第7話 男と女
「俺らって、マジで相性いいよな」
「……」
「マジで、これからはおまえだけだし、絶対に約束するから」
「……」
男は女の上で滝のような汗を流しつつ、小刻みに腰を動かしていた。
女は、男の動きに合わせるように腰を使い、行為にのみ没頭しているようだった。
「愛してる……愛してるよ」
男の薄っぺらい言葉を信じる気のない女は、これからくるだろう絶頂に備えてシーツを強く握った。男の動きが次第に強く激しくなっていき、女の口からも喘ぎ声が漏れ出す。
ほぼ同時に絶頂を迎えた男女は、しばらくベッドの上で動かなかった。
確かに、身体の相性は抜群で、若干男のナニには不満がなくはなかった(男は自分のモノに絶大なる自信を持っていた)が、それを補う持久力と経験豊富なテクニックで、SEXで女を繋ぎ止めておけると、男は自負していた。実際、繋ぎ止められている女は、男の背中を怨めしそうに見ながら、心の中でため息をついた。
「シャワー借りるねぇ」
先に動き出したのは女だった。
そして、いつもの口調で素っ裸のまま風呂場へ向かう。
その引き締まった尻を眺めつつ、風呂場のドアが閉まったのを確認してから枕下のスマホに手を伸ばした。
ラインやメールを確認し、返信した後、読んだものほとんどを消去する。もちろん、自分が送信したものも一括消去することを忘れない。
明日(もう今日であるが)は、OLとの合コンだ。秘書課と言っていたから、期待大だ。
今のところ、るりがダントツで見た目はいいが、明日の結果次第ではるりもその他大勢のセフレに降格かもしれない。
もう、愛理なんかに連絡とる必要もないな。まあ、最後に一回くらいは抱いてやってもいいけど。
男は、明日の合コンの成功(お持ち帰り)を疑うことなく、ベッドの上で一人ニタニタ笑っていた。
★★★
シャワーを浴び終わった女が、脱衣所に持ち込んだスマホを開いて、ラインをうった。
髪の毛からしたたる水滴が画面に落ちて、鬱陶しそうに髪をかきあげ、画面を手の甲で拭う。
ruriruri:愛理に謝らないといけないことがあるんだけど
ラインを読んだ形跡がつかず、さらに女は続けた。
ruriruri:大樹と……セフレになりました。もう、前みたいには付き合えないけど、割りきった関係ならいいのかなって。るりは、そういうの全然平気だし、ってか、そういう男友達多いし、愛理とは姉妹になっちゃったみたいだから、一応報告ね
女は、自分がうったラインの内容を見て、いつもの強気で自信満々な表情を曇らせる。
こんなの嘘だ……って思う。
モテモテで男付き合いが派手に見えるが、結局はお嬢様学校の純粋培養育ちだ。男が初めての相手ではないにしろ、そんなに男性経験が抱負なわけでもない。
そういうフリをしているだけだった。
男とも、遊びで付き合ったつもりはなく、本当に好きだった。何度も浮気され、我慢できなくなり別れたが、ずっと引きずっていて、男からやり直したいと連絡がきた時は、飛び上がって喜んだほどだ。それが、同級生にも手を出しているのが分かり、思わず怒りで拳を叩き込み、蹴りまでいれたが、やはりどうにも諦められなくて、申し開きはないのか! と、女から連絡をとってしまった。
好きなんだ、心を入れ替えるからと土下座され、いつしかキスされ、身体を開かされ……今に至るわけだ。
もちろん、男がが変わったとは思わない。でも、何故かこんな最低男に執着する自分がいて……。同級生には報告と言いながら、自分がヨリを戻したからと威嚇したようなものだ。
男のことが好きな自分が、ほとほと嫌になる。
「るり? 風呂長くない? 」
男が鍵のかかった脱衣所のドアをノックする。
「うるさいなぁ。他のセフレに連絡してたの。」
鍵を開けると、裸の男が女を抱き締めた。
「もう、俺だけでいいじゃん。ってか、俺だけにしてよ」
「大樹が、他の女達ときれたらねん」
「もう、他なんていないから。何なら、メールチェックしてもいいよ」
「どうせ、消してるだけでしょ」
その通りなんだが、男はシレッと嘘をつく。
「そんな訳ないじゃん。俺がるりだけだって、どうしたら信用してくれるかな」
まだ濡れた女の髪に顔を埋め、その細い腰を抱え上げる。
そのままベッドに倒れ込み、長い濃厚なキスをする。
都合の悪いことがあると、身体を繋いでごまかそうとする……男の常套手段だった。
女は、騙されたいからそれに気がつかないフリをした。
★★★
朝、昨日の服装のままベッドで目覚めた愛理は、ぼんやりと自分の部屋を見回した。
家に帰って来た記憶がない。
目が腫れぼったく、頭がしっかり働かなかった。
タクシーに乗った記憶はあった。そして、もちろんその前の記憶も。
タクシーで忠太郎の胸を借りて号泣して、背中を叩いてくれる手があまりに大きく温かくて……寝てしまったんだ!
愛理はプチパニックになる。
忠太郎が良い人だというのは、ヒヨコの刷り込み
いや、家にいるのは有難いのだが、愛理が歩いて自力で家についた記憶がないということは……?
そのことを考えて、愛理はプチパニックになっていた。
愛理は、唯一事情を知っているであろう母親の元に走った。
「ママ! ママ!! 」
部屋を出て、リビングダイニングにいるだろう母親を探す。
しかし母親はおらず、母親達の部屋へ行こうとする。
「何走り回ってるの。下に響くでしょ」
「ママ! 私昨日……」
「ああ、あなた女の人と食事に行くとか言って、嘘はダメよ」
「それは……」
母親は、取り込まれた洗濯物を抱えており、その中に家族以外の昨日見たばかりの上着を見つける。
「それ! 」
「ああ、武田さんに洗濯終わりましたって連絡しておいてね。あんたがヨダレまみれにしたから、お母さん手洗いしたのよ。武田さんは、洗濯機で大丈夫だって言ってたけど。ほら、まさかヨダレまみれで帰せないじゃない? だから、お父さんのシャツ着てもらって、こっちは預かったのよ。あんた、飲み過ぎね、目が酷いわよ」
ヨダレまみれ……!!
愛理はあまりのショックに声が出せなくなる。顔のことを言われたが、そんなことはどうでもよかった。
「あんた、飲み過ぎてタクシーで寝ちゃって、武田さんがうちに連絡くれたのよ。うちの番号が分からなかったから、勝手にスマホを見て申し訳ないって謝ってらしたわ」
「じゃあ、私を運んだのはママ?」
「私の筈ないでしょ? あんた、私と体重変わらないじゃない。あの人見た目はちょっと変わってるけど、とっても良い方ね。あんたをおぶって部屋に運んでくれたんだけどね、手を回す場所とか凄く気にしてらしてね、あれ見たら紳士的な人だって分かったわ」
「おんぶ!? 」
洋服をヨダレまみれにして、しかもおんぶまでしてもらって、申し訳ない気分と恥ずかしいやらで、愛理は目の前がクラクラしてくる。多少は二日酔いのせいもあるのだが、愛理はとにかくお詫びとお礼の電話を入れなくては……と、よろけながら自分の部屋へ戻った。
スマホを手に取ると、ラインが入っていることに気がつき、忠太郎からか? と、ラインを開いた。
入っていたのは、ruriruriというアドレスのものだった。
るりちゃん?
るりとはアドレスは交換していたが、同窓会幹事のグループラインしかしておらず、個人的なやりとりはなかった。
開くと、内容はやはりるりからのもので大樹との復縁を知らせるものだった。
それを見た時、もう以前みたいな胸の痛みを感じない自分に驚いた。昨日、大樹にへの想いで忠太郎の胸を借りて涙したというのに、一晩たった今、大樹がるりと関係をもったと分かっても、前みたいなせつない感情を抱くことはなく、るりのことを心配する気持ちでいっぱいになる。
昨晩、しゃがみこんでいたるりの背中を思い出す。
気の強い彼女のことだ、本当は傷ついていても、それはひた隠しにするだろうし、実際にそうだった。
愛理が大樹に惹かれたように、るりも本気だったんじゃないだろうか?
セフレになったって、割りきった関係でいいって、本気だとは思えない。
愛理:ごめんね、昨日は爆睡しちゃって、ラインに気がつかなかった。あの後、大樹君のとこに戻ったんだね。私はもう彼に関わるつもりはないし、私のことは気にしないでいいからね
ラインを送信してみたものの、るりと大樹の関係を突っ込むこともできず、当たり障りのない文章になる。
すぐに既読がついたが、るりからの返信はなかった。
愛理:もし何か話したいことかあったら、いつでも連絡してね
恋愛経験の乏しい自分がるりにアドバイスなんかできる訳もないし、ましては二人の関係性に口出しできる筈もなく、胸の中にモヤモヤする感情(大樹にではなくるりに対して)を覚えつつも、愛理はるりとのラインを閉じた。
今は何より忠太郎に謝罪のラインをしなくてはと、忠太郎とのラインを開き、そして一言も打ち込むことなく、電話の着信が鳴った。
相手は、大樹からだった。
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