第3話 鮎、解禁
このところすっかりと釣りから遠のいてしまいました。
最近、出かけたいえば、千葉に暮らす幼な子二人が釣りしたいといってきて、ならばと、鹿島の釣り公園につれていったくらいなものなのです。
幼な子のつりの面倒をみて、帰りに鹿島名物のハマグリを買ってきて、そして、つくばの我が宅にて食べてというような奇妙な釣りの時間を過ごしてきたことくらいなのですから、嫌になってしまいます。
取手の学校で騒動がもちあがって、周辺がざわつき始めた頃、私は、近くにあった釣具店にぽっと入り、一本のそこそこの値段のする竿を思いの外買ってしまいました。
そして、その竿を持って、銚子や、大洗といった釣り場に、我が愛車ビートルを走らせて、見よう見まねでオカッパリと言われる釣りを始めたのです。
あっという間でした。
わたしの愛車ビートルが、釣り道具いっぱいになるまでは。
土曜の夕方に家を出て、戻ってくるのは、日曜の朝です。
夜通し、堤防で釣りをするのです。
よくもまあ、そんなことができたものだと、そして、そうまでするには、きっと、あの騒動が、よほど、精神にこたえていたにちがいないと、今更のように思っているのです。
人間は先が見えないと、不安は増幅し、未来に光明を見逃しがちになります。
気の弱い人は、自分の将来を悲観したり、挙句には自ら命を絶ったりしてしまうに違いありません。
しかし、私はそうはならなかった。
きっと、釣りのおかげであると思っているのです。
なぜなら、土曜の午後、私の心の中から、学校でのいろいろなことが、すっとぬけていったからなのです。
そして、時には、家に戻らず、そのまま、釣り場に向かったりして、嫌なことは、月曜日の朝までなしと、割り切ることができたからなのです。
それに魚が釣れると、何もかも一切合切わすれることができたのですから、なによりです。
先だって、鮎釣り解禁!というニュースを小耳に挟みました。
私は、テレビをつけっ放しにするクセがあり、そのため、画面ではなく音声でそのことを知るのです。
だから、小耳に挟んでとなるのです。
でも、あの長い竿を操っての釣りは、私、実はしたことはないのです。
春先、堤防で、サビキをおとして、稚鮎を釣ったことはあります。
七面倒くさいオカッパリの釣りより、目の下に稚鮎がわんさかいるのです。そこにサビキを入れれば、稚鮎はそれに食いついてくれるという、他愛もない釣りです。
ピクピクと竿にあたりを感じ、引き上げると鯉のぼりのように、小さな鮎が幾匹もかかって上がってきます。私の隣も、その向こうも、みな、そうして、稚鮎を釣り上げるのです。
取ってきた稚鮎は、粉をまぶしてそのまま唐揚げにします。
それをあてにして、昼のビールをいただきます。
塩っけの効いた香ばしい、唐揚げの稚鮎のおいしさは浮世のしがらみさえも忘れさせてくれました。
そういえば、春先、稚鮎として、海の水にいたあの鮎も、程なくすると、海から川へと遡上していきます。
一、二ヶ月もすると、鮎は、清流に泳ぎ、鮎釣師たちの渓流での釣りのたのしみとなるのです。
稚鮎は雑食だけれど、鮎になれば、かれらは、清流の苔しか食べなくなります。
それゆえ、鮎は、川魚であるにもかかわらず、臭みがないのです。
ドジョウやうなぎ、鯉やフナは、ある程度、きれいな水につけておかないと、泥くさくで食べられないと言いますから、鮎は、川魚としてはまさに別格というわけです。
小耳に挟んだ鮎釣り解禁の知らせ。
でも、私は、釣具屋に行って、あの鮎釣りの竿を買い求めには行きませんでした。
鮎は何よりも新鮮なものが、この辺りのスーパーでは出回るからです。ちょっと、ビートルを走らせれば、山間の蕎麦屋で料理された鮎も提供してくれます。
それも、美味しく調理をしてくれて。
手間暇かけなくても、鮎は口に入れることができるのです。
でも、それ以上に、鮎を釣りに行かなくても、今の私の精神は健全そのもの、何を憂うることもないのです。
きっと、あの時、週末の釣りにのめり込まなくてはいけないほどに、大儀なことに時間を費やしておいた成果だと思っているのです。
確かに、あの出来事は心に重たいものでしたが、釣りをする週末以外は、真剣かつ熱心に取り組んだという気持ちがあるからだと思っているのです。
それが、私の人生で得た、何か素晴らしい教訓になっているのだと、そんな思いなのです。
何事も、懸命にやるって、大切なんだと、未来はそこにかかっているとそんなことを思っているのです。
はらわたを取らずに、塩焼きにして、そこに、カボスを絞っていただく、なんて、アナウンサーの声が小耳にはいってきました。
今晩は、鮎の塩焼きにするかって、口の中にツバキが溜まってきました。
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