第13話 呼び出されて
「こっちこっちぃ」
ヒラヒラと手を振るるりに、愛理はホッとしたように表情を弛ませ、るりが座っている席に歩いて行った。
深夜というわけではないが、それなりに遅い時間、繁華街を一人で歩くのがこんなに怖いとは思わなかった。
誰に声をかけられた訳でもないが、酔っぱらいのサラリーマンや、客引き、ホストのような男、二次会へ向かう大学生の集団等々、人の多さにビクビクしながら、誰にもぶつからないように注意しながら、るりの指定した店まで、胸の前にしっかりと鞄を抱き締めながら歩いてきたのだ。
「るりちゃん、お待たせ」
「待ったよぉ。もぉう、三組くらいのリーマンに声かけられちゃったじゃん」
「ごめんなさい」
愛理が座ると、店員がすぐに注文を取りに来る。
「私、オレンジジュースで」
「飲まないのぉ? 」
「明日、バイトだから」
「バイトなんかしてるのぉ? いがーい」
「あの……、斎藤杏さんに電話してくれたのかな? 」
電話を切った後、るりからラインで杏の電話番号を聞かれたのだ。それから一時間ほどして、今いる居酒屋にきてと連絡があり、愛理は時間も時間だったがやってきたのだ。
「したよぉ。あっ、あれかな? 」
るりは、店に入ってキョロキョロしている女の子に向かって手を振った。
「宮園るりさん? 」
「そうよぉ。あなたが杏さんね?ああ、こっちは愛理ね」
杏がくることは聞いていなかった愛理は、マジマジと杏を見つめてしまう。杏は、サラサラストレートの黒髪で、切れ長の目をした和風美人だった。くりくりした大きな瞳のるりと並ぶと、全くタイプは違うが、よりお互いの良さを引き立てていた。
「さっきは電話で……」
「はい……」
微妙に居心地が悪いというか、三人共に一人の男性を共用している関係というか、るりだけは涼しい顔で、愛理と杏は居心地悪そうに座った。
「それにしてもぉ、やっぱりあいつってばタイプとかないよね。ヤれればいいって感じぃ? 」
るりはウケるぅッと笑っているが、愛理も杏も苦笑いというか、るりの真意がわからずに、ただただ微妙な表情で笑うしかなかった。
「あの、るりさんの話しを聞かせていただけるって……」
「ああ、酔い潰してやっちゃうってやつね。そうなんじゃなーい?」
「「えっ?! 」」
愛理も杏も、まさかの肯定にキョトンとする。
「だってぇ、愛理の性格からしたらぁ、付き合ってすぐにヤる訳ないじゃん。キスだってぇ、半年一年かかるタイプだよねぇ」
仲良しではなかったけれど、るりは幼馴染みの愛理の性格はよくわかっていた。おぼこい愛理が、いくら好きになった相手とはいえ、すぐに身体を許すとは思えない。
「るりはぁ、大樹がドストライクだったからぁ、酔っぱらったフリしてたけどね。だからぁ、朝起きてぇ、大樹が適当に言い訳したのにのっかってぇ、彼女になったんだけどぉ。でもぉ、実際はそんなに酔ってなかったからぁ、嘘しか言ってないのは気づいてたよ」
るりは、髪の毛を指にクルクル巻きながら、ニコニコ笑っていた。
「つまり、酔って意識ないフリして、あの男に抱かれたの? 」
「そ。あいつ、介抱するフリしてラブホに連れ込んでぇ、ラブホついたらぁ、楽にしてあげるねとか言ってぇ、チャッチャと洋服とか脱がしてさ、目が覚めないか色々試した後、いきなり突っ込んできたもん」
「付き合うとかいう話しは? 」
「ないない。ただ、ヤってる最中にぃ、好きだ、俺ら付き合えて嬉しいよとか勝手にほざいてたよ。いきなり目を覚ました時の予防線かな」
「……酷い」
自分の時もそうだったのか……と、愛理は目の奥が熱くなっていく。
「ほら、あそこ見てぇ」
るりが指差した奥に座敷の半個室があり、男女が三人三人で飲み会をやっているようだった。そのうちの一人に、大樹の姿があった。
「あれ! 」
「懲りずによくやるよねぇ。今日も合コン」
「るりちゃん、大樹君とヨリを戻したんじゃ……」
「だから、セフレだって」
愛理には、るりが何を考えているかさっぱり分からなかった。あんな人間だってわかっても関係が絶てないくらい、大樹のことを好きな筈なのに……。
「多分、今日もお持ち帰りしそうねぇ」
大樹の横で話している女性ではなく、一人ピッチよく飲んでいる女性に目をつけてるりは言った。
「あの子、多分彼氏にフラれたとかぁ、そんな感じっぽいね」
「何で? 」
「飲み方が荒れてるもん。大樹も、彼女のことチラチラ見てるし。ほら、席チェンジした」
確かに、大樹は泥酔一歩手前くらいの女性の横に移動した。酔っぱらっているせいか、みな大きな声で話しており、大樹達の会話がチラホラと聞こえてくる。
それでなくとも飲みすぎている彼女に、大樹はさらに酒を進めているようだった。
「そう言えば、私もあの時彼氏と喧嘩してて、荒れた飲み方してたかも」
杏が思い返して言う。
「私は彼氏も何もいませんでしたけど……」
「愛理はぁ、初コンパでテンパって、どうせ許容範囲越えて飲みすぎたんじゃないのぉ? 」
全くその通りだった。
そんな会話を頭を寄せながら声を殺してしつつ、大樹を見張っていた時、愛理のスマホが鳴った。見ると、忠太郎からの着信だ。
「ちょっと、愛理! ばれるから」
「ごめん、ちょっと……」
愛理は、スマホ片手に席を立ち、電話に出ながら店の外に向かった。
『はい、愛理です』
『……あれ、家についたんじゃなかったの? 』
電話の後ろのざわついた音に、忠太郎は愛理が家にいないことに気がついたようだ。
『実は……』
杏からの電話から、るりに呼び出されたこと、今は三人でいて、そこで大樹がコンパをしていたことまで話した。
『つまり、愛理ちゃんは今外にいる訳だよね? しかも、あの元カレも側にいる』
『あ、でも気づかれていないし、るりちゃんもいるし……』
数秒の沈黙の後、忠太郎は低い強張った声をだした。
『……今、どこにいるの? 』
愛理が説明すると、分かったと言って電話が切れた。
えっと……?
愛理は戸惑いながらスマホの待受画面をぼんやり眺める。
忠太郎の声、いつもの穏やかで柔らかい感じじゃなかったような。
こんな夜遅くに出歩いて、いけない子だと……嫌われてしまったんじゃないか? そう思った途端、家にいれば良かったと、今ここにいることを物凄く後悔する。
席に戻ってからも、忠太郎のことで頭がいっぱいになり、二人の会話は耳を素通りしていて、ラブホに突入して証拠を押さえようとか二人が話していることに気がついていなかった。
それから三十分ほどして、フラフラとトイレに立った女の後を、その女の鞄を持った大樹がついていった。
この店はトイレが店の外にある。
「あれ、多分抜けようとしてるかもぉ」
「私、見てくる」
杏がスマホを片手に大樹の後を追った。
数分して、介抱するフリをした大樹が、女を連れてエレベーターを降りていったと、るりのスマホに連絡がきて、杏は今階段を猛ダッシュしているとのことだった。
「よし、行くよぉ」
るりは伝票を持って立ち上がり、ポワワンとした口調のわりに素早い動作で会計を済ませ、階段を使って一階まで下りる。
「るりちゃん……待って」
全体的に運動神経のトロイ愛理は、転びそうになりながら階段を下り、ワンテンポ遅れて一階についた。
るりはスマホで杏と連絡を取りつつ、器用に酔っぱらいの人混みを駆けていく。愛理は人にぶつからないように気をつけながら、走るというより右に左にジグザグに歩きながら、どんどんるりとの距離が開いてしまう。
人通りが少なくなり、やっと真っ直ぐ歩けるようになった時には、すっかりるりの姿は見えなく、回りには二時間休憩か宿泊か書いてあるようなホテルが立ち並ぶ場所に一人立っていた。
ここはいわゆるラブホテル街?!
一回、大樹と初めて関係した時、そういうホテルを利用したが、あの時はパニクり具合が半端なく、ほぼ記憶なんかなかった。
こんな道を腕を組んで歩く男女は、ほぼホテルを利用するつもりな訳で、つまりはあの高校生っぽい若いカップルも、父親くらいの年で若い女性と手を繋いで歩くカップルも、みんなみ~んな、後数分もすれば裸で抱き合っているんだろう。そう思うと、愛理は硬直して身動きがとれなくなる。
そんなカップルばかりが歩く中、露出の多い女性が道に立ち煙草を燻らせていた。その女は、一人で歩く男性を見つけると、すり寄るように近づき腕絡ませた。
こんな場所で待ち合わせ?! と驚いて見ていると、男性が首横振り、女は離れていく。
女はまた別の男性にすり寄ると、今度は揃ってラブホテルに入っていった。
「お姉さん、いくら? 」
「えっ? 」
さっき、女に声をかけられていた男性が愛理に声をかけてきた。
「なんか、ウリっぽくない感じがいいよね」
「ウリ? 」
「一万……一万五千円でどう? ほら、行こうよ」
愛理の腕を掴み、すぐ横のラブホテルに引っ張って入ろうとする。
「や……嫌ッ! 」
男の力は予想外に強く、愛理はズルズル引きずられ、ホテルの入り口に足を踏み入れてしまった。
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