第11話 合意の有無
あれから数日がたち、愛理は大樹からの連絡がないことにホッとしつつ、珍しく大学の友人と食事をしていた。
彼女は大学からの受験組で、内部生である愛理とは雰囲気が違った。明るく誰とでも親しくでき、世話好きで、いつでも元気なイメージのある娘だった。
「愛理ちゃん、そういえば前のコンパで知り合った人と付き合ってたよね? 」
ちょうどスパゲッティを飲み込もうとしていたところ、いきなり大樹ネタを振られて愛理はむせてしまう。
「ごめん、話しかけるタイミング間違ったね。ほら、水、水飲みなって」
玲奈に背中をトントンと叩かれ、愛理は咳き込みながら水に手を伸ばした。
「もう……別れたから」
「そう? なんだ、じゃあ良かった」
「何で?」
玲奈は少し口ごもったが、いつもの明るい笑顔になる。
「あの男、あんまり良い噂聞かないからさ。コンパの時だって、全然話してた様子なかったのに、愛理ちゃんがトイレに立ったと思ったら、その後二人とも戻ってこなくてさ。他の男子の面子が、あの二人は意気投合して二人で店代えたみたいだって言ってたんだけどさ……、絶体に会話なんかしてなかったもん」
何やら大樹から聞いていた話しと違う。
「そうなの? 実はほとんど記憶なくて。大樹君からは、コンパで話しが合って、お互いに好きになったんだみたいなこと言われたけど……」
「そうなん? コンパの最中は全く喋ってなかったけどな? その後で二人で飲んで意気投合したのかな? でさ、あの後付き合うことになったみたいだって聞いて、うちら実はホッとしたんだよね。無理やり連れて行かれたんじゃないか、 犯罪なんじゃないかって、心配してたから」
そういえば、あの時は大樹とのことがショッキング過ぎて、他のことには頭が回らなかったが、玲奈達から何度も電話の着信が入っていた。それにに気がついたのは、かなり時間がたってからだったが。
「ごめん、心配かけてたんだね」
「それはいいんだけどさ、とりあえず愛理ちゃんには初彼氏じゃん。そっと見守ろうって話してたんだけど。……、この前コンパで愛理ちゃん彼氏と偶然遭遇してさ、あっちは覚えてなかったみたいなんだけど、そのコンパでも女の子お持ち帰りしてたんだよね」
「えっ? 」
玲奈は、話しづらそうに水を一口飲み、スパゲッティの麺をクルクル巻いては、皿の上で弄んでいた。
「私もよく知らない子なんだけど。人数が合わなくて、幹事の子の知り合いの知り合いみたいな感じで呼ばれたみたいで。それがさ、その子、合意じゃなくて酔っぱらった勢いでやられちゃったらしくてさ、今ゴタゴタ揉めてるんだ。愛理ちゃんと別れてるんなら良かったよ。下手したら訴える訴えないって話しになりそうでさ」
大樹が訴えられるかもという内容の話しも衝撃的だったが、何よりも驚いたのは、合意じゃなくてあの行為ができてしまうということだった。
「玲奈ちゃん……。あの、合意じゃないって、つまりはどういうことなの? お互いに合意じゃなくてできてしまうものなの? 」
玲奈は一瞬ポカーンとし、それから愛理の肩を叩いて爆笑した。
「やだ、愛理ちゃん! 真面目で話してるの? 合意なんかなくても、そりゃできるでしょうよ」
「だって、そんなことしたら……裂けちゃうよね? 」
愛理は声を潜め、辺りをキョロキョロと見渡しながら玲奈に顔を寄せた。
普通にしても痛くて我慢を強いられるような行為なのに、合意がないと入らないんじゃないかと思われた。愛理は大樹しか知らないし、大樹は愛理に対しては自己チューなSEXしかしていなかったから、愛理にとってSEXは気持ちの良いものではなく、できればしたくないものだった。
「裂ける人もいるかもだけど、さすがにそこまでしたら完璧レイプじゃん? いや、まあ、合意がなければ立派にレイプか? 」
なるほど、どうするのかはわからないが、合意がない行為もあるんだということに、いまさらながら思い当たった愛理は、もしかして自分も最初は大樹にそうして奪われたんじゃないかと疑った。
いくら意気投合し、お互いに好きだと気持ちを交換したとして、男女経験のない愛理が、いきなり大樹に身体を許すだろうか?
自分の性格は自分がよく知っている。しかし、お酒を飲んだ時、もしかしたら自分の性格は信じられないくらいかわるのだろうか?いわゆる酒乱……というほど。
誰も見ていた人がいないのだから、何が正しいか分からない。
「あの男、質が悪いみたいだから、別れて大正解だよ」
「……うん」
歯切れが悪かったのは、大樹への未練ではなくて、るりのことを心配したからだった。
玲奈が愛理を夕飯に誘ってくれたのは、大樹の話しをするためだったらしく、スパゲッティを食べ終わると、さほど長居をすることもなく店を出た。
「じゃあ、また来週大学でね」
「うん、またね」
駅で別れたら愛理は、ホームのベンチに座ると、スマホを握りしめて電車を数本やり過ごし、るりに連絡をとるべきか悩んでいた。
スマホがブルッと震えて、ラインの着信を知らせた。愛理がラインで連絡をとっている人間は限られているため(家族か……大樹くらいしかいなかった)、ラインをドキドキしながら開いた。
見ると、忠太郎からのラインでホッとする。
武田:明日バイトですよね? 何時に来ますか?
明日は土曜日。
忠太郎との約束の日だった。
愛理:明日は一日中あいてますので、何時でも大丈夫です。たろさんのご都合の良い時間に合わせます
すぐに既読がつき、忠太郎から返事が届く。
武田:では、11時でどうでしょうか? 掃除の前に付き合ってもらいたい場所があるんですが、大丈夫ですか?
愛理:大丈夫ですけど、どこですか?
武田:友人が絵の展示会を開いたので、一度顔を出せと言われてるんです。ちょっとメルヘンチックな画風なので、男一人だと入りにくくて。
絵本の挿し絵のような童画の中を、神妙な顔をして歩く忠太郎を想像して、思わずクスリと笑ってしまう。
愛理は回りをキョロキョロ見て、誰にも見られていないことを確認して、顔を引き締めた。
愛理:ご一緒させていただきます。
武田:じゃあ11時に迎えに行きます。そっちからのが近いので
迎えに……というのは家にだろうか?
愛理:うちまでいらしていただけるんですか?
武田:もちろん。俺が誘ったんだから
なんか、デートみたい……。
彼氏いた歴数ヶ月、一度も外で会ったことのなかった愛理にとって、男性と遊びに出かけた記憶なんか、生まれて一度もなかった。
意識しないように意識して、愛理は鼓動が速くなるのを押さえようとする。
愛理:では、待ってますね。たろさんは今はお仕事中ですか?
武田:そう。夕飯休憩中。愛理ちゃんは家かな?
愛理:今、駅のホームです。友達と夕飯を食べた帰りなんです
武田:もう遅いけど、大丈夫?
遅いと言っても、まだ八時前だ。
暗いことは暗いが、人通りがない時間帯ではない。
愛理:大丈夫ですよ。まだ人通りありますから
武田:何かあったら、大きな声を出すんだよ。いや、お母さんに迎えにきてもらった方がいいんじゃない?
なにやら、過保護なお父さんみたいだ。
武田:もし何だったら、駅についたら電話して。電話で話しながら歩くといいって聞いたことあるし
忠太郎にしてみれば、大樹に待ち伏せされた時に愛理が震えて座り込んでしまうくらい怖がっていたのを見ていたし、ああいう自分勝手な男は、逆上すると何をしでかすかわからないから、用心に用心を重ねた方がいいと思っていた。
愛理:なるべく母に迎えにきてもらうようにします
忠太郎から、ピンクのインコが黄色い旗を振っている「気をつけてね」というラインスタンプが送られてきた。
愛理は、これをあの忠太郎が送ってきたのかと思うと、何かジタバタと悶えたくなるような、胸がキューッ!! となるような、そんな感情に支配される。
なんでしょうね? 男の人には失礼な感情なんでしょうけど、無茶苦茶可愛らしいです。
男の人からのラインでスタンプなんて、生まれて初めてもらったし、スタンプ一つでこんなに気分が上がるとは思わなかった。
愛理は、るりに連絡を取ろうか悩んでいたことも忘れ、忠太郎に送るスタンプ選びに没頭していた。
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