第八話(エピローグ)
「ふむ。大切なお手紙のようだね。リリィ、今日はもう休みなさい。そのお手紙は君の部屋で読むといい」
リリィに気を使ってか、今日は早寝にしようとダベンポートが宣言した。夜のお茶もいらないという。ひょっとしたら、リリィが泣いていることに気づいたのかも知れない。
「ありがとうございます」
泣き顔をダベンポートに見られるのが恥ずかしかったので、リリィは手紙と箱を持
って早々に屋根裏の自室へ退散した。
…………
パジャマに着替え、髪を梳かしてから薄暗いランプの下で改めて手紙を開く。
『リリィ、あなたがこの手紙を読んでいる時には、私はもうこの世にいないことでしょう。
あなたにこの箱を遺します。これは私からの最後のプレゼント。この箱はきっとあなたを幸せに導くことでしょう。大切にしてくれると嬉しいわ』
「お祖母様……」
再び涙が溢れる。
リリィは涙に潤む目で祖母の手紙を読み進んだ。
その手紙には死期を悟った祖母のリリィに対する想い、そして願いが淡々と、だが暖かい言葉で綴られていた。
『……あなたには私の全てを教えました。お掃除、洗濯、それにお料理。もう教えることはありません。大丈夫、あなたなら立派な魔法院のハウスメイドになれるはず……』
リリィ、日記をつけなさい。
祖母は何度かそれを繰り返していた。
この箱は想いに力を与えるもの。
だが、過去の想いだけでは力がいずれ足りなくなる。
日記に毎日何があったのか、楽しかったことを書きなさい。
日記には、あなたが望む明日のことを綴りなさい。
そしてその日記は必ずこの箱にしまいなさい。そうすれば、この箱があなたを助けてくれることでしょう。
ホーホー、ホーホー
外でフクロウが鳴いている。
「お祖母様……」
リリィは顔を上げて涙を拭った。
明日、日記帳を買おう。分厚い日記帳がいい。少し立派な、上質な装幀のもの。もしマーガレット夫人のお店になかったら取り寄せてもらおう。
封筒に戻した手紙を『幸せの箱』に納め、丁寧にタンスにしまう。
窓から射す青い月光がリリィを照らす。
ようやく登ってきた白い月を眺めながら、窓際でリリィはいつまでも祖母のことを考え続けていた。
…………
翌朝。
いつものように朝が来る。
いつものお掃除、いつもの朝食。
だけど、今日は何かが違う。
(何だろう、この気持ち)
お皿を配膳しながら考える。
キキが足元で盛大に喉を鳴らしている。ご飯くださいの挨拶だ。
「キキ、ちょっと待ってね」
人差し指を立ててキキに言い聞かせる。
いつもと変わらない穏やかな風景。可愛いキキ。優しい旦那様。
ふいに、リリィは今感じている気持ちが胸いっぱいの幸福感だということに気がついた。
(そうか、わたしは今幸せなんだ)
以前も確かに自分は幸せだと感じた。でも今日はそれをもっと強く感じる気がする。
誰かに自分を認められた、そんな気持ち。
「おはようリリィ。昨日は良く眠れたかい?」
ダベンポートが室内履きを鳴らしながら階段を降りてきた。
「おはようございます、旦那様」
今日の午前の服はピンク色。木綿の制服のスカートを摘んで左足を引き、丁寧に朝の挨拶をする。
「今朝はベーコンのエッグズベネディクトにしました」
「やあ、素晴らしいね」
ダベンポートが相好を崩す。
そうか、これは全て予定調和。
お祖母様が望んだわたしの幸せ。
リリィの前には無数に枝分かれした未来がある。その全ては選択の結果。
だけど、その選択は常に最善の結果になるはずだ。
だって、お祖母様が見ていてくださるもの。
リリィの目の前に広がる、枝分かれした無数の未来。
その中にひときわ明るく輝く太い道筋、わたしの選択する未来が目の前に伸びている。
その先に何があるのかはまだリリィにもわからない。
だけど、大丈夫。
お祖母様がいつも見守ってくれる。
リリィはもう、祖母に対する喪失感を感じなかった。
むしろお祖母様がそばにいるような気がする。子供の頃にお料理を作っていた時のように、お祖母様が後ろからリリィのことを見守ってくれる。
大丈夫です、お祖母様。
リリィは今、とっても幸せです。
今も、そしてたぶんこれからも。
リリィは心の中で祖母に挨拶をすると、
「今お茶をお淹れしますね」
とダベンポートに笑顔で伝え、甘えるキキを引き連れて地下のキッチンへと向かった。
いつものレンジ。いつものお鍋。いつものまな板。いつもの包丁。
だけど、その全てが輝いて見える。
わたしのキッチン。わたしの居場所。
新しい一日が始まる。
リリィは鼻歌を口ずさみながら朝のお茶の準備を始めた。
──魔法で人は殺せない18:リリィの帰郷 完──
【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない18 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo
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