ってきたり、悪酔いにはチョコが良いと聞いたことがあり、チョコを食べさせたりと、酔い潰れた女性を甲斐甲斐しく介抱している中、女二人(主にるりだが)に睨まれた大樹は、シュンとして地面に正座させられていた。
ブランコしかない公園で、ベンチも一つしかなく、そのベンチは酔っぱらった女子を休ませているため、ブランコの柵にるりと杏は寄りかかるようにして大樹を見下ろしていたのだが、その圧が凄すぎて、愛理はあの中に入ることはできなかった。
「あの……大丈夫? 」
「うん……かなり楽になりました。ありがとう」
スポーツドリンクを飲み干した女子は、ベンチに寄りかかって辛そうにしていたが、喋れるくらいには酔いがさめており、今の状況を理解できないようで、愛理に質問してきた。
「あの……もしかして、私……飲み過ぎて倒れてたりしたのかな?何でこんなとこにいるんだろう?」
「あなた……、大樹君とコンパしてたよね? 」
「大樹君? 」
大樹という名前に聞き覚えがないのか、首を傾げる女子に、愛理は大樹を指差して示した。
「ああ、彼ね。そうね、いたかも。名前知らないけど。で、何で彼土下座してるの? 」
どうやら、大樹とラブホテルに入った記憶すらないようだ。
「君、あの男とホテルにいたんだけど、その記憶は? 」
忠太郎の存在に今さら気がついたようで、女子は忠太郎の言った内容にか、忠太郎本人にかわからないが、ギョッとしたように忠太郎を見上げ、隣りに座っていた愛理にしがみついてきた。
「たろさんです。あっちにいるるりちゃんと二人で、ホテルから助けてくれたんですよ」
「ホテル……って? 」
「君は、あそこにいる男とラブホテルにいて、その……脱がされてベッドに……」
「はあ?! あんな男知らないし!合コンにはいたけど、話しなんかしなかったから。何で私とそんなとこにいるのよ」
脱がされて……って、たろさんは彼女の裸を見たってことですか?! ……愛理は口をパクパクさせ、声にならない疑問を忠太郎に投げ掛ける。
「何でか……説明してあげればぁ」
大樹を引っ張ってきたるりが、大樹を女子の前に立たせた。
「それは……介抱のために」
「ふーん、介抱のためにぃ、自分もスッポンポンになるんだぁ」
女子は険しい顔で大樹を睨み付け、自分の身体を両手で抱える。
「はい、これ証拠写真ねぇ」
女子の顔はうまく見切れていたが、まさにその場面というような写真をスマホに写し出して見せた。
「あ、これは流出したりしないからねぇ。この男の悪さを証明するためにぃ、撮らせてもらったのぉ。ほら、顔も身体も写ってないからぁ」
「私……だ」
さすがに自分だということはわかるらしい。
「あんた! 私に何したのよ?!」
「大丈夫よぉ、まだヤる前だったから。まあ、多少は触られたかもしれないけどねぇ」
「触ってない! まだ触ってない」
「これって、同意はありませんよね? 」
杏が気になる所を聞く。
「同意なんかあるわけないじゃない! こいつなんか名前すら知らないんだから。」
「いや、覚えてないだけで、コンパの終わりに話して、話しが盛り上がって……」
「なわけないじゃん。彼女、彼氏がカミングアウトしたって荒れてたしぃ。るり、耳いいから聞こえちゃった」
「そうよ! 五年も付き合って、結婚だって考えてたのに、今さら実は女性になりたいとか、男の方が好きなんだとか言われたって納得できない! なら何で私と付き合ったのよ! 彼以外なんて考えられないのに……」
いきなり号泣始める女子に、愛理はハンカチを差し出し、背中をさすった。
「私は、女になったって、康太のことが好きなのよ! こんな男眼中にないわ。そうよ、女になっても変わらないのよ。私には康太だけなんだから……」
女子は、フラフラと立ち上がると、歩いていこうとする。
「俺、タクシーまで送ってくるから」
忠太郎が女子の後について公園を出ていった。
「彼女……大丈夫かな? 」
「歩けてたから大丈夫じゃない?大樹のことも未遂だったわけだしぃ」
ここに未遂に終わらなかった女子が揃っている中、大樹は身体を縮こませていた。
「で、彼女の名前とか連絡先とかは知ってるんでしょ? 後で連絡したいから教えてよ」
杏が詰め寄ると、大樹はブンブンと首を横に振った。
「スマホ、貸・し・て」
るりは大樹からスマホを奪うと、アドレスをチェックする。
「やだ、本当にないわぁ。大樹、名前も知らない娘にまで手出そうとしたのぉ? 獣過ぎるぅ」
ケラケラ笑うるりは、大樹を真面目にどつく。口調はふざけた感じだし、顔も笑っているが、目が笑っていないため、非常に怖い。
るりにどつかれてよろけた大樹は、愛理の座っていたベンチに座りこんでしまう。その際、愛理の太腿に大樹は手をつき、大樹はいきなり愛理に抱きついてくる。
「ヒッ……!!」
「あっ、こら! 」
「愛理は俺のこと信じてくれるよな?! おまえとも付き合うって話ししてから関係したし、無理強いなんかしたことないよな?! つい他の女にも目移りしちゃったこともあったけど、俺はやっぱり……」
話している途中に、大樹は首根っこを捕まれてベンチから引きずり下ろされた。
「たろさん! 」
愛理は、忠太郎の後ろに走って隠れる。
「おまえは、本当に懲りないな。また、この女に握りつぶされたいのか? 」
大樹はるりを見て、慌てたように股関を押さえる。
「ウフフ、潰しちゃうと使えなくなるからぁ、その手前で止めとくわぁ」
「あんた、まだこんな男と関わるつもりか? 」
最低最悪なクズ男を見下ろしながら、忠太郎は理解できないようにるりに問いかけた。
「ただのセフレだけどねぇ。るりは沢山いるけどぉ、罰としてるりだけにさせとくわ。一緒に住んで監視することにする。愛理にも連絡させないようにするから、安心してねん」
るりは、大樹のスマホを目の前で初期化してしまう。
「あっ!! 」
大樹が慌ててスマホに手を伸ばそうとし、るりにジロリと睨まれて手をパタリと落とした。
「杏さんには、とりあえずさっき謝らせたのぉ。証拠の動画撮ったし、訴えるかどうかは彼女が決めると思うしぃ、愛理はどうするぅ? 」
「どうするって? 」
「土下座とかさせるぅ? それとも訴えたりするぅ? 」
「そんなこと……」
愛理は忠太郎の背中のシャツをつかみながら、大樹を見ることができずにいた。
「訴えるなら、弁護士は紹介できるよ」
「ううん、そんなことしない。最初はわからないけど、……好きな時期もあったもの」
「愛理! 」
大樹が笑顔で顔を上げ、立ち上がろうとしたところを、るりに首根っこを押さえられる。
「るり達は、杏さんのこととかぁ、もう少し大樹と話しがあるから場所変えようと思うけどぉ、愛理……達はどうする?」
忠太郎はほぼ無関係なのだから、どうする? というのもおかしい気がして、るりは微妙な表情を浮かべた。杏にしたら、これから自分にしたことについて詳しく詰め寄ろうと思っている訳だから、見ず知らずの男にいて欲しくはないだろう。
「私は……私達は帰るよ。ね、たろさん? 」
「ああ、送るよ」
大樹を引っ張るように公園を出ていく二人を見送り、静かになった公園で忠太郎と二人っきりになった愛理は、小さく息を吐いた。
「うん? 」
「いえ、たろさんがきてくれて本当に良かったなって思って……。あの彼女も無事だったわけだし」
自分も最悪な目に合うところだったというのに、他人の無事を喜んでいる愛理に、本当にこの娘は大丈夫なんだろうか? と、忠太郎は不安になる。
「愛理ちゃんもね」
「ああ、そうでしたね。彼女のことがショッキング過ぎて、忘れてました」
「忘れちゃダメでしょ。二度とこんなとこに来たらダメだよ」
「そうですね。一人では絶対に来ません」
「……一人では……ね」
苦々しそうに言う忠太郎に、愛理は一瞬キョトンとしたが、すぐに真っ赤になって頬を押さえた。
「ち……違いますから! 二人でくるとか、そういう意味じゃないです! 」
「まあ、気をつけてよ」
忠太郎は苦笑し、男とラブホテルに入る愛理を想像して、何やら不愉快な気持ちになる。それが自分なら……と考えそうになり、頭を振った。
今まで出会ったことがないくらい純粋で、人を信じやすく、何にでも一生懸命で……。キャーキャー騒がしい若い女子大生と違い、おっとりと控え目な愛理は、忠太郎の回りにはいないタイプの女子だった。
このまま変わってほしくないという気持ちと、このままだと愛理が傷つけられることがあるんじゃないかという不安でいっぱいになる。
そんなことを悶々と考えていると、控え目に愛理に袖を引かれて我に返った。
「……たろさん、あの」
「ああ、ごめん。ちょっと、考え事をね」
愛理がジトッと忠太郎を見上げており、その口は何か問いかけたそうに半開きになっていた。
口紅も塗っていないその唇に、何となく視線が釘付けになり、忠太郎は意識して視線を外した。
「やっぱり……見たんですね」
「……は? 」
「ラブホテルで、あの女の人の裸を見たんですね?! 」
忠太郎が愛理のことを考えている間、同じように愛理も忠太郎のことを考えていた。
ラブホテルに踏み込んだ時、忠太郎が女子の裸を見たのか見なかったのか! それが愛理の頭を占めていた。
「見たかどうかって言われたら、それは少しは見えてしまったけど、でも……極力見ないようには……」
「見たんですね?! 」
愛理に詰め寄られ、忠太郎はベンチから落ちそうになりながら、なんとか踏みとどまる。そのせいで、愛理との距離はかなり近いものになってしまっているのだが、愛理はあまりに憤り過ぎて、普段ならあり得ない距離にも気がついていなかった。
「見たかった訳じゃないし、もし見えたとしても、俺は別に何とも思わない」
「どうしてですか?! 若くて綺麗な女性の裸ですよ?! 」
「若くて綺麗な女性の裸は見慣れてる。だからって、何とも思わない」
「み……見慣れてる?! 」
思わず愛理は、忠太郎の胸ぐらをつかむ形で胸に触れてしまい、慌てて忠太郎から離れた。
「ごめんなさい。……その、たろさんが女性の裸を見たと思ったらショックで……。いえ、私達が頼んで行ってもらったんだけど。でも……」
「俺の職業は下着メーカーのデザイナーだけど? 」
「はい? 」
「今は社長業のがメインになってるけど、修行に行っていた時は新作のショーとかの手伝いとかしたし、下着のショーって、ほぼ全裸のモデルがうじょうじょいるんだよね」
「うじょうじょ……」
「だから、今さら女性の裸を見ても何とも……ね」
実際のところ、裸の女性のデッサンは新作を作る上で行うことはあるし、新作を作るとフィッティングまで行うので、胸や尻を触ることなど何とも思っていない。そんなことを愛理に言うとひかれそうなので、忠太郎はあえて口をつぐむ。
「そう……ですか。そんなに見慣れてるんですね」
モデルと言えば、身体はもちろん顔も美しいに決まっている。そんな女性を見慣れている忠太郎、そんな女性達に囲まれている忠太郎。自分なんかコケシくらいにしか見えていないだろう。
愛理はため息を飲み込んで、笑顔を作った。
「くだらない質問をしてすみませんでした。そろそろ帰りましょう」
「ああ、家まで送るよ」
忠太郎が立ち上がり、愛理に手を伸ばした。
その手にそっと手をのせて立ち上がると、そのまま手を引かれて公園を出た。
イヤらしさとかなく、ごく自然に繋がれた手を、忠太郎は必要以上に意識を集中していたのだが、忠太郎はそんなことを表に出さずに歩いていた。
ただ、ちょっと振り返って愛理の顔を覗き込んだら、愛理の隠された感情に気がつけたかもしれない。
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