第11話 百万遍

 「これどうするんだっけ」妻に聞く。

 「やり方言った。百万遍言った!」 

 「百万遍言った」妻の決め台詞である。

 当たり前だが、百万遍言う訳がない。しかし妻の感覚では百万遍なのだろう。物覚えの悪い亭主にいらいらするんでしょうな。

 言い訳させてもらうと、毎日しなきゃいけないことはさすがに覚える。半年に一遍とかやるようなことは忘れてしまう。これはしょうがないんじゃないでしょうか。

 けど妻にとっては一緒に暮らしている亭主が「覚えない」というのは信じられないというか、許し難いことなんだろう。家は妻の領土、テリトリーなのだ。亭主はそこに住むことを許されている領民なのである。

 僕はおろおろと生きております。「これで良かったんだっけ?」と自問自答して暮らしております。そして妻に怒られます。「百万遍言った」。

 妻は行政手続きなど面倒臭い手続きが苦手である。「ちゃんとやるように」と命じる。「よきにはからえ」というやつですな。

 税金だとか、年金だとか、保険だとかの通知が来る。一応説明する。「ふーん」と言う。

 また似たような通知が来る。「なにこれ?」と聞いてくる。説明したことがあるのだけれど、また説明する。

 「何だかわからない。ちゃんとやっておいてね」と言う。

 「この前も説明したよ」と言う。

 「そうだっけ。あたしは馬鹿だから覚えられなーい。あんたしっかりしてね。任せたわよ」

 領民である僕は「はいはい」と答える。

 百万遍は領主の言葉。領主は「よきにはからえ」でよろしい。それが平和というものなのだ。

 

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