第3話 酒と血

 目が覚めた。頭が痛い。飲み過ぎた。吐き気。

 K駅前の居酒屋でしこたま飲んだ。飲んだらしこたま飲む。しこたま飲まないなら飲まない方がいい。7人のいつもの連中だ。俺たちはぎゃあぎゃあ騒いで飲む。おしぼりを投げる。だから、混んでいる店は駄目だ。随分、出禁になった。だから、客が入らない店を探す。客が入らないから、店の奴も無愛想でやる気がない。食い物もまずい。日本酒は下手すりゃ黄色っぽくなっている。けれど騒いでも、怒られない。客がいないのだから。それに、まずい酒でもたくさん飲むから。

 問題なのは、俺たちが行く店はつぶれてしまうことだ。そりゃそうだ。客が入らないのだから。俺たちだって毎日は行けるはずがない。

 居酒屋を出て、駅前の5階建ての雑居ビルの4階のスナックに行く。というか乱入する。カラオケで歌いまくる。テーブルからテーブルへ跳び移る奴がいる。滑って床に転がり落ちる奴がいる。

 マスターは時々、窓から道路を見下ろす。あまりにも騒ぎすぎて警察を呼ばれたことがあるからだ。

 やっすいウイスキーを喉に流し込む。からーい酒だ。なんでこんなもの飲むんだろう。不思議だ。

 「はーい!お開き、お開き」マスターが叫ぶ。

 俺たちは、素直に店を出る。その点は行儀のいい酔っぱらいだ。

 翌日目が覚める。自宅の布団の上で寝ている。覚えてないけど、家には帰り着いている。

 ふと右腕を見た。長袖のシャツが肘から千切れて無くなっている。腕と拳はべったりと血が乾いた色になっている。

 俺は飛び起きた。風呂場に走った。真っ裸になって、身体中を確認した。血糊(と思われるもの)は、右肘より先だけについている。痛みはない。

 シャワーを右腕にかける。左の掌でそっと擦る。血糊は流れ落ちていく。傷がないことを確認しながら、肘から指先へシャワーをかけていく。

 傷は無かった。引っ掻き傷もなにも、なーんにもない。

 ということは。俺はぎょっとした。俺の血ではない!じゃあ誰の?

 どうやって帰ってきたのかわからないのだから、何があったのかもわからない。何をしでかしたのだろう?俺はしばらくぼんやりとシャワーを浴び続けた。

 はっとして、ぱぱっと体拭いて、トランクスとTシャツ着てリビングのテレビをつけた。正午ちょっと前でNHKのニュースを見ようとしたのだ。

 全国ニュースでも地方ニュースでも、殺人や暴力事件のニュースはなかった。ひとまずはほっとした。

 何があったんだ。居酒屋を出たこと、スナックを出たこと。これは記憶がある。間違いない。帰宅するまでの間。何かあったか?不安。どうしたんだ?

 俺はのろのろと寝床に戻った。不安だが、二日酔いで起きているのがつらくなったんだ。

 長袖のシャツが脱ぎ捨ててある。のろのろと拾い上げる。そして、俺は立ちすくんだ。

 シャツの袖は両袖とも付いていた。

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