第2話 奇抜な服装の男

「マジ、あの男最悪!! マシなのは面の皮だけね」

「るりちゃん……」

「いい! あの男から連絡きても、絶対に言うこと聞いちゃダメよぉ」

「でも……」


 何もかも初めての人で、愛理はすっかり大樹を信用しきっていた。


「どうせコンパで知り合ってぇ、泥酔したとこヤられちゃったりしたんじゃないのぉ? で、好きだからヤったとか適当なこと言われてぇ、付き合ってれば遅かれ早かれするんだから……とか言われてぇ、付き合ってる感だされたんでしょ? 」


 見てたのか? というくらいその通りだった。


 るりは近くの公園に愛理を引っ張ってくると、空いていたベンチに愛理を座らせた。


「あの男は、最低最悪、口だけ男なの。愛理のこと、穴くらいにしか思ってないから」

「でも……」

「さっきの態度でわかんない? あの男、るりにもよりを戻そうって言ってたんだよぉ。まあ、顔だけはいいしぃ、連れて歩くのにちょうどいいから、セフレ感覚ならいいかなって思ってたけどぉ、愛理に酷いことした男なら、セフレもお断りよぉ」

「セフレ……」


 単語としては知っていたが、そんな関係を実際にできる人達がいるとは思わなかった。実際は自分もセフレ扱いされていたのだが、そんなことには一切気がついていない。


「あいつ、セフレいっぱいいるでしょ? るりと付き合ってた時も、数回鉢合わせしたもん。その度にぃ、るりが本気で、あっちは遊びだからとか言われてぇ」


 同じことがなかっただろうか?


 愛理は、大樹の部屋で見た裸の女の人の背中を思い出す。


「女叩き出して、るりだけだって土下座するから、二回までは許したんだけどねぇ。三回目やられて、こいつはダメだって悟ったってわけぇ」


 女を叩き出して土下座?

 あの時は、自分が帰らされたけど?


 さすがに鈍感な愛理も、るりに対する態度と、自分に対する態度の違いに気がつく。


 遊ばれていたのか……。


 そう思うと、ポロポロと涙が出てくる。


「愛理……」


 るりが愛理のことを抱き締め、愛理はフワリと良い香りに包まれる。

 その女の子らしい甘い香りが、より愛理の涙腺を刺激した。子どものように大号泣になってしまい、るりがその背中をずっとさすってくれた。


 スマホを見たるりがアッと叫び、ヤバいとつぶやいた。


「……どうしたの? 」

「莉奈からラインがごっそりきてるぅ。愛理、スマホ置いてきたでしょ? るりのとこにレポート届けに行った愛理が帰ってこないけどどうしたんだって」


 公園の時計を見ると、喫茶店を出てからたぶん一時間くらいたっている。

 そりゃ、莉奈も心配するだろう。


 るりが慌てて莉奈に電話すると、ワンコールもならないうちに莉奈が出て、『何してんのよ!愛理が行方不明なんだから!! 』と怒声が聞こえてきた。


 今一緒にいることと、簡単な説明をるりがすると、『早く戻ってきな! 』とスマホがきれた。


「莉奈、戻ってこいってぇ」

「うん、聞こえた」


 心配させたのを謝らなくてはと思いながら、涙でべしょべしょになった顔を拭う。


「顔洗ってくればぁ? ほら、凄い顔だしぃ、そんな顔見たら、莉奈ってば絶対に大樹のとこに殴り込みに行くからぁ。まあ、それもいいけどぉ」


 るりはハンドタオルを愛理の頭に乗せると、ヒラヒラと手を振った。


 確かに、カッとしやすい莉奈の性格なら、それもあり得るかもしれないと、愛理は言われるままに顔を洗いに水飲み場へ向かった。顔を洗い、借りたタオルで顔を拭いていた時、すぐ近くのベンチにお財布のような物が置いてあるのに気がついた。

 近づくと、男物のシンプルな黒い長財布だった。

 手に取ってはみたものの、誰の物かわからずオロオロと辺りを見回した。だが、もちろん自分達以外の人影はない。


「どうしたのぉ? 」

「財布、拾っちゃった」


 軽やかな足取りでやってきたるりが、ひょいと愛理から財布を奪うと、ためらうことなく財布を開けた。


「るりちゃん、ダメだよ! とりあえず警察に届けなきゃ」

「身分証とかあるかもしれないじゃん……って、すごーい、カードいっぱいあるぅ。うわっ、お札も」

「るりちゃん、ダメだってば」

「いいから、いいから……」


 さらに中を見ようとしたるりの目の前に、大きな手が伸びてきて財布を奪い取った。


「これ、俺の財布」


 奇抜なかっこうをした男が立っており、明らかに不愉快そうな表情でるりを睨んでいた。


「えー、お兄さんのだって証拠ないしぃ、泥棒さんだったら困るんですけどぉ」


 いきなり財布をひったくられたようになったるりは、表情は笑顔のまま財布を奪い返す。


「るりちゃん、持ち主だって言ってるよ」

「じゃあ、中確認しないとじゃない? 本人かわからなきゃ、返せないしぃ」

「勝手に中を見るな。不愉快だ」


 男は再度財布をるりから奪おうとし、るりは財布を後ろ手に隠してしまう。


 るりは笑顔のまま、男は不愉快さ全開の表情で睨み合う。


「あのー、一緒に警察に行きませんか? 」

「警察? 」

「私達が中を見るのも何ですし、確かに本人かわからずお渡しするのも怖いというか……。お巡りさんに確認してもらうのが一番かなって」


 愛理が提案すると、男の表情がわずかに和らいだように見えた。


「OK、そうしよう」

「るりは、莉奈が待ってるから、喫茶店に行ってるねぇ」

「うん、莉奈ちゃんに謝っておいて。私もすぐに行くから」


 るりは、財布とハンドタオルを交換すると、ヒラヒラ手を振って公園を出て行った。


 男は愛理に声をかけるでもなく歩き出し、愛理はその後をついて行った。


 男の身長は高く、多分190センチくらいあるだろうか? 髪の色はピンクのメッシュが入っており、前髪を捻って数ヶ所ピンでとめていた。目は切れ長の二重で、鼻筋の通った細い鼻、薄い唇はニヒルな感じが漂っている。

 顔だけ見ればかなりな美青年であるが、そのかっこうが一般的でないというか、色使いがまず奇抜だった。黒を基調に、複数の原色が渦巻いており、あまりのカラフルさに目がチカチカする。上着は着物の上のように合わせてあり、下はロングスカートのように見えた。


 何て言うか、似合ってはいるかまあまり見かけない格好である。流行っているんだろうか? 


 男は、立ち止まると、クルッと後ろを向いた。

 愛理はぶつかりそうになり、慌てて立ち止まる。


「虐めか? 」

「えっ? 」

「……いや、泣かされてたのかなって」


 愛理は赤くなり、目が見えないようにうつむく。


「違うんです。るりちゃんは慰めてくれてただけで。それに、大学生になって虐めはないです」

「大学生?! 高校生かと」


 本当は中学生かと思ったが、男はあえて高校生と言っておいた。


「この間成人しました」

「二十歳か。( 見えないな )あの意地の悪そうな女に泣かされたんだとばっか」


 るりの見た目にデレッとなる男が多い中、男は吐き捨てるように言った。


「るりちゃんはいい子です! 」

「そうか? 俺はあんな女は苦手だけどな」

「るりちゃんは、見た目可愛いから勘違いされやすいけど、しっかりしてるし、友達思いだし、少し天然な部分もあるけど、本当にいい子なの」

「ああ、うん、わかった」


 思わず男ににじり寄って力説してしまい、愛理は赤くなって数歩下がった。


「ごめんなさい……」

「いや、俺が悪い。君の友達だもんな」


 高校までは、当たり前のように毎日会っていた友人達。特に仲良くなくても、小学校からずっと一緒だからか、みなよく知っていた。るりも莉奈も、仲良しグループという訳ではなかったが、愛理にとっては大事な幼馴染みであった。


 それからまた黙々と歩き、交番についた愛理と男は、事情を話してお財布の中身を確認してもらった。

 その間、愛理はわざとそっぽを向き、財布の中身を見ないようにしていた。

 さっき男は財布の中身を見られることを嫌がっていたし、見られたくないものが入っているのかなと、気を使ったのである。


「お名前聞いていいですか? 」


 お巡りさんは、財布の中からカードを一枚とって聞いた。財布の中には、保険証もマイナンバーも免許証も入っていなかったため、カードで名前を確認しようとしたらしい。


「……名前、言わないとですか?」

「まあ、ご本人確認のためですから」

武田たけだ……です」

「武田? 何さん? 」

「武田……です」


 お巡りさんがはあ? という顔をして、男は諦めたのかボソッとつぶやく。


忠太郎ちゅうたろう

「はい、確認しました。あと、財布の中身で覚えていることありますか? 財布の中の現金の金額とか、レシートは……ないですね」

「札はアバウトですけど、小銭なら覚えてます。札は千円札が四枚くらいと、万札は二十数枚かな?小銭は三十一円です。公園でコーヒーを買って、小銭を数えたから覚えてます」

「確かに……」


 お巡りさんは、金額も確認すると財布を忠太郎に返そうとし、愛理に視線を向けた。


「落とし物を拾うと、落とし物記入表に記入することで、報労金を受け取る権利があるんですが、どうしますか? その場合、あなたの名前や連絡先を彼に提示することになりますが」

「報労金? 」

「いわゆるお礼ですね。五から二十%くらいですかね」

「けっこうです! そんなのいりません」

「それなりの金額ですが? 」

「いりません、いりません! 本人ってわかって良かったです。じゃあ、私はこれで失礼します」


 愛理は、落とし物記入表に記入することなく、頭をペコンと下げてお辞儀をする。そのまま交番を出ると、忠太郎が愛理を追いかけてきた。


「ちょっと待って! 」


 肩を掴まれ、愛理はビクンと身体をすくませる。


「ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだ」


 忠太郎は手を離し、愛理の顔を覗きこんだ。

 化粧っけのない手入れのされていない顔、造作は派手ではなく、パッと見美人ではないが、化粧次第でどんな風にも変わることができそうだった。インパクトのない地味な顔立ちではあるが、生真面目で誠実そうな印象を受けた。


 ただ、全くもっていただけないのは、ただ結んだだけの黒髪に、ダサい無個性の洋服。いや、黒髪はまだいい。問題はキチッとした白いシャツに、膝丈のグレーのスカートを恥ずかしげもなく着れてしまう、この少女のセンスだろう。


「きちんとお礼がしたい。でも、今日はちょっと仕事がつまってて無理で……。連絡先を教えてくれないか」

「そんな、お礼なんていいですから」

「いや、マジで助かったんだ。金なんかはいいんだけど、仕事の大切なメモが入ってて、あれなくしてたら……」

「いえ、本当にお礼なん……て」


 愛理の視線が忠太郎から後ろにずれ、照れくさそうに微笑んでいた表情が固まる。

 忠太郎が後ろを振り返ると、そこには男が立っていた。


「……大樹君」

「へえ、案外乗り換え早いんだな。男なんか知らない純情そうなふりして、もう他の男についていくのかよ」

「……そんなんじゃ」


 不機嫌そうに目尻を吊り上げ、見慣れない表情の大樹が、腕組みしながら愛理と忠太郎を睨み付けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る