「ティナ②」
セルシア国国王との対談を終えた一行は帰路についていた。魔物の潜む森はいやに静かであった。ティナは耳を澄まし魔物の気配を察知することに努めるがそれらしき音もなく、魔物の気配はしない。
そういえば、行きの時も魔物の気配は感じられなかった―ティナはそんなことを思い出しながら護衛を務める。
エルニス国へ戻るとさっそくその気配はやって来た。
「隊長!魔物です!」
城壁の警備をしていた騎士が大声でジルを呼ぶ。
「俺たちで始末する、お前たち常駐組はアーサー様を安全な所へ!」
隊長ジルの命令によりアーサー国王は城壁の中へ速やかに避難させられる。
「ティナ、今回は分かってるだろうな」
「ええ、分かってるわ。」
今回は全ての魔物を始末する。一体も残さず……
ジルから釘を刺されたティナはそう肝に銘じると森へ睨みを利かせる。
私たちにはセルシア国のように大規模魔導隊も立派な兵器もない。でも必ずこの手でやつらから国を守る―
「作戦通り3人ずつに分かれろ、敵を分散させ叩くぞ!」
ジルの号令とともに騎士団は馬を走らせた。
*
「襲来した魔物は5体、うち4体を取り逃がし騎士の半数以上が犠牲になりました……」
呆然とした声でジルは今回の惨劇を国王に報告する。
それを聞くティナは森での光景を思い出す。攻撃が効かない魔物、仲間の叫び声、返り討ちに会う応援、血まみれのシャーロットの上半身……
「尊い犠牲をこんなにも出してしまうとは……彼らになんと言葉を贈ればいいのか。」
「国王、軍備を拡大すべきです!あんなのに生身では太刀打ちできません!」
うなだれる国王にティナは訴えた。
「……すまない、私が不甲斐ないばかりにこんな」
「そんなことを言ってるのではありません!私は」
「ティナ、落ち着け!」
興奮するティナをジルがなだめる。
「各国との関係維持もある、そんな簡単なことじゃないんだ!」
「何が、どうして?」
ティナは自分たちの隊長が果たしてこんな人間だったのか、疑問を持たずにはいられなかった。
「なんでそんなことを言ってられるの?見たでしょあいつら!」
「ティナ……君は知らない」
「何よ、私がバカだって言いたいの?」
「ジル、もういい。彼女と私だけに」
アーサー王が2人の間に割って入るとジルたち騎士団を退出させた。
「ティナ、君は国を守りたいか?」
「もちろんです。私の家族のような不幸な人たちを増やしたくない……」
ティナは拳を握りしめアーサー王を見つめる。
「我が国か軍備を拡大すれば他国からの援助、信頼を失い、ことによっては衝突が起きることも分かっています。国王、どうか—」
「すまない」
懇願するティナに対し、アーサー王はただ申し訳なさそうに肩を落とすだけであった。
その夜、再び魔物の影が城壁から確認された。騎士団たちは見えない敵にひるむことなく森へ進む。
「ジル、このままだと騎士団は全滅してしまう、街にやつらが入ったら—」
「なんとかする、それしかない。」
相変わらずジルはティナの言葉を聞き入れない。
「さぁ、怯えるな!皆、仲間の仇を取るのだ!」
ジルが騎士団を鼓舞すると昼のように騎士団は散り散りとなってさらに森の奥へと入っていく。
「ティナ、どこへ行くんだ!」
ジルは分散していく騎士団たちに紛れ、1人馬を走らせ森へ入っていくティナを見逃さなかった。ティナは魔物たちの気を引くと森の奥へと誘導する。
ごめんなさい、勝手なことをして、でもこれしか方法がない。
振り返ると魔物たちはティナを追いかけているようだが騎士団と交戦しているものもいるようだ。
セルシア国の結界にたどり着けば彼らの軍も動いてくれるに違いないとティナは考えていた。しかし、彼女の前に2つの影が現れた。馬を止め相手との距離を保つ、後方の魔物は引き離したようだがすぐに追いつくはずだ。
「ティナ、止まってくれ。」
片方の影がティナを制する。
「あなたは……なぜここに?」
その声にティナは聞き覚えがあった。いつも騎士団に激励と労いの言葉をかけてくれた声—その影に月の光が当たり顔があらわになった。
「アーサー王!どうして、それに……!」
アーサー王の横にいる黒い影を見てティナは驚愕した。そこには先程まで騎士団と交戦し、仲間を殺した魔物が立っていたのだ。
「魔物はな—」
隣の魔物に目をやり、アーサー王はゆっくりと語り出す。
「長い間、謎の存在だったんだ。死んだ人間が亡霊となって生まれるだの空から降ってくるだのと言われていたがそのどれもが違った。」
「アーサー王?」
「その起源は魔法使いと同じなんだとか、まあ私は魔法使いと普通の人間の違いなんて知らないがな、それ以上詳しいことは彼らは教えてくれなかった。」
「彼ら?」
アーサー王はティナに顔を向けると一瞬、微笑んだ。
「セルシア国だよ。」
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