第四話
葬儀の終わり。最後のお別れ。
棺が墓所の穴に降ろされ、上に土がかけられる。
最後に墓守が墓石を元の位置に戻して葬儀は終了した。
…………
「そうかい、あんたはエディスの孫だったのかね」
教会の墓地からの帰り道、アンジェラ女史は感慨深げにリリィに言った。
二人の後ろからは影のようにマチルダがついてくる。
「それにマチルダ、あんたもここにいたとはね。確かにエディスは面倒見が良かったけど、全くどこまでお人好しだったんだか」
アンジェラ女史が振り返りマチルダに言う。
「はい、エディス様には大変良くしてもらいました」
マチルダは静かに頷いた。
「これじゃあ同窓会だよ。びっくりしたね」
アンジェラ女史が笑う。
「ああリリィ、あんたには判らないだろうね。エディスとマチルダは同じ魔法院のメイド仲間だったんだよ」
訳がわからないという顔をしているリリィに気づくとアンジェラ女史は説明してくれた。
「もう二十年以上前になるかね。エディスは私の家のハウスメイドだったんだ」
「そうなんですか?!」
思わず両手が口元に伸びる。
「ああ、それは優秀なハウスメイドでね。そうかい、リリィはエディスの仕込みかい。道理で
いつの間にかに三人はリリィの祖母の家の前まで歩いてきていた。
「あの、立ち話もなんですから、お上りになりませんか?」
おずおずとリリィはアンジェラ女史を誘ってみた。
「もちろん、そのつもりだよ。私の馬車は昼頃にならないと迎えに来ないんだ。どうやって時間を潰そうかと困っていたんだが、これはいい。リリィ、あんたのお祖母様の事を色々と教えてあげるよ」
…………
「なるほどねえ」
窓際の心地よい客間のソファで、リリィは魔法院に行った経緯をアンジェラ女史に説明した。それを聞きながらアンジェラ女史が得心が行ったという風に大きく頷く。
「はい。神父様のお話では、もうその頃には具合が悪かったようです。でも、全然気づきませんでした」
「そうだろうね。エディスはそういう人だよ」
「はい」
リリィは頷いた。ふと、アンジェラ女史にお茶を出していなかったことに気づき、
「アンジェラ先生、ちょっとお茶を淹れてきますね」
と慌てて席を立つ。
ほとんど同時に、マチルダが地下のキッチンからお茶のセットを持って上がってきた。
「リリィ様、お茶を淹れて参りました」
え? いつの間に?
そういえば、確かにマチルダさんはいつの間にかに居なくなって居たような……。
全然気がつかなかった。
「ごめんなさい、気がつかなくて」
リリィは思わずマチルダに頭を下げた。
「いえ、これはハウスメイドの仕事です。リリィ様はお寛ぎ下さい」
マチルダがソファにかけるようにとリリィを促す。彼女は真面目な顔でティーカップをティーテーブルに並べると、丁寧な仕草でお茶を注いだ。
「あいにくお茶菓子を切らしておりまして。申し訳ありません」
深々と頭を下げてアンジェラ女史に謝る。
「謝ることはないよ。それよりもマチルダ、あんたもここに座りな」
アンジェラ女史は自分の隣を片手で示した。
「いえ、私はここで」
マチルダは穏やかにその誘いを断ると、ティーテーブルから一歩下がった位置に立った。
「全く、あんたの石頭は変わらないね」
アンジェラ女史がため息を漏らす。
「で? あんたはいつからここいるんだい?」
「こちらに来て二年ほどでございます」
マチルダはアンジェラ女史に答えて言った。
二年前と言えば、リリィが巣立ってすぐの頃だ。
「ちょうどお暇を頂いて困っていたところだったのでございます。そんな時にエディス様が手伝いに来て欲しいとおっしゃって下さったので、お言葉に甘えました。エディス様には本当に感謝しています」
丁寧な言葉遣いと落ち着いた声。
ああ、これがハウスメイドというものなのだな、とリリィは少し反省する。
でも、こんなに大人っぽくはたぶん出来ないな。
「しかしマチルダ、あんたエディスとは友達だったんだろう?」
祖母の名前に『様』をつけて呼ぶマチルダにアンジェラ女史は怪訝そうにした。
「友達に『様』というのははちょっと変じゃないかい?」
アンジェラ女史の遠慮のない言葉にマチルダはにこりと微笑んだ。
「それが節度というものでございます、アンジェラ先生。エディス様も昔のように呼び捨てで良いとおっしゃってくださいましたが、やはりそこはちゃんとしなければなりません」
「ふーん、そんなものかね」
アンジェラ女史が鼻を鳴らす。
リリィも『様』をつけられるのはどうにも居心地が悪かったのだが、マチルダは頑として譲らなかった。どうやらそれがマチルダの流儀らしい。
マチルダが石頭だというアンジェラ女史の言葉は本当のようだ。
「で、マチルダ、エディスが亡くなってお前はどうするんだい? また新しいお屋敷を探すのかい?」
少し心配そうにアンジェラ女史はマチルダに訊ねた。
高齢のハウスメイドは需要が少ない。
魔法院には高齢のハウスメイドもいたが、そうしたハウスメイドは若い頃からずっと同じ家に仕えている者がほとんどだ。新規で高齢のハウスメイドを雇う家は少ない。
「私は、これからもここにおります。今後はこの家が私の
「どういう事だい?」
アンジェラ女史がお茶を啜りながらマチルダを上目遣いに見る。
「亡くなる前、エディス様は条件をつけてこの家を私にお預けになったのです。絶対に引越しをしないこと、造作を変えない事、それにリリィ様がいつでも帰ってこれるように部屋を空けておく事。私が亡くなるとき、この家はリリィ様に遺贈されます」
「なるほど。要するに維持管理だ」
アンジェラ女史は得心したように頷いた。
「はい。そのためのお金も預かっております。とても、ありがたい事です」
「まあ、あんたには色々かわいそうなことがあったからねえ。落ち着ける場所が見つかってよかったよ。しかしリリィ、お前さんはその話は聞いていたのかい?」
「いえ、初耳です」
リリィは首を横に振った。
「でも、それが良いと思います」
そもそもリリィには財産というものがよく判らなかった。それよりも、マチルダさんが路頭に迷わなくて良かったと思っただけだ。
「ありがとうございます」
マチルダが両手を揃えて深々と頭を下げる。
「このことはいずれお話しなければならないと思っていたのですが、機会を逃しておりました……少し失礼します」
ふと、マチルダは一礼して下がると、奥のクローゼットから小さな箱を持って帰って来た。ちょうどお料理の本と同じくらいの大きさだ。厚みは本二冊分くらい。
マチルダが手にした箱を見て、アンジェラ女史は少し驚いたようだった。
だが言葉を発することはせず、ただマチルダがリリィに箱を渡すのを見届ける。
「これは、エディス様からリリィ様にお渡しするようにと
一旦言葉を切り、何かを思い出すかのように下を向く。
「そう、エディス様はこの箱の事を『幸せの箱』とお呼びになっておりました」
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