最低男と別れた後で

由友ひろ

第1章 出会い

第1話 最低最悪男

「そんな泣くなって……。俺が好きなのは愛理だけだから。まじでごめんって。酔っ払った勢いって言うか、マジで記憶ないんだよ」


 子どものように泣きじゃくる愛理の肩を抱きながら、とりあえず取り繕おうと、上っ面だけの言葉を羅列するこの男は、見た目は爽やかなイケメンだが、中身はクソみたいな最低男だった。


「でも……」

「遊びと本気の区別くらいつくだろ! 俺には愛理だけだから」


 寝癖もそのままに、Tシャツに短パンのこの男、佐野大樹さのたいきとは三ヶ月前のコンパで知り合った。

 エスカレーター式の女子校から女子大に進学した松岡愛理まつおかあいりは、初めてのコンパで、最低最悪の男に引っ掛かってしまった。


 今まで、回りには男性の知り合いもおらず、唯一の異性は父親だけ。そんな環境で二十歳を迎えた愛理は、お酒解禁を祝い、人生初のコンパに参加してみたのだ。

 相手は有名企業のサラリーマン。

 スーツ姿はいかにも大人に見え、三割増しでかっこよく見えた。

 しかも、毎週コンパしていて、まさに女慣れしている大樹にしたら、野暮ったく地味な愛理を落とすのは造作なく、とりあえず飲ませて、その日のうちにラブホテルに直行。

 初キスも、初Hも、酔いに任せて意識のないままに……。


 素っ裸で名前も覚えていない男の腕枕で目覚めた愛理は、当たり前だが大パニックで大号泣! 記憶のないままにロストバージンしてしまったのだから、そりゃしょうがないだろう。


 愛理は酔っ払って覚えてないかもしれないが、自分達は意気投合し、お互いに一目惚れで、そして愛を確かめて末に今に至るんだと、嘘八百を並べ立てられ、レイプで訴えないように言いくるめられた。

 そんな最低男であったが、愛理はその言葉を信じ、初めての彼氏として、三ヶ月付き合っていた。その間、デートらしいデートもなく、会うのは毎回大樹の家。しかも十日に一度くらいのペースで夜中に呼び出されて……という感じだった。


 たまには日中にデートでもと思い、約束はしてなかったが、朝早くに大樹のアパートのチャイムを鳴らしたところ……、パンツ姿の大樹がドアを開け、玄関には散乱した女物のサンダル。真正面に見えるベッドには、裸の女の背中が見えた。


 一瞬でドアは閉じられ、一分後出て来た大樹が、硬直状態の愛理の肩を抱き抱えるように、すぐ近所の滑り台だけある小さな公園に連れてきて、冒頭の言葉を吐いた……という訳だ。


「とりあえず、きちんと彼女には話しをするから、愛理は今日は帰ってくれないか? 」


 この場合、本当に愛理が彼女であるならば、帰るのは相手の女であるべきなのだが、大樹は愛理に帰れと言い放った。


「お互いに酔い過ぎて、たまたま近いうちに泊まっただけで、愛理が考えているようなことはないから」

「本当? 」

「当たり前じゃないか! 俺は愛理が好きなんだから 」


 酔っ払って記憶がない筈なのだが、何もなかったと断言する大樹は、愛理を宥めるように軽いキスをする。


「……遊びって? 」


 自分は本気、彼女は遊び。その遊びの意味が分からず、愛理は聞き返す。


「遊びに行くと……友達ってことだよ! 愛理は、俺のことが信用できないのか?! 俺はこんなに愛理が好きなのに! 」


 逆ギレ……というか、普通なら誤魔化されるはずのない状況で、愛理は大樹の言葉を信じてしまう。

 絶対的な経験値の不足、そして純真ピュアで疑うことのない性格から、大樹に言われたまま、女を追い返すこともなく、一人で駅まで逆戻りした愛理であった。


  ★★★


「二年ぶり? 」

「だねぇ! るりとは会ってたけど」


 約束の時間より三十分早く喫茶店にやってきていた愛理は、ロイヤルミルクティを飲みながら、ハードカバーの小説を読んでいた。

 時間ぴったりにやってきたのは、小学校から高校まで同じ女子校だった楠木莉奈くすのきりなだ。女子校あるある、ボーイッシュの子はもてるものだが、ショートカットでバスケ部だった莉奈もファンクラブができるほどのモテっぷりだった。

 そんな女子にモテモテだった莉奈も、大学生になった今は、セミロングまで髪が伸び、昔のイメージからは信じられないくらい女の子らしくなっていた。


「莉奈、イメージ変わったね」

「まあ、髪型だけね。よく、黙って座ってろって言われる。喋ると幻滅するとか、失礼じゃない?」


 その歯に衣着せぬ物言いのせいで、揉め事が勃発するなんてしょっちゅうで、愛理が仲裁に入ることも多かった学生時代が思い出された。


「あたし、アイスコーヒー。るりはやっぱりまだ? 」


 店員に注文すると、お手拭きで首筋を拭う。昔ならオヤジのように顔をガシガシ拭いていたから、多少は女子らしくなったのか、ただ化粧をするようになったせいか。


 るりとは、宮園みやぞのるり。莉奈と同じで、女子校時代からの幼馴染みだ。るりは莉奈とは対極にいるような、ふんわりしたイメージの女の子らしい子で、白いレースのワンピースが似合ってしまいそうな、ザ・女の子である。わざとらしく女の子をアピールするような喋り方をするが、男女問わずなので、ぶりっ子というよりは癖なのかもしれない。性格はちょっと無神経な面がないとはいえないが、悪気はない……と思う。莉奈もるりも、違う意味で問題児だったかもしれない。二人とも大学は受験し、エスカレーター式に進学した愛理とは違う大学に通っている。


「まあ、時間通りにはこないか」


 運ばれてきたアイスコーヒーをすすりながら、莉奈は今日の主催者の到着を待つ。


 さらに三十分時間が過ぎ、ピンクのシャツに白いレースのタイトスカートを履いたるりが、全く悪びれることなく現れた。


「や~ん、久しぶり~! 愛理、元気だったぁ? 」

「あんたね、人のこと呼びだして、何だって三十分も遅刻すんのよ! 」

「え~? そんなにたってるぅ?ちょっと出がけに電話きちゃってぇ。ほらぁ、元カレ。やっぱりるりが一番だとかぁ、元サヤに戻りたいとか言われてぇ」

「あの最低男? 」

「でも、かっこいいしぃ」


 愛理はるりとは高校卒業以来会っていなかったが、二人は同じ大学に進学したため、るりの元カレのことも莉奈は知っているらしかった。

 まあ、女子にモテていた莉奈と違い、他校の男子にモテまくりだったるりは、中学時代から彼氏が切れたことはない。元カレと言う人種が二~三十人いるため、るりにとっての元カレは、つい直前の彼氏のことで、莉奈も数回会ったことがあったらしい。


「ウフフ、実はこの後約束してるの。だから、ちょっと同窓会のことは二人で決めてねぇ」

「二人でって……」

「これ、同窓会名簿。あと、先生達のはこっち。その他諸々の資料はこっちね。ああ、重かった。じゃあねぇ」


 るりは注文をすることなく、喫茶店から出て行ってしまった。


「あの女! また面倒くさいこと押し付けやがって! 」


 口調の割りには、そんなに怒った様子でもない莉奈は、るりが持ってきた資料をテーブルに広げだした。

 三人は同窓会の役員で、卒業して初めてのクラス会を開くために集まったのである。


 莉奈は持ってきたノートPCを開けると、るりから渡されたUSBを差し込む。


 PCに疎い愛理は、会場の候補としてあげてある店のHPを打ち出してある紙をチェックした。この中から会場を決めないといけないが、どこもお洒落で決めかねてしまう。


 名簿を打ち込んだのも、下調べをしたのもるりであるから、莉奈は口ほど怒っていないのだ。

 これだけ準備ができているのなら、後は二人でどうにでもできる。


「あれ、これ? 」


 資料の中に、明らかに同窓会とは関係のないレポートのようなものが紛れ込んでいた。

 几帳面にPCでまとめられた論文、きちんと表題がついており、るりの名前が書いてある。


「何々? ……ああ、るりのレポートだ。これ、期限明日の午前中のはずだけど」

「明日、大学で渡せる? 」

「いや、うち明日午前休講なんだよね」


 莉奈はスマホを取り出し、るりにラインをうった。

 すぐに既読がつき、駅前のマックで人待ち中と返事がくる。


「るり、マックにいるらしいよ。元カレ待ってるから出れないって」

「じゃあ、私が持ってくよ」

「頼める? あたしは、さくっとこっち終わらせておくから」


 同窓会の通知を知らせる文章をうっていた莉奈は、どれにしようかな……と、会場を指差していき、神様のいうとおり! と、内容も見ずに一枚の紙を抜き取り決定する。熟読して悩んでいた愛理とは対極の選び方だ。莉奈が選んだのはパーティースペースをレンタルするタイプのものだった。


「ここ、電話して仮押さえしとく」

「う……うん」


 同窓会係に自分は必要ないのでは? と、愛理はへこたれそうになりながらも、るりのレポートを持って立ち上がった。


「じゃあ、よろしく! るりの元カレ、顔だけはいいけど最悪な奴だから、調子いいこと言われてアドレスとか教えないようにね」

「やだ、るりちゃんの彼氏なんでしょ? 私なんて……。それに私も彼氏……いるし」

「えっ?! まじで?! 初耳なんですけど! 」

「そんな、言いふらすことじゃないし……」

「るりは、うるさいくらい言ってくるけどな。いいや、後でがっつり聞くからね! とりあえず、今はそれ渡してきてよ」

「うん……」


 愛理は少し照れたように笑いながら、るりのレポートを持って店を出た。

 他人に、彼氏の存在を話したのは初めてだった。コンパに誘ってくれた大学の友達にも言っていない。

 彼氏……と口に出すと、思わず口の端がムズムズするような気恥ずかしさが込み上げてくる。


 お昼の時間だからか、駅前のマックは店の自動ドアが空きっぱなしになってしまうくらい、客が並んでいた。

 店内を見ると、一階にはあまり席はなく、るりの姿はない。

 二階に上がりざっと見渡すと、窓際の席にるりが座っていて、愛理に気がついたるりが手を振っていた。


「るりちゃ……ん? 」


 るりの目の前に座っている男がるりの元カレなんだろうが、その後ろ姿に見覚えが……。


 緩いウェーブのきいたミディアム丈の髪型で、白地に紺のストライプのシャツは、一ヶ月前に愛理が大樹のバースデーに買ったトミーヒルフィガーのシャツに似ていた。


 男が振り向くと、にやけていた顔つきが一瞬にして凍りつく。


「こわっ! おまえ、ストーカーかよ」

「何? 大樹、愛理のこと知ってるのぉ? あ、そのレポート! ありがと。明日出さないとヤバいんだった」


 ペロッと舌を出するりは、本当に可愛らしい。立ち上がると、硬直して動けない愛理の元までやってきて、レポートを受けとる。


「愛理とは、小学校から高校まで一緒なの。大樹はさっき話した元カレね。でも、二人が知り合いだとは知らなかったな」


 不自然に固まっている愛理をチラリと見て、何か関係がありそうだとふんだるりは、探りをいれるように大樹の顔を覗き見る。


「い……いや、たいした知り合いじゃ! 」


 たいした知り合いじゃない?!


 愛理は口をパクパクさせながら、声にならない息を吐き出した。


 恋人というのは、たいした知り合いではないのだろうか?

 何よりも、大樹がるりの元カレということは、復縁を迫っていると言っていなかっただろうか?


 愛理という彼女がいるはずなのに、るりとも付き合うということだろうか? いわゆる……二股?!


「わ……私、大樹君の彼女だよね? 」

「な! 何言ってんだよ?! コンパで知り合って、そりゃ数回関係したけど、彼女なわけないじゃん! るり、こいつ思い込みが激しくってさ……」


 るりは笑顔のまま、大樹の肩に手をやる。


「確かにぃ、夢見る夢子みたいなとこあるけどぉ」

「だろ?! だから、こいつの勘違いなんだよ! こんな地味な女、俺が彼女にするわけ……グホッ……」


 るりは笑顔のまま、大樹の腹に膝蹴りを入れた。

 膝から崩れ落ちる大樹に、るりは満面の笑顔を向ける。


「るりの友達を地味とか言うな!腐れチ○コが!! 」


 いつもはブリブリなるりが、口汚く大樹を罵ると、愛理の腕を引っ張ってマックから出て行く。愛理も、茫然としながら引っ張られるままに店を出た。


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