第5話 最低男はやっぱり最低
その後、スープに魚料理、肉料理と続き、お酒もシャンパンの他に白ワインに赤ワインと料理に合わせて出てきた。
料理ももちろん、ワイン類も美味しく飲みやすく、愛理は許容量を超えて飲んでしまったが、それに全く気がつかなかった。
「凄く美味しかったです」
アルコールで頬が赤くなった愛理は、どんな化粧よりも色っぽく頬を染め、目もトロンとしていた。素面ではただの地味な少女だが、酒が入るとイメージがかなりかわる……と、忠太郎も程よく酔いながら愛理を観察した。
忠太郎にとって、女性の観察は仕事であり、「この女性に似合う下着は……」と考えることにより、インスピレーションが湧くのである。
「気に入ってもらえて良かったよ」
「そりゃもちろんですよ! こんな素敵なお店で、美味しいお食事を食べて、不機嫌になる人なんてありえません! 」
「そうだね」
相づちくらいしかうたなかった愛理が、酒が入って饒舌になったようで、それから色々会話をし始めた。
小中高校の楽しかった思い出、大学のこと。たぶん、他人が聞いてもそんなに面白くもない話しを、一生懸命、身ぶり手振りを交えて話し、忠太郎もうなづきながら聞いた。
デザートのアイスも食べ終わり、ワインを飲みながら、しばらく話していたが、忠太郎は壁にかかった振り子の時計に目をやり、二度見する。
まだ八時くらいだと思っていたのに、すでに九時になりそうだったからだ。
「もう九時になる。こんな時間までひき止めてしまって、ご両親が心配しているな」
愛理が親と同居していることをさっきの話しの流れで聞いていた忠太郎は、豊にチェックの合図を送る。
「九時? えっ? もうそんな時間ですか? 」
愛理もスマホを開いて時間を確認しようとして、電話が二件とメールが四件きていることに気がついた。マナーモードにしていたから気がつかなかったのだ。
誰からきているか確認して、愛理の顔つきが変わる。
「どうかした? 」
「……いえ別に」
さっきまでの機嫌の良い朗らかな表情から一転、眉に力が入り、険しい表情になる。そんな愛理を見て、明らかに「別に」という感じじゃないよなと思いつつ、忠太郎はカードで会計をすませた。
「家まで送るよ」
「いえ、それは大丈夫なんで。ちょっと行くところもありますし」
「今から? 」
「はい……ちょっと友人に会いに」
夜遊びをするタイプには見えないし、何よりかなり酔っぱらっている。忠太郎は、飲ませてしまった手前、じゃあねバイバイともできないな……と、帰ったら仕事の続きをしようと思っていたのを諦めた。
席を立ち、よろける愛理に手を貸す。
「たろちゃん、送り狼はダメよ」
「アホか! それほど不自由してない」
見送りをしてくれる麻璃子と豊に手を上げ、店を出て大通りに向かった。
愛理は、自分が思っていた以上に足にきていたらしく、フラフラと歩く足元が危うい。
忠太郎は軽く腕を支え、調子にのって飲ませすぎたな……と反省する。
「悪かったな。飲ませすぎたみたいだ」
「いえ、私が調子にのって飲んでしまっただけで。凄く美味しかったから」
「友達に会うなら、そこまで送らせてくれないか? 」
「でも……」
愛理は一瞬躊躇し、それから思い直したように忠太郎を見上げた。
その潤んだ瞳、上気した頬、血行が良くなって赤みを増した唇(全て酔っぱらっているせいだが)。通常が地味モード全開であるため、ドキッとするほど艶っぽく見える。これはギャップの勝利だろう。
「あの! お願いがあります」
酔ってなければ、絶対にこんなことを考えなかっただろうし、考えたとしても、口に出して言えなかっただろう。
「俺に出来ることなら」
「実は……」
さっき、スマホに大樹から連絡があったことを告げ、大樹と知り合ったきっかけ(さすがに会ってその日にラブホに連れ込まれたことは言えなかったが)、大樹の浮気癖、知らなかったが自分の友達の前カレで、自分と付き合いながらヨリを戻そうとしていたことなどを話した。
忠太郎は聞いていて、大樹は愛理のことを都合のいい女としか扱っていないこと、彼女とすら思っていないだろうということは推測できた。
以前一回会っているし、その時のイメージからも、自分勝手で傲慢で、付き合っても何の得にすらならない……、有害な部類の男性であることは一目で分かった。
その大樹からのメールを忠太郎に見せた。
【これから家に来てよ。この間のことを謝りたいんだ】
【何で電話に出ないんだ? この間のは前カノに誘惑されて、つい出来心で。おまえにバレてテンパって、逆ギレしたのは悪かったよ。でも、よく考えたらやっぱりおまえが好きなんだよ。電話出てよ】
【おまえ、ふざけんなよ! 俺がおまえみたいな女を相手してやるって言ってんだから、さっさと家にくればいいんだよ! まじ、おまえごとぎが俺を無視するとかあり得ないんだけど? 】
【悪い! あんまりに連絡こないから、つい……。俺はおまえと別れたつもりないから。連絡くれ。ってか、すぐ来て】
「これに行くつもりなの? 」
愛理はコクンとうなづいた。
「大樹君は私の初めての彼氏で、やっぱり好きな気持ちはなくならなくて。でも、本当に好かれているのか不安で……」
それはないだろ?!
好かれてるって、どこをどうしたら信用できるんだ?
あまりに人を疑わない愛理に、忠太郎は呆れると同時に、父性というか、庇護欲がかりたてられる。
ただの世間知らずの小娘……と打ち捨てられない何かを感じていた。
「愛理さんがその男を信じたい気持ちはわかるんだが、悪いが大丈夫好かれてるとは言ってあげられない」
「そう……ですか。そうですよね」
そして、やはり疑うことなく、忠太郎の言葉を受け入れ、愛理はガックリと肩を落とした。
あんな男のどこがいいんだ! と、忠太郎は何故かムッとしながらも、それは表情に出さずに愛理の肩を叩いた。
「女性に誠実な男には思えない。君みたいな純粋な女性には合わないと思う。遊びで付き合いたいみたいな女性ならまだしもね」
「私……純粋なんかじゃありません」
聞こえるか聞こえないかくらいの声で愛理は言う。
純粋な……と表現できるのは、まだ男性を知らない処女だけだと思っていたのだ。
今時の若者に珍しく、愛理は昭和初期の女性並の貞操観念を持っていた。知らない間に経験をしてしまい、彼氏だと思っていた大樹に毎回強要されるから関係していたが、本当は結婚して初めて経験することだと信じていたのだ。
SEX=子供を作る行為であり、結婚と同義であった。
「じゃあ、会って二度と連絡してこないように言います」
「やっぱり会いに行くのか? 」
「だって……、きちんと会ってお話ししないと」
会ったら、よいように言いくるめられて、ズルズルと関係を迫られ、いつのまにか布団の上だ。
そんなゲスな男に脱がされるために、寝る間も惜しんで下着を作っている訳じゃない。
「わかった、話しをするなら彼の所まで送って行こう。ただし、その後に家まで送るよ。今日、君を飲ませ過ぎてしまったことを、ご両親に謝らないといけないからね」
忠太郎はさっさと大通りに出てタクシーを捕まえると、愛理を奥に座らせた。
タクシーで二十分ほどで、大樹のアパートの前についた。
タクシーを降りて見上げると、大樹の部屋の電気がついている。
「とりあえず、表に出てきてもらいなさい」
愛理はうなづくと、大樹に電話をかける。しかし、電話にでない。
「気がつかないのかしら? 」
「家に電話はないの? 」
「ないです。スマホだけ」
「どこの部屋? 」
二階の一番端を指さす。
「いるみたいだな」
電話にでなければしょうがない。直に家に行くしかないと、愛理を促してアパートの外階段を上がる。
部屋の前まで行くと、中からテレビの音が大きく聞こえてきた。
「非常識な奴だな」
忠太郎は、部屋のチャイムを鳴らした。
しかし、出てこない。
二度三度鳴らすと、やっと鍵が開いた。
「何度もしつけーよ! って、愛理? ちょっと待て! 」
裸にパンツ姿で現れた大樹は、少し開けたドアの隙間から愛理のみが見えたらしかった。
慌ててドアを閉め、何故か鍵までかける。
中でバタバタ音がし、「何よ、誰だったの? 」という女の声が聞こえてくる。
愛理は、聞き覚えのある声に硬直してしまう。
るり……ちゃん?
洋服を着た大樹がドアを開けて出てきて、後ろ手に素早くドアを閉める。
「ちょっと下に……って、あんた誰? 」
大樹は、やっと忠太郎の存在に気がついたようで、怪訝そうに忠太郎を見て、ガラリと表情を変えた。
「男連れてくるって、おまえ何考えてんの?! 」
「あの……」
「ああ、あの時のナンパ男か。へえ、続いてたんだ。スゲエ奇特な奴だな。こんな地味で面白みのない女。身体だってイマイチだったろ?」
「君は、そんな女性に別れないってメールしたのか? 」
「はあ? 俺のメール見せたのかよ? 予想外に嫌な女だな」
「そんな……」
「何? 二人で飲んでて、いい雰囲気になったとこで俺のメールに邪魔されたとか、文句言いに来たわけ? うぜーよ。たまたま身体が空いたから連絡しただけだよ」
「愛理さんと繋がらないから、別の女性を呼んだ? 」
さっき部屋の中から聞こえた声について忠太郎が指摘すると、大樹はハンッ! と鼻を鳴らした。
「ちげーよ。あっちと繋がらなかったから、その女に連絡しただけ」
「るりちゃん? 中にいるのはるりちゃんだよね」
「そうだよ。それが何? おまえだってその男とよろしくやってんだろ? 何か問題あるのかよ! 」
もう、大樹は開き直っているというか、自分のことは置いておいて、愛理が他の男と一緒にいることに腹をたてているらしい。
「大樹、うるさい! 近所迷惑だから……って、愛理? 」
大樹のTシャツを一枚着ただけのるりがドアを開けて出てきた。
「るりちゃん……」
るりはバタンとドアを閉めて部屋へ戻ると、ほんの数分で着替えて荷物を持ってでてきた。
「あんた、愛理とは別れたからって、泣いて土下座するからヨリ戻してあげたのに、何よ! まだ続いているんじゃない! 」
「ふーん、ちょっと失礼」
忠太郎は、愛理がが握りしめていたスマホに手をかけると、メール画面を開いてるりに差し出した。
「おまえ、何してんだよ! 」
大樹がスマホを奪おうとしたが、それより素早くるりが動く。大樹の手をピシャリと叩き落とすと、スマホを受け取って画面をガン見した。
「ふーん」
るりの冷たい声が響く。
「あんた、私と愛理を天秤にかけたんだ」
「いや、違う……そうじゃなくて」
平手打ちがくるかと思いきや、振りかぶったるりの手は拳が握られ、鋭く大樹の腹に突き刺さる。
「ウゲッ……」
思い切り蹴りも入れ、るりは愛理の手を引いてアパートを出た。
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