第2話 煙が目にしみるんだ


 The greatest victory has been to be able to live with myself, to accept my shortcomings and those of others.


 いきなりの英語で失礼します。


 Audrey Hepburn の言葉なんです。

 お美しい方です。

 ですから、なおさら、この言葉が心に染み入るのです。


 人間っていうのは、よくよく考えてみると、実に我を張って生きて来た存在であると、痛感もするのです。


 我を張るということは、考えようによっては、強い自己主張であり、思い通りにことを運ばんとする強力なリーダーシップのことでもあります。

 その方の生きる社会で、いっぱしの人材であれば、そのくらいのことができなくては、誰も認知してくれません。

 

 外野で、ワイワイガヤガヤ、ああでもない、こうでもないと御託を並べて、肝心要のところで、ほおかむりをするような連中ではなく、自分の考えと信念とに従って、行動を起こしているのです。

 ですから、野次も、批判も、何でもかんでも、受け止めて、やって来た証が、私は、我を張るということだとも思っているのです。


 彼女がいかなる人生を歩んできたのかは、実のところ、よくは理解していないのですが、きっと、Audrey Hepburnもその一人ではなかったかって思っているんです。


 その証左が、あの言葉であるとそう思っているのです。


 「わたしにとって最高の勝利は

  ありのままで生きられるようになったこと

  自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです」


 物事を勝敗で判断する仕様は、まさに、男勝りそのものです。


 その我を張って来た女性が、ありのままに生きられることに気がつき、そして、自他の欠点を受け入れられるようになったと告白をしたのです。


 つまり、それまで、世界を一世風靡していたこの女優は、ありのままに生きることもできずに、自他共にもつ欠点をよしとしてこなかったということを、示しているのです。


 私のあまりに平々凡々たる人生を見ても、そのことがよくわかるのです。


 会社なり学校という組織に入っていれば、人間、誰しも、ありのままに生きるなんて出来はしないのです。


 上司の顔色を伺い、長じては、部下の顔を伺い、上司ってそうだったんだと知り、愕然としたり、そんなことに時間を費やして来ているのです。

 それにしても、随分と怒りに任せて、不平不満を口にして来たと、若き日の己を反省し、口汚く部下を説諭して来たものだと、今度は、長じた自分のありようにも、愕然とするのです。


 その現場から離れて、初めて、生き方のありように、目を向けることができるのが人間だって、そんなことを思うのです。


 世の中と接点を持っていたいとか、死ぬまで現役で居たいとそんな言葉を聞くことがあります。

 素晴らしいことだと感心をしながら、その言葉を、私は聞いています。


 でも、私は、懸命にやって来たのだから、ここらで、一息入れたいと思っているのです。

 だから、Audrey Hepburn の言葉が、五臓六腑に沁みてくるのです。


 ありのままに生きることを志し、自分のよくない点を理解し、そして、他の人のことをあげつらうことをことさらにしない、そんなことを思えるようになって来ているのです。


 いや、これまでだって、ある程度の束縛の中でも、ありのままの自分を追求して来ていたのです。同時に、我も張って来たのです。

 仕事だからと、それに正当性を持たせて、やって来たのです。

 だから、口角泡を飛ばすことも、目くじらをたてることも、あったのです。

 

 Audrey Hepburn の全盛期の映画を見ることは、その美貌に感嘆することこの上ないのですが、それでも、この言葉を知ってからは、最後の作品になった、それも主演ではなく、脇役として出た、スピルバーグの『Always』という映画での、歳いった彼女のその年季の入った、そう、いぶし銀のような美貌にハッとしたのです。

 

 天使の役で、消火活動中に亡くなった消防士の前に現れます。

 天国がそのようなところであれば、ぜひ、行ってみたいと、そして、人の死は、何かしらの手がかりを残すものだと、あの映画が教えてくれたような気がするのです。


 あの映画の主題歌の一節に、こんなのがあります。

 

 When your heart's on fire

 You must realize

 Smoke gets in your eyes


 煙が目にしみるなんて、装いをつくろうなんてしないで、ありのままに涙を流せる人間になるべきだ、そして、心を広く、受け止めていける人間たれと。

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