不可思議奇妙な人たち(旧・虚言妄言日記)

Aba・June

第2話 自惚れた器用貧乏

 Mは器用だ。そして器用貧乏だ。

 色々思い付く。請求書、領収書を分けて保存する壁掛けを作る、電気コードをガムテープで固定する、野良猫が庭に入って来ないように金網で仕切りを作る、などなど。

 そのどれもが、貧乏臭い。汚ならしい。素人感丸出しだ。

 色んな工作道具を買って来る。似たような、いや、同じ道具がいくつもある。Mに言わせると、それぞれ特徴がちょっとずつ違うのだそうだ。そう言うが、見かけると欲しくて堪らなくなって買ってしまうのだ。「見たもの乞食」という言葉があるそうだが、ほんとに、その言葉どおりだ。

 工作道工ばかりじゃない。本もたいりょうに買ってくる。ろくに読みもしないうちにまた買ってくるから、何冊も同じものがある。それも、本棚だけでなく押し入れやタンスの引き出し、物置など方々に適当にしまうから、何が何だかわからなくなる。

 電気コード、コンセント、コンクリートブロック、金網、レンガ、接着剤各種、肥料、除草剤、段ボール、缶詰、色んなハサミ、木槌、金槌、万力、大小のねじ回し、布団、布団乾燥機、電気ヒーター、オイルヒーター、安物の壺、絵、掛け軸、カバン、リュックサック、傘などなど、いつどこで使うんだ?年に何回使うんだ?馬鹿である。

 本人は気が利いていると思っている。腕が良いと思っている。誰かに誉めてもらいたくて仕方ない。ほんとに馬鹿な奴だ。

 作業しだすと夢中でやる。真夏の暑いなか、陽を浴びながら何時間もやっている。そして、できるものは汚ならしい、素人の工作だ。見ているとムカムカする。見ていなくても、ごそごそやっていると思うとイライラする。

 Mは自分は優秀だと思っている。だから、人を見下す。近所の人間には偉そうにする。けれど本当は小心者なので、評判はひどく気にする。まったく、みみっちい奴である。

 近所の空き地を大型トラックの駐車場にしようという話が出たことがある。一応住宅地だから、反対する人たちもいた。

 Mは反対する人たちから、反対意見の文書を書くことを頼まれた。自分は優秀だと思っているし、思われたいから引き受けた。けど、地主から文句は言われたくない。小心者だからね。自分が書いたとは言わないでくれと念を押して書いた。

 ところが、近所の婆さんが「Mさんが書いてくれた」と方々でしゃべった。

 Mは真っ青な顔になり、その後真っ白になり、最後に白と赤の斑の顔になって叫んだ「あの死に損ないの耄碌馬鹿ばばあ!」

 あれくらい醜い顔は見たことがない。ほんとに嫌な底の浅い、生きるに値しない人間だ。

 家の壁やら柱に釘やらネジやらを使って帽子掛けやらポイントカードを入れる箱などをやたらと付ける。そして使わなくなる。掃除もろくにしないから埃をかぶって汚ならしい。釘、ネジならまだしも、接着剤まで使う。馬鹿な小学生の工作である。

 タクシーの運転手に下らない冗談を言う。

 医者にはへこへこするが、看護師には横柄だ。

 入院したとき、蕁麻疹が出た。病院にいるんだから、医者か看護師に言えばすむのに言えない。早く買ってこいと家族に当たり散らす。

 俺が小学校の頃、私立の一流校に入れるとか言って、俺を殴り付けながら勉強させた。あれ以来俺は勉強が嫌いになった。受験は失敗した。

 あの、俺を罵倒し、殴り付けたMを俺は心の底の底無しのヘドロの中に沈めて封印した。

 Mは死んだ。俺は心底すっきりした。涙など一滴もこぼれない。感慨もない。葬式と相続がめどくせーなと思っただけだ。Mが残したものはすべて捨てた。2トントラック6台になった。

 お分かりのとおり、Mは俺の父親である。俺はその血を引いている。子供たちから絶縁を宣言されている。ははは。どうにもこうにもしようもない。ははは。

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