第9話 プレハブ

 部屋に散らかっていた物の大まかな分別を終わらせ、洗濯物を抱えてコインランドリーを三往復した。

 忠太郎の衣服はほぼ似たような物ばかりで、一応ラインで確認したが、クリーニングに出さなきゃならないような物はないとのことだった。色物とそうじゃない物を分け、タオルや下着……さすがに下着を触る時は抵抗があったが、忠太郎が下着だけ別に分けてくれており、こっちは洗濯は自分でやるからと言われたが、洗うのは洗濯機なので、コインランドリーの洗濯機に突っ込んでしまった。


 洗濯機が回っている間にプレハブの部屋に戻り、紙の分類をする。ちらかっていた箱に分類した紙を入れ、鉛筆で何が入っているか書いておいた。

 床が見えた所で床を掃き(掃除機がなかった)、拭き掃除をする。

 その途中で洗濯物が終わり、コインランドリーに取りに行く。

 屋上は広く、いくらでも洗濯物が干せたので、気持ち良いくらい洗濯物がはためいた。


「凄いな……」


 休憩がてら、愛理の様子を見にきた忠太郎が、壮観なその景色に目を細めて言った。


「とりあえず、全部洗ってしまいました」


 ちょうど下着を干していた愛理が、いつもの控え目な笑顔ではなく、満面の笑みで振り返った。


「なんか、気持ちいいですね。こんなに洗濯物をいっぺんに干すと」

「ああ、うん。下着まで悪かったな」

「すみません、どうせならと思って、洗ってしまいました」

「いや、洗ってもらえれば有り難いんだけど、若い女の子には申し訳ないというか……」

「いえ、父のも洗いますし、大丈夫です」


 洗濯物を全部干すと、愛理はプレハブの中に忠太郎を呼んだ。


「紙類はこの中です。レシート類はこの箱、書類のような活字の物はこの中に、デッサンのようなのはこっち、わからないのはこの中です。こっちはペットボトルや弁当箱をまとめました。これはゴミでいいですよね? 」


 細かく分別されゴミ袋に入っており、一目でゴミしか入っていないことがわかる。


「うん、ありがとう。これ、下のゴミ捨て場に持っていくな」


 忠太郎はゴミを捨てに行き、缶コーヒーとアイスクリームを買って戻ってきた。


「飲み物もなかったな。ごめん、気がつかなかった」

「いえ、ありがとうございます」


 二人で屋上にあったベンチに座り、コーヒーを開けた。


 洗濯物は凄い勢いではためいており、天気もいいから、この調子なら二~三時間くらいで乾いてしまいそうだ。


「あの、洗剤とか買ってきたいんですけどいいですか? 」

「洗剤? 」

「食器洗い用と、床とか拭くようです。一応水拭きはしたんですが、落ちにくい汚れとかあって」

「じゃあ、これ食べたら一緒に行こう。あと、何か欲しい物はない? 」


 愛理は、少し考えてからつぶやいた。


「洋服箪笥」

「箪笥? 」

「そこまで立派じゃなくていいんですけど、洋服を分類してしまっておける箱みたいなのがあればって」

「衣類の収納ケースみたいなのでいいのかな? 」

「はい」

「なら、下に数個余ってるな。何個くらいあればいい? 」

「タオル用、下着用、洋服用に三つくらい。合計五個くらいほしいですけど、そんなにあります? 」

「うーん、三つか四つはあったかな。じゃ、買い物した帰りに運ぶの手伝ってくれる? 」

「了解です」


 近所のドラッグストアーで洗剤を買い、始めて休みの会社というものに足を踏み入れた。

 誰もいないオフィスというものは、シーンと静まり返っており、なんとなく不気味というか、非日常の場所みたいなイメージを受けた。


「この階は全部うちの事務所が入っているんだ。あと上の二階とも。残業とかで帰れない社員のために、シャワー室と宿泊できる部屋もある」

「そんなに忙しいんですか?! 」

「まあ、やろうと思えばいくらでもすることはあるからね。俺が仕事しちゃうから、帰れないってのもあるんだろうと思って、最近はプレハブに仕事持ち込むようにしてるんだ。でも、基本は時間通りに帰れとは言ってるんだけどね」

「この前も、遅くまで仕事してましたね」

「この前? 」

「ええと、ラインで始めて連絡した時です」

「ああ、まあ、食べてるか寝てるかしてない時は、だいたい仕事してるな。俺のは趣味が仕事になってるから、好きなことやってるだけだけどね。あ、別に女物の下着が大好きな訳じゃないから。一応、男性下着も出してるし。下着ってさ、適当なの着ると姿勢もスタイルも悪くなるし、洋服にも響くだろ? その人間に合う下着をつけることが大事だし、それがお洒落な物だったらテンション上がらないか? 」

「そうですね。今までそんなにこだわりはなかったんですが……」


 彼氏ができるまでは、ブラとショーツが揃ってなくても気にしなかったし、多少ワイヤーが歪んでいても、気にせずに着たりしていた。忠太郎の会社の下着をネット購入して買ってみたが、その着やすさと体型補正力の凄さに、下着に対しての認識がかなり変わった。


「武田さんの下着は、とっても着ていて気持ちが良かったです。もう一着買おうかな」

「それなら、プレゼントするよ。掃除のお礼に」

「じゃあ、そのお礼にまたお掃除にこないとですね」

「そのお礼は何がいいかな」


 二人は顔を見合わせて笑う。


「エンドレスですね」

「そうだな」


 とりあえず、未使用の衣装ケースが三つあり、愛理が一つ、忠太郎が二つ重ねて運んだ。


「武田さんの上着は長いのばかりだから、ハンガーにかけて置いとけるといいですね」

「じゃあ、紐でつるしてみる? そのうちハンガーラックみたいなの買うかな」

「そうですね。洗濯ロープは沢山あったから、一つお借りしましょうか」


 とりあえず衣装ケースをプレハブに置くと、愛理は買ってきた洗剤で床の掃除を始めた。


「なんか、ずいぶん本格的に掃除してもらって悪いな」

「いえ、私、料理は苦手なんですけど、掃除とか洗濯は好きなんです」


 仕事が一段落ついたのか、忠太郎は邪魔にならないようにベッドの上で胡座をかき、掃除する愛理を眺めていた。


「俺はどっちもダメだ」


 それは、部屋を見ればわかります……と思ったが、愛理は曖昧に笑ってやりすごした。


「マジで、部屋の床を見たのはいつぶりかな。いや、財布落として最悪って思ったけど、財布落としたおかげでいいことあったよ」

「いいことですか? 」

「そ! 愛理さんと知り合いになれたからね」


 愛理はボッと赤くなり、床をごしごし擦った。それを穏やかな表情で見つめる忠太郎は、何かホノボノとした気分になっていた。仕事関係以外の人間と関わることがあまりないせいか、常に何かに追われてキリキリと生活をしている中で、家庭的な安らぎみたいな物を感じたのかもしれないし、全く害のない愛理に安堵感を感じたのかもしれない。


 この感情が何かはわからないが、この縁は大切にしたいと思った。


 忠太郎がそんな感情を噛み締めている時、床を必死にこすっていた愛理もまた、色んな意味でギャップのありすぎる忠太郎のことを考えていた。


 デザイナーで社長で、穏やかな口調で話す、まさに大人なこの男性は、思っていた以上に自分自身に無頓着で、放っておいたら埃まみれで病気になってしまうかもしれない。せめて週一でも掃除に来たいと言ったら、ひかれてしまうだろうか? お礼のお礼、そのまたお礼で、何とか掃除にこれたら……。


 忠太郎の健康を心配して、愛理は掃除洗濯をかってでたいと思っていたのだが、知り合ったばかりの自分がそんなことを言ってはひかれるんじゃないかと心配して言えなかった。

 また、心配ばかりじゃない心境も芽生えつつあったのだが、それは箱にしまい蓋を閉めて気がつかないフリをした。


 洗濯物も乾き、畳む物は畳み、衣装ケースにしまった。長い上着は忠太郎が張った紐にハンガーにかけて吊るした。愛理が持ってきた忠太郎の上着も一緒にかける。


「はあ……、きれいになるもんだね」


 片付け終わった部屋を見回して、忠太郎は感心したように言った。


「愛理さん、うちでバイトしない? 」

「バイトですか? 」

「そう、週に一回うちに掃除にこない? 時給……二千円でどうだろう? 交通費も出すよ」

「そんなに?! 」

「あと、夕飯もつけるよ」


 つまり、毎週掃除をしにきて夕飯を一緒に食べようと……なんかデートのようだ。


 でも、バイトであれば何も気にすることなく掃除にこれる(呼べる)。


「よろしくお願いします」

「うん。じゃあ、今日からバイトってことで」

「いえ、今日は昨日のお礼ですから。それに、今日のお礼に下着をいただけるんですよね。バイトならいただけないわ」

「ふむ、そうだね。じゃあ、来週からってことで。来週も土曜日でいいかな? 曜日は不定でかまわないよ。俺の用事がある時もあるだろうし。来た時に次の週の曜日を決めよう」

「わかりました。じゃあ、来週も土曜日でお願いします」

「了解。じゃあ、今日はお酒は控え目で夕飯どう? 」

「はい、ご馳走になります」


 異性と二人っきりで、こんなにくつろいだのは初めてだし、スムーズに話せたのも初めてだった。

 それが嬉しくて、愛理はすっかり大樹から電話がきていたことは忘れていた。

 そして、今、スマホの電源はついており、この後スマホを見た時、恐怖するくらいの着信とメール、ラインがきていたとは……。






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