書くこと、あるいは悩み続けること

緑茶

第1話

 俺は仕事をしている。

 人相手の仕事だ。

 接客業ではない。福祉関係の仕事。

 悩み苦しんでいる人たちを助ける仕事。有り体に言えばそういう仕事。

 毎日失敗だらけだけど、やめようとは思えない。

 なぜならそれで、その人達を助けられているから。


 俺は小説を書いている。

 はっきり言ってヘボだ。

 おまけに書くことに対する姿勢も半端だ。何もかも。

 それでも書いている。抑えきれないなにかの為に書いている。

 その先に誰かが読んで、感想を伝えてくれて。

 俺の生み出した世界で、誰かの心に少しでもさざなみを立てることが出来た時。

 俺は、俺の創作物に存在意義を見出すことができる。

 だから、2日にいっぺんぐらい「やめてーな」と思うが。

 それでも書いている。


 

 巨大な「力」というものがある。

 個をすりつぶし、一つの統計上の結果にすぎないナニカにしてしまう、抗えない力。古来から人々はそれに逆らい続けてきた。そのために生み出されてきた多くが、我々を地獄から遠ざけてきた。鎮痛剤のように。

 だが、あまりにも巨大すぎるソレは、時として人々のそんな祈りさえ粉々に砕いてしまう。はじめから、抵抗しているモノなどなかったかのように、あっさりと。



 この日――正確には昨日、俺は突然に唐突に、それが日常に侵入してきて、多くの人間の「正常」に「異常」を滑り込ませるさまを、知ってしまった。


 頭が真っ白になった。何も考えられなくなった。

 それは――本当に、避けるようにして、見えないようにしていた、あまりにも巨大な力の動きだった。俺はそれらから遠くにいるつもりだったから、俺の居る場所が楽園だと思っていた。だけど、現実は違った。違ったのだ――滑稽なほどに。


 俺は考えた。棚から鎮痛剤を探して、必死に静脈をさぐる中毒者のように。何度も、何度も。俺に出来ることはあるのだろうか、と。俺が生み出してきたこと、俺が曲がりなりにも成し遂げてきたこと――それらが、この「力」に対抗することは出来るのだろうかと。探した、探した、探した。


 だが、見つからなかった。

 巨大なそれは、俺の目の前に依然として、黒黒とした塊として存在していた。

 得体の知れない闇。


 俺は現在、途方に暮れている。

 なんてこった。俺には本当に、何も出来ないじゃないか――。

 俺には今の仕事も、書くことも、何の意味もないじゃないか。

 「救い」をもたらすことも、命を取り戻すことも出来ないのなら、やっていて何の意味がある。

 大げさだ、と人は言うかもしれないが、毎日毎日疲弊しながら、騙し騙し、ギリギリの中で何かをやっている場合にしか見えない世界というものがある。

 俺は今、俺の世界が、もっと大きな世界に敗北する瞬間を見ている。

 だから俺は、もしかしたら、筆を折るべきなのかもしれない。

 俺の言葉は、無力だったから。



 だけど、俺は今この文章を書いている。何かにしがみつくようにして、その何かが何であるかわからないままに、書いている。

 もしかしたら、そこに答えがあるのかもしれないし、ないのかもしれない。

 だが俺は今、敗残兵であるはずの俺は今、これを書いている。


 俺は今、その意味について考えてみようと思う。


 俺は、悩んで悩んで、その先に今の「やっていること」を見出した。

 なら、結局――悩むことでしか、俺は何かを得られないのだろうから。


 これ以上は、何も言わない。もしかしたら近いうちに消すかもしれない。

 だが、この瞬間――何かに突き動かされるようにして、パソコンの前で背中を丸めている今の俺が、この先の俺の何かに、そして、その俺がその手で掬い取る何かに繋がることを……ほんの少し、自分自身の傲慢さに嫌気が刺さないギリギリのラインで、祈るのである。


 俺は祈る。

 これを書きながら、祈っている。

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