第2話 今日はあしたのきのう
――あぁー、いやだ。
ふったのはこっちなのに。
彼カノになったあの日から、いつかこんな日がくるってわかっていたのに。
なんで。
なんで。
涙がとまらないんだろう。
▽▲▽▲▽▲
ふたりでいても、
デートをしていても、手をつないでいても。
ふたりでいるはずなのに、愛はいつも『ひとり』だった。
なにか特別なことがあったわけではない。
だけど、やっぱりずっと一方通行の恋だった。
彼の気持ちが愛に向いたことは、たぶん一度もなかった。
最後の最後まで、愛の『片想い』だった。
とにかく忍の心にはいつでも紗菜子がいた。あんまりにも紗菜子紗菜子でかなしくなって、ある日、なぜそこまであの子にこだわるのかと問いつめた。
つきあって二年になろうとしていた。
聞いたことを、後悔した。
愛の自宅は商店街とは駅をはさんで反対側にあるマンションなのだけど、子どもにちょっかいをかける不審者がむかし、商店街付近に出没していたということは知っていた。けれど、まさかその不審者に紗菜子が誘拐されかけたなんて。しかも、忍の機転が紗菜子を救い、犯人逮捕にまでつなげたなんて。そんなこと、思ってもみなかった。
事件以降しばらくのあいだ、紗菜子は『おとなの男性』を怖がるようになってしまったらしい。無理もないと思う。そして、もともとなついていた忍には、よりベッタリになったのだとか。やはりそれも、無理ないような気がした。当時、紗菜子は六歳。忍は十一歳だったという。
『守るって、約束したんだ。紗菜子は忘れてるかもしれないけど。いつか恋人でもできて、おれのことなんかもういらないってなるまでは、いつでも紗菜子がたよれる場所にいたいんだ』
困ったように、申しわけなさそうに眉をさげていう忍の顔を見たとき、愛の中でなにかが折れた。
紗菜子にとって忍はヒーローで。
忍にとって紗菜子はお姫さまで。
きっと、これからもずっと、彼の最優先は紗菜子なのだ。そこに愛がはいりこむ余地なんて少しもないのだと思い知らされる。
最初からわかっていた。
これは期間限定の恋だと。
それでもいいと。
けれど――ちがう。ほんとうは、ぜんぜんよくなんてなかった。一緒にいれば、愛が努力すれば、いつかこちらを向いてくれるのではないかと期待していた。
心のどこかでは叶わないと知りながら。
勝手に期待して、勝手に裏切られて。
二年。
ふたりが積みかさねてきた時間とおなじだけ、ちいさな落胆とささいな失望も積みかさなっていた。そのことに、気がついてしまった。
もう、無視できないほどうずたかい山になっていて、がく然となった。
――ごめん。もう無理。
告白も愛からなら、別れの言葉も愛から。とんだひとり相撲だった。
涙は出なかった。今までありがとうと、笑顔で別れた。
忍がどんな顔をしていたのかはおぼえていない。
最後にみっともない姿をみせたくなかったから。
じつは結構必死だったのかもしれない。
きりきり痛む胸だけがかなしみを訴えていた。
▽▲▽▲▽▲
あしたになれば今日はきのうになる。
あたりまえのことだ。だから――今日の失恋だって、あしたにはきのうの失恋になるし、きのうの失恋だって次の日にはおとといの失恋になる。
そうやって日々を過ごしていけば、いつか遠い過去になる日がくる。きっと、きてくれる。そう思った。
だけど。
今日がきのうになった瞬間、なぜだか涙があふれてとまらなくなった。
失恋したきのうはまだ半分、恋人だった。
けれど――今日はもう、恋人じゃない。
これからずっと、恋人じゃない。
たったそれだけのことが、痛くて、苦しくて、まだこんなにも好きなのだと自分の気持ちをつきつけられる。
きのう、失恋した。
そう自覚する今日がいちばん苦しいなんて。
そんなこと、知らなかった。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます