第10話 老人は突き進む

 老人は怖い。恐ろしい。老人の行動は不気味な迫力が漲っている。老人の眼はどこを見ているのかわからない。

 老人は動く。どこかに向けて動いていく。誰も止められない。

 老人にしか見えない世界、聞こえない声がある。

 目の前で爺さんが自動車にはねられたのに出くわしたことがある。

 そこは横断歩道で、信号はなかった。

 爺さんは渡ろうとした。自動車はキッといって停まった。あまりスピードは出ていなかった。けれど、爺さんははね上げられボンネットでバウンドして地面に落ちた。僕は「わっ」と声を上げた。2メートル位前方の出来事だった。

 僕の前にいた中年のおばさんの目の前の出来事だった。

 おばさんは「大丈夫ですか!」とかがみこんで叫んだ。

 運転手、若い痩せた気の弱そうな青年だったが、真っ青な顔して飛び出してきた。

 爺さんはびっくりするくらいの速さで立ち上がった。「大丈夫だ!」大きな声で言った。おばさんと青年は「救急車呼びますから!」「じっと寝ててください!」と言ったが爺さんは腕を振り回して「大丈夫だ!余計なことはしないでくれ!」と喚いた「痛くもなんともない!ほっといてくれ!」

 僕は思わず言った「事故直後は興奮してるから痛みを感じないだけだよ!医者に見せないと後遺症出たら大変だよ!」

 爺さんは僕を汚物を見るような怒りと憎しみが混ざったような目で睨みつけた。そして何も言わず道路を渡り始めた。おばさんと青年は爺さんにぴったりとくっついて病院に行くよう説得し続けていた。爺さんは腕を振り回して二人を遠ざけようとしていた。道路を渡り切り歩道を3人が一塊になって進んでいく。爺さんは腕を振り回しながら遠ざかっていく。

 老人は突き進む。どこまでも突き進む。突き進む。

 突き進みながら、時に人を殺し、自分で自分を殺し、誰かに殺される。

 僕は前を見据え腕を振って歩き出した。

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