第7話 幻想居酒屋
居酒屋のカウンターで独りで飲んでいる。ぬる燗を一合コップで。空豆と烏賊の塩辛。NHKテレビのニュースが流れている。
少しずつ少しずつ酒を口に含む。手足の指先が温かくなってくる。手足の血流が悪いのか、冷え症なのだ。体がほどけてくる。
頭の中にふわっと空洞ができたようだ。
小鉢の中の空豆の一つが動き出した。皮がするりと剥けて、細い緑色の手足が生えた。両手で小鉢の縁につかまり、体(豆?)を引き上げ、右足もかけて小鉢からぽとりとカウンターに降りた。
僕はその空豆を見つめた。するとぴちゃぴちゃという音が聞こえてきた。烏賊の塩辛が音を立てている。烏賊の切れ端がぴちゃぴちゃ跳ねている。
空豆には目鼻はない。口もない。けどこちらを向いている。
僕はぴちゃぴちゃ音を立てている烏賊の一切れを箸で摘まんだ。くるくると身をよじらせている。口に運んで咀嚼した。普通の塩辛だ。徳利の酒を盃にあけて一息に飲む。ああ、内蔵に染み渡る。徳利が空になったのでお代わりを頼んだ。
目が空中に泳ぎ出す。宇宙の中に僕はいる。地球が見える。あの人は元気だろうか。宇宙空間に音はない。孤独。孤独は自由だ。独りで死んでいくことになるけど。独りで死ねば発見されるまでに肉体は腐るだろう。今住んでいるところは「事故物件」になる。それは申し訳ない。じゃ、どうする?
空豆はゆっくりと歩いている。ときどき僕を見上げている。何も言わない。
ぐっと盃を空けた。酒が喉を滑り落ちていく。酒の香りが鼻に抜ける。
水たまりに雨粒が音を立てる光景が浮かんでくる。昔は水たまりにアメンボがいたけど、最近は見ないような気がする。アメンボって何だったんだろう。どこから水たまりに来たんだろう。
僕は自然の中の水が好きだ。湧水も川の流れも。水を汚すやつは許せない。空豆が大きくうんうんと頷いた。そうだよな。
水の流れを、水が湧き出る様子をじっとみていたい。そういえば自然の風景を眺めてるなんてことは久しく無い。普段何を僕は見ているのだろう。
塩辛を口に放り込み酒を口に含む。
僕は、僕は、僕は・・・息苦しくなる。
見上げている空豆を箸で抓んで奥歯で噛む。きゅっと音がした。
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