第14話 亀は水底にいる
褒められるのが嫌いだ。腹の底を掴まれて揺さぶられているような気持ちがする。
褒めている人間の顔が怖い。気味が悪い。得体の知れない生物に見える。
何故他人を褒める?何が目的なんだ?
褒めて僕を衆目の前に引きずり出して辱しめようというつもりなのか?望んでないのにみんなの前に引き出され、何もわかってない奴らに見当違いな言葉を浴びせかけられるなんて虐待だ。やめてください。
褒めている?あんたらの自己満足だろうが!望んでないんだ、嫌がってるんだ、分からないんですか?
他人に自分のことをとやかく言われたくない。そっとしておいて欲しい。僕はおとなしく迷惑かけずに生きていきますから。お願いです。
小学校二年生の時だった。
図工の時間に粘土で好きなものを作れと言われた。僕はミドリガメを作った。近所の公園の池にミドリガメがいて毎日見に行っていた。誰かが放したんだろう。3匹いた。僕は一番小さなカメが好きだった。毎日ずっと見ていた。
カメは日向ぼっこをしながら時々首を伸ばす。それを粘土で作った。
僕は頭の中にカメを思い浮かべて夢中で粘土をいじった。
はっと気付くと担任の男の教師が背後に立っていた。
「いいねえ。上手だねえ」と教師は言った。
えーっとか言いながらクラスの奴らが集まってくる。僕はぞっとして身をすくめていた。みんないなくなれ!と必死で念じていた。
図工の時間が終わった。ほっとした。すると教師が僕の席にやってきて粘土のカメを取り上げて持って行ってしまった。教師は教壇から「このカメはとてもよくできているので今度の展覧会に出します」と言った。
僕は血の気が引くような思いで身を縮めた。
翌日に体育館で生徒の作品の展覧会があってそこに急遽出すことにするというのだ。
やめてほしかったが、教師はにこやかに僕を見ると教室を出て行ってしまった。
放課後、ランドセルを背負って体育館に行った。扉は開いていた。誰もいなかった。
僕はそっと中に入った。机がたくさん並べられていてその上に色々な作品が並べられている。体育館の壁には絵もたくさん貼られている。
僕は亀を探した。すぐにそれは見つかった。僕は辺りを見渡してすばやく亀を手に取り、服をめくりあげてお腹のところに隠した。足音を忍ばせて体育館を出た。
そして夢中で学校を走り出た。お腹の亀をしっかり押さえて走った。ランドセルが音を立てる。その音で誰かに気付かれるんじゃないかとはらはらする。
亀がいる公園に着いた。池のふちに行った。幸い池のそばには誰もいなかった。
お腹から亀を取り出し、両手で握り潰した。亀は粘土の塊になった。その塊を池に投げ入れた。
翌日登校して教室に入ると担任がいた。
「大変だ。君の亀がなくなってしまったんだ。今朝見に行ったらなくなっていた。先生方がみんなで探してくれたんだけど見つからないんだ。」と担任が言った。クラスの奴らがわらわらと集まってくる。来るな!
僕は自分が犯人だとばれるんじゃないかという恐怖に襲われた。身をすくめた。こぶしを握った。
担任は僕がショックを受けて悲しんでいると思ったのだろう、僕の頭に手を置いて「ごめんね。悪い奴がいるもんだ」と言った。
突然涙が溢れた。もう亀を見られることはないというほっとしたような、ばれないかという不安が混じったような感情が体中を巡っていた。
今も時折その公園に行く。池を眺める。今は亀はいない。でも池の底を粘土の亀がゆっくりと動いている姿が見える。
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